第21話 深海からの取引と、乾かぬ修道服の悲劇
――数分後。
私たちは、まだびしょ濡れのまま石の床にぺったり座っていた。
水は完全には引かず、腰のあたりまでチャプチャプしている。
修道服の裾が重く張り付き、歩くだけで「ズルッズルッ」と音がする。
「くっそ……この服、乾燥機能ないのかよ……」
「シスター服にそんな近未来機能あるわけないでしょ」
「いや、あるべきだと思う」
「それ、神学じゃなくて衣服開発の話」
そんなバカなやりとりをしていると、目の前の水面が再び揺れた。
あの黒き歌姫――いや、深海種が、ふわりと浮上してきたのだ。
水滴が尾びれから滑り落ちる様は、まるで宝石のシャワー。
……なのに、その直後に口から吐き出されたのは、バケツ一杯分の海水。
「ぷはっ……塩分強すぎ……はぁ、ちょっと待って喉渇いた」
「え、水の中で喉乾くってどういうこと!?」
「歌いっぱなしだったのよ……喉カラッカラ」
おい、幻想的な雰囲気返して。今すごい生活感出たぞ。
彼女は片手をひらりと上げ、周囲の水を一瞬で引かせた。
床の石目が露わになり、私たちの足元だけ水たまりが残る。
……なんでわざわざ私たちの足元だけ残した?
「乾かないのよ、それ」
「わざとだな!?」
歌姫はゆっくり近づき、私の目の前で立ち止まる。
「名は?」
「え、えっと……エリナ、修道女です」
「ふーん……で、その子は?」
「(ちょっと間を置いて)……マリアベルです」
「あら、勇者の血……懐かしい匂いがするわ」
マリアベルが露骨に眉をひそめる。
「魚に匂い嗅がれたくない」
「魚じゃないって言ったでしょ」
そのやりとりの後、歌姫は私たちに向けてゆっくりと微笑んだ。
「取引をしましょう」
「……取引?」
「私が知っている“黒い影”の情報を渡す代わりに、あなたたちはある物を取ってきて」
「ある物?」
「“月光貝の涙”――深海の底で百年に一度だけ泣く貝の雫」
マリアベルが即座に反論する。
「いや、物理的に無理でしょ。酸素どうすんのよ」
「酸素なら私が歌で保たせてあげるわ」
「……歌で?」
「歌で」
「科学をどこに捨ててきた!?」
「ここ異世界よ?」
……言われてみれば確かにそうだ。
エリナは顎に手を当て、じっと考えていた。
「もしその涙を取ってきたら……本当に“黒い影”の正体がわかるのですね?」
「ええ。あなたたちが今追っている黒き祭典の裏側、その全てを教える」
空気が重くなる。
が、次の瞬間、マリアベルが立ち上がり勢いよく叫んだ。
「よっしゃ、やってやろうじゃない!」
「なんでそんな即決!?」
「水中戦で負けっぱなしってのがムカつくのよ!」
「理由が私情!」
歌姫は満足げに尾びれを一振り。
すると床の一角がぱっくり割れ、暗い海底への縦穴が現れた。
……え、今すぐ!?
「行ってらっしゃい」
「いや、準備――」
ドンッ(背中を押される)
「ぎゃあああああ!」
私とマリアベルとエリナは、ずぶずぶと海底の闇へと落ちていった。
その直前、歌姫が小さく呟くのを聞いた。
「……あの子、案外本命かもね」
――こうして、修道服が乾く暇もなく、次の深海地獄が幕を開けた。




