第17話 湯けむりの中で囁かれる陰謀
———目が覚めたら、湯だった。
いや、正確には、体がぷかぷか浮かび、ほんのり硫黄の匂いが漂う巨大な露天風呂の中。
湯面越しに見えるのは、青空と、湯けむりと、隣で白目をむいて漂っているマリアベル。
「……ここ、天国?」
「違う、温泉」
エリナが頭にタオルを乗せたまま、まるで常連のように湯をかき回している。
どうやらあの精霊ルナリスが、試練突破のご褒美として私たちをこの温泉施設に転送してくれたらしい。
露天風呂はやたら広く、中央に謎の噴水型打たせ湯がある。
近づいてみると、湯ではなくなぜか柑橘果汁が噴き出していて、全身が一瞬でビタミンCまみれに。
「目にしみるぅぅぅ!」
「ほら、これで美白効果もアップよ」
「美容より命が欲しい!」
さらに、湯船の端には自動あかすりカニ(本物のカニにスポンジ装備)が待機。
近づくと脚を器用に動かし、背中をゴシゴシしてくれる……が、調整機能がないため常に強。
「ぎゃあああ! これ背骨まで削ってない!?」
「ほら、古い角質と一緒に前世のカルマも落ちるのよ」
「そんなスピリチュアル洗浄いらんわ!」
湯上がりには施設支給の浴衣(なぜか超ミニ丈)を渡される。
マリアベルは当然のように帯をきっちり結び、エリナはわざと肩を出す着こなし。
私は……ただ必死に裾を押さえていた。
「あなた、修道服のときより恥ずかしがってるわね」
「だってこれ……歩くたびにスースーする!」
「まぁ、湯けむり回ってこういうものでしょ」
※完全に理解していない人の発言。
くつろぎの間で冷たいフルーツ水を飲んでいると、空間が揺らぎ、ルナリスが再び姿を現した。
今度は和装に身を包み、足元から湯気を纏っている。温泉バージョンらしい。
「よくぞ試練を超えた……お前たちには、新たな使命を授ける」
ルナリスの声が、湯けむりの中で低く響く。
曰く——
王都近郊で、闇の水脈を操る“黒き歌姫”が暗躍している。
その歌は人々を魅了し、意志を奪い、最終的には魂を水底へ引きずり込む。
精霊界ではその存在を長らく追っていたが、今や王都の祭典に紛れ込み、次の大規模儀式を狙っているらしい。
「お前たちには、その歌姫の正体を暴き、歌を封じる役目を担ってもらう」
ルナリスの視線が、湯けむりの奥から私たち三人を順に見据える。
——その瞬間、私の背筋に温泉の熱とは別の冷たさが走った。
黒き歌姫……その響きだけで、なぜか胸がざわめく。
マリアベルが真剣な表情でうなずく。
「いいわ、やってやろうじゃない」
エリナもタオルを投げ捨てて拳を握る。
「歌で人を操るなんて許せない! ステージは命がけの真剣勝負よ!」
私は……タオルで髪を拭きながら、静かに呟いた。
「やるしかない……修道女でもアイドルでも……今は探偵になる時だ」
湯けむりの向こうで、ルナリスの笑みがかすかに揺れた。
——そして、この“温泉休憩”が、嵐の前の静けさに過ぎないことを、私たちはまだ知らなかった。




