第12話 王都への緊急召喚
朝の牧場は平和だった。
遠くの丘の上で、羊たちが「メェ~」と鳴き、空気はミルクと干し草の匂いで満ちている。
……のはずだったのだが。
「メェ~♪(いただきまーす)」
「やめなさぁぁぁい!!」
牧場のど真ん中で、エリナが半泣きになって走っていた。
追いかける先には、彼女の修道服の袖口をモシャモシャと咀嚼する白い羊。しかも何故かその羊、目がやたらキラキラしている。
「いや、そんな高級レースじゃないから味も変わらないでしょ!? 布だよ、布! たんぱく質ゼロだから!」
エリナが必死に袖を引っ張るも、羊は頑として離さない。
むしろ「やだも~ん」と言わんばかりに首をブンブン振って抵抗。
その様子を、牧場主のおじいさんがニコニコと見守っている。
「いやぁ、この子ねぇ、布が大好物でして」
「早く止めてくださぁぁい!!」
一方その頃、マリアベルは牧場の売店に直行していた。
棚いっぱいに並ぶ牛乳プリン、ミルクシュー、チーズケーキ……まるで彼女のために用意されたかのような甘味の楽園だ。
「ふふふ……今日は胃袋が祝日だわ!」
と、危うく店の在庫を全買いしそうになるのを、主人公(=私)が必死で止める。
「マリアベル、金貨は有限だからな! しかもこれから旅続くんだぞ!」
「未来の私が何とかしてくれるわ!」
「いや未来の俺たちの財布が泣くからな!」
そんな平和な(やや騒がしい)午前が、突如としてぶち壊されたのは――。
バサァァァァッ!!!
空を裂くような羽音とともに、鮮やかな青い鱗を持つ小型飛竜が牧場の空に舞い降りた。
その口には、封蝋のついた分厚い封筒がくわえられている。
おまけに、尻尾には「特急便」と書かれた札がぶら下がっているあたり、完全に宅配サービスだ。
「……なんか、やな予感しかしないな」
「まさか召喚状とかじゃないわよね」
マリアベルの予感は的中する。
飛竜はエリナの足元に着地し、封筒を落とすとすぐに「お仕事完了!」とばかりに飛び去った。
封蝋には、王都セレスティアの紋章――青い稲妻を抱いた王冠。
エリナが震える手で封を切る。
中には簡潔で恐ろしく冷たい一文があった。
『至急帰還せよ。重要任務発生』
「……あー、これ絶対やばいやつだ」
「いやよ! まだこのミルクシュー食べ終わってないのに!」
「そっちかよ!」
慌ただしく荷物をまとめ、エリナは羊から修道服の袖を奪い返し、マリアベルは売店から泣く泣くスイーツを引き剥がされ、私たちは王都へ戻ることになった。
幸い、牧場から少し行った先の駅から、臨時運行の魔導列車が王都方面へ走るとのこと。
――ただし、この列車、妙にクセが強かった。
車内に乗り込むと、早速となりの席の老人がカードマジックを延々と披露してくる。
「ほれ、これが“消える金貨”じゃ」
「……いや、俺の財布から消える金貨は見たくない」
さらに通路側からは、果てしなく世間話を続ける旅商人が割り込んでくる。
「でな、その村の名物が芋なんじゃが――」
「……すいません、ちょっと静かにしてもらえます?」
「――で、その芋がまたうまくてのぅ」
全く止まらない。
窓の外を見ると、遠く王都の方角で黒雲が渦を巻き、時折青白い稲妻が走っている。
「あー、これは嵐の予感……」
「いや嵐どころじゃないでしょ!? なんであんな魔力の塊みたいなのが王都上空に!?」
列車が王都の駅に着く頃、私たちの表情は完全に強張っていた。
セレスティアの城門前には衛兵がずらりと並び、私たちの姿を見るなり――。
「待っていたぞ!」
その声は、ただ事ではない緊迫感を帯びていた。
そして私は心の中で呟く。
……この召喚、絶対に厄介なやつだ。




