第1話 南無阿弥陀仏、からのアーメンってどないやねん!
三十三歳、独身、童貞、坊主。
この肩書で人生を終えるとは、わしも思わんかったわ。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……南無……阿弥……ぷっ……」
不覚にも噛んだ。ちょっとだけ噛んだ。
まばらな檀家の視線が本堂に刺さる。空気がぴきっと張り詰めた。
わしは軽く咳払いして誤魔化し、もう一度唱え直す。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
本堂の空気はすぐに落ち着いたけど、わしの心臓だけはバクバクしとる。
――これは、恥ずかしい。
坊主になって十年。噛んだのは今日が初めてや。
「……ふぅ」
心の中で深く息を吐く。
……それにしても、三十三にもなって、なんでわしはこんな人生を送っとるんやろか。
名は、柴田誠。れっきとした仏門に生きる坊主や。
実家は代々続く田舎の寺。まあ、今どきの若者にとっては「実家が寺=お見合いが多そう」とか「除霊できそう」とか、どうでもいい妄想を抱かれがちやけど、実際のところは――
しんどい。とにかく地味で孤独で暇。
朝5時に起きて、境内の掃除。
朝の勤行(誰も来ない)。一人でお経を唱える。
仏壇の掃除、写経、布団干し、ネットで副業坊主募集の広告を眺めては、ため息。
もちろん彼女もいない。結婚どころかデートすら未経験。
修行時代に「煩悩を断ち切れ」と言われて、「はい」と答えたまま、未だ断ち切り続けて三十三年。
趣味は写経と般若心経のラップアレンジ。
YouTubeで「お経 × ヒップホップ」で検索してみたら、わしよりうまい坊主がいっぱい出てきて、そっ閉じ。
――あかん。人生、なんか間違うとる気がする。
で、そんな思いを抱えながら今日も法事を終え、本堂で片づけをしてたときや。
わしは気づいてもうた。本堂の蝋燭が、ぐらっと揺れとる。
風は吹いてへん。
「……おかしいな」
近寄った瞬間や。
ぼんっ!
蝋燭が布に引火して、一気に炎が上がった。
「うわっ、嘘やろっ!? 消火器! 消火器どこや!」
走り出そうとしたけど、思いきり滑ってこけた。
頭を打って、意識がもうろうとする。
目の前に広がるのは、燃え上がる本堂の天井――
「……え、マジで……ここで終わるん……?」
焼け焦げた天井が崩れてきて、わしはそのまま――
死んだ。
「……エリナ様、起きてください。朝のお祈りの時間です」
甘い声が耳元に届いた。
誰やねん、エリナって。
わしは誠やで。三十三の童貞坊主や。
そう思いながら、わしは目を開けた。
――その瞬間、わしの脳がバグった。
まず、天井がやたら豪華。
白い石造りの部屋、薔薇のステンドグラス。ベッドの横に十字架。壁にはマリア像。
次に、身体が軽い。
両手が白くて小さい。肌がツルツル。胸に、見たこともないふくらみ。
鏡を覗いて、わしは絶句した。
「……だれ、この美少女?」
金髪碧眼、ふわふわの巻き髪。白い修道服(ちょっとだけ透けとる)。どう見ても十代女子。
「……ま、まさか……」
わしはつぶやいた。
「わし、転生してもうたんか……!」
そして、気づいた。
「しかも女になっとるやないかい!」
後から知ったことやけど、この世界はどうやら「ラフィリア王国」とかいう中世っぽい異世界。
わしは「エリナ・セラフィム」っていう名門修道院の見習いシスターとして生きとる。
年齢は17歳。
当然、処女。
前世:童貞坊主
今世:処女シスター
――なんや、この性体験ゼロ縛りの連鎖は。
最初の数日は、わけがわからんまま、教会の生活に流されとった。
けど、身体は勝手に動くし、喋る言葉も自然と出てくる。
おそらく、転生時に**「便利なチュートリアル記憶セット」**が脳にインストールされたんやろう。
でも、中身は完全に三十三歳坊主・誠や。
お祈りの時間に「ナムアミダブツ……あ、アーメン」って間違えるし、ラテン語の祈りが般若心経に聞こえるし、つい床に正座してしもうて神父に「足、痺れてるんですか?」と心配される始末。
そんなある日のこと。
村の広場で、祈祷イベントが開かれることになった。
悪霊が現れたとかで、シスターたちが総出で祝福するってやつや。
見習いのわしも、「手伝え」と言われて前に出された。
でも、どう見ても怪しい黒いモヤがうごめいとる。わしはビビった。
そのとき、咄嗟に口から出たのは――
「ぎゃーてーぎゃーてー、はらぎゃーてー、はらそうぎゃーてー……!」
――般若心経。
そして、
悪霊、消滅。
「シスター・エリナの祈りが届いたのです!」
「なんという奇跡……!」
「きっと新しい聖句に違いない!」
ちゃうちゃうちゃう! それ仏教や!
仏教の真言で、アーメン関係ない!
でも、止まらん。
次の日から、わしは「聖なる祈りをもたらす乙女」として、教会で大注目の存在になってしもうた。
こうして、童貞坊主は美少女シスターとして異世界に転生し、なぜか般若心経で悪霊を退治する謎の宗教ハイブリッド生活が始まった。
「アーメン」も言うけど、「南無阿弥陀仏」も唱える。
キリストも拝むけど、たまにご本尊に手を合わせてしまう。
でもまあ、誰も気づかんからええか……と思っとる。
今日も教会の片隅で、わしはこっそり新しい般若ビートを練習する。
「YO! ぎゃーてーぎゃーてー、ひらきなおってー、アーメンと混ざって、今夜もキメるぜ!」
目指すは――異世界初の、ラッパー系シスターアイドルや!




