私が!?
『リリアン、君の事が心底嫌いだ。とっとと結婚してくれ▼』
『ええ、私も反吐が出るほど嫌いですわ。さっさと結婚しましょうレオンハルト。そして死ね!▼」
【最愛の人を亡くした二人。だが哀しむなかれ、この先どんな困難も二人一緒ならきっと乗り越えられる。】
『嫌よ嫌よも好きのうちってね。フォッフォッフォ▼』
〜Happy End〜
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「んあああああああああクソゲーー!!!!」
感情のままに、ついコントローラーを床に叩きつけてしまう。
4台目のプロコントローラー(水色)コイツはいい、何度フルスイングで叩きつけても今のところ二箇所のヒビで済んでいる。流石プロ御用達。
いやいやそうじゃなくて、あくまでコントローラーは八つ当たりのサンドバッグ。
本当に手をあげたいのはこのゲームシナリオだ。
「幼馴染のメイドとイチャイチャしてたら突然殺されて!?だけど自分の気持ちは押し殺してあくまで国の友好関係を結ぶ為に犬猿の仲の許嫁としゃーなし婚!?どこがハッピーエンドだよ!!てか最後のおっさんは何者だよ!!」
何度だって言う!何十回目のエンディングを迎えても!墓場の中でも言い続ける!このゲームは【ク・ソ・ゲー】です!
【この世で一番×××】
老舗ゲームメーカーであるカリフラワー社が贈る至極(?)の乙女ゲーム。
記念すべき同社20作目にして初の本格アクション要素を取り入れた意欲作なのだが…。
「【彼は鶏男爵3】くらいからシナリオが捻くれて迷走してきてるんだよなぁ〜。まだ前作の大仏大爆破オチよりはマシだけどさぁ…。」
かつて乙女ゲージャンルの一時代を築いた大手もこのザマだ。
おまけに今回は不慣れなアクション要素付き、ノウハウが皆無な分、もっさりとした動作と無駄に長いロード時間がユーザーの心に悪い意味で火をつけさせる。
案の定ネットのレビューは大荒れ…というより行き過ぎた非難をとび超えて、古参ファンがシナリオライターのSNSに某精神科病院のサイトURLを心配のメッセージ付きで送りだす始末である。
だが、こんなどうしようもない世紀の駄品にも褒められる要素がただ一つ。
「はあああっ…やっぱりエリーゼちゃんは尊い…っ!」
エリーゼは王女リリアンに仕える使用人で隣国の王子レオンハルトの幼馴染である。
この子がまぁ〜天使だこと!
綿飴のようなふわふわホワイトヘアーに栗サイズのくりくりアーモンドアイ。
身体はまだまだ発展途上で、普段は拾われたばかりの子猫のように大人しいが、王子に会う時だけは薄紅色のリップを付けて大人アピールをするようなあざとさを持つカリフラワーが生み出した奇跡の娘!
おまけに魔法の才能もあってレオンハルトと共にダンジョン探索を行ったりして徐々に仲を深めていくのだ!
…しかしエリーゼはストーリー中盤のボス戦でレオンハルトを庇って死亡。その後は代わりにメアリーヌを操作して、何事もなかったかのようにレオンハルトとダンジョン攻略を再開し、ルート分岐も一切無しで『嫌よ嫌よも〜』エンディングを迎えるのだ…。
「はあぁっ…こんなに良いキャラクターなのになんで途中で死ぬのかなぁ…?最初から最後までこの子だけで良かったのに…。」
ため息を吐いたのは私だけじゃない、他のユーザーも、大人の都合に振り回された制作者も、エリーゼもレオンハルトもメアリーヌも、みな心が沈んでいる事だろう。
しかし、逆境に立ち向かう者も確かに存在した。
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【エリーゼ生還ルートの存在】
完全一本道の乙女ゲーなんてそうそう無い。
インディーズなら兎も角、老舗メーカーの20本目。
突然捻れまくったシナリオ等、信じたく無い要素から生み出された信じられない噂話。
などと巷では言われているが、私はその一筋あるかどうかの光明をひたすらに求めている。
それ程までにエリーゼというキャラクターを愛しているし、きちんと報われてほしいという一種の親心のような気持ちが私の探究心を掻き立てた。
そんな私の同志が集まるコミュニティサイト【ワサップ】
ここはユーザーが独自に発見した攻略情報や仕様の穴を突いた裏技を共有するメーカー非公式の老舗攻略サイトである。
このユーザーというのはゲーム開発者やプロゲーマー等、プログラミングに精通するプロフェッショナルを指す。
…なーんて事はなく。
【まずゲームを起動する時に炭酸を抜いたエナジードリンク(お茶を飲むとデータが壊れます!!!!)を一気飲みして「エリーゼ復活!」と3回叫びます。その後、スタート画面で十字キーの下を1回押してAボタンを押すとエリーゼが生き返ります。】
【ゲーム開始時、レオンハルト様の名前を「ロシュツキョー」リリアンを「アバズレ」(ムシケラでも可)に変更します。するとどんなイベントが来ても「結婚しなくて良かったねエリーゼ」と思います笑!ちなみに私はレオンハルトの名前を「サギシ」にして誤魔化しています!是非試してみて下さい!】
【タンスの中を調べるとエリーゼお手製マフラーを入手できますが、レオンハルトではなく教会の牧師に渡すと復活アイテムがもらえますよ!】
【↑その辺の雑草を渡しても貰えるし、そもそもエリーゼは教会に入れないから無理ですね。もっとやりこむ事をお勧めします。】
【エリーゼを4人に増やして負けイベの時にエリーゼBを殺させたら3人残った状態でクリアできます!私の友達の弟がクリアしましたよ!!本当ですよ!!】
【こんなクソゲーにマジになっちゃってどーすんの???】
【そんなのみんなわかってんだよそれでもあきらめないんだよわたしはえりーぜをしあわせにするんだよまじれすやめろよさめるよしねよばかがよ】
…このように、次元の壁を無視した感情論や罵詈雑言が大半で一見何の役に立ちそうもない。
しかし!どんな時も先駆者は恥をかきながら道を切り開くものなのである!マイ持論!
取り敢えず朝までにもう一周だけ挑戦する。
序盤は探索パート、中盤はバトルパート、後半はほぼストーリーパートで構成されており、慣れれば3~4時間でフィナーレを迎えられる程中身が薄いゲームである。
「エナドリは無いけど…ま、ひとまずこれでいいか。」
クソゲーに勤しむ買い主の足元でごろごろ寝ているペットボトルの蓋を開けて口付けを交わす。
残量三分の一のコーラ(50円自販機産)は、炭酸がすっかり抜けていたのでなんの刺激も感じなかった。
「すうぅ…。」
深夜2時
寂れたボロアパートの一室
両隣に住む無精髭を生やしたコワモテのおじさんと、年中アルコールの臭いが香しい金髪お姉さんが般若の面で乗り込んでこない事を心の底から願いながら画面に向かって言霊を射出する。
「エリーゼ復活ッ!エリーゼ復活ッ!エリーゼ!!!
復活ッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
全力で想いの丈を吐き出した影響か、突如視界が点滅し、全身が淡い熱気で包まれる。
「やば‥.酸欠かも…。」
そして暗転、体中の関節が弛緩し、意識諸共冷たい床に崩れ落ちた。
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『…ぇ…ねぇってば!…こらエリーゼ!起きなさいエリーゼ!▼』
『ん~?ふあぁ…おはようございまふ…リリアン様…。▼』
(ん…?)
『おはようございまふ~♡じゃないわよバカ!今何時だと思ってるの!?▼』
(今は深夜2時…。いや、窓の外が明るいな…。う~ん、やっぱ年々徹夜が出来なくなってるな~。)
目の前には長いまつ毛が生えた目の下にそばかすの天の川が散りばめられた、カリフラワー社お得意の高飛車姫リリアンが私を見下ろしていた。
『ひ、ひゃい!6時に起床して7時に床掃除、8時20分にリリアン様を起こしてお着替えを…。▼』
『それで12時からティーパーティー!後15分で王子が来るのよ!▼』
『え、ええぇぇぇぇぇぇっっ!?▼』
(そうそう、幼馴染の王子レオンハルトが来るからって昨日は眠れなかったんだよね。)
『アンタが任せろっていうから、なんにも用意できてないけど?このままじゃアンタが食卓に並ぶ事になるわよ▼』
(うわブッサ!
眉間に寄った皺と細目が一体化してるわ…。
もしかして顔の真ん中でウニを飼育してらっしゃる?)
『は、はいぃ…!いいい今すぐ準備を致します!▼』
(う~ん、昔からカリフラワー社のキャラはデザインの段階で露骨に差が出てるな~。)
正ヒロインの顔に海産物を住まわせる事が絵師なりの些細な抵抗感の表れなのだとしたら、やっぱり今作の絵師もエリーゼ×レオンハルト推しに違いない。
『準備が出来たら呼びなさい。間に合わなかったらパパに言いつけるから。』
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【ー操作説明ー】
あーはいはい、Aで決定、Bでキャンセル、Xで物を掴む、Yで攻撃、左スティックで移動、右スティックで視点変更でしょ、分かってますよ~っと。
【mission1:ケーキの材料を調達しろ!】
『急がないと、ええと、ケーキの材料は…
バター、小麦粉、牛乳、チーズ、いちご。
小麦粉は城下町の市場、後は牧場で入手できる。
『まずは小麦粉を買わなくちゃ!お小遣いは500エソ、これで足りるかな…?▼』
足りないよエリーゼちゃん。小麦粉は7000エソなんだ。
その他販売アイテムは薬草10エソ、塩コショウ50エソ、砂糖70エソ、ダイヤモンドの剣5000エソ。
はい、そうです。老舗ゲーム会社カリフラワーが贈るボリューム不足の改善策、または遅延行為です。
初見ではこのまま町へ向かって、理不尽な価格に驚いて、民家の木箱を壊して回ったり、エリア探索で山賊を捕まえて報奨金を受け取ってから購入するのがセオリーなのだが…。
(大丈夫エリーゼちゃん、私がすぐに大金持ちにしてあげるから!)
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★ワサップ式増殖バグ★
用意するもの
・100エソ硬貨3枚
・段ボール
①まず部屋に組み立てた段ボールを設置する。
②段ボールの4つ角の内、右角の前に身体が来るように移動する。
③足元に100エソAを置く。
④段ボールの上にもう一枚の100エソBを置く。
⑤その上から更に100エソCを置くと…?
【エリーゼは200エソを手に入れた!▼】
しかし、100エソ硬貨AとBはそのままである。
通常同じ場所にオブジェクトは配置できないのだが、なぜか段ボールの右角から置くとアイテムが2個に増殖するのだ。
(つまり、これを30回くらい続ければ小麦粉が買える!超イージー!)
エソは両替コマンドで100エソ単位で小分けが可能、不法侵入、器物損壊、暴力等々必要なし!
(よし、早速コマンドを…あれ?)
愛用のプロコントローラーが手元に無い。
というか椅子は?モニターは?
見知らぬ部屋に段ボール箱と硬貨。
(…いや、知ってる。この床の模様、壁の色は見覚えがある…!)
何度もここで寝坊して、段ボールを置いてコインを増やした場所!
部屋の端には3段のタンス…。
一番下は下着、真ん中は服。そして一番上には
(…あった…!刺繍入りのハンカチ。)
テテテテーン!
(!?)
後頭部付近で不意に鳴り響いた甲高い電子音に思わず振り返る。
【エリーゼは恋のハンカチを手に入れた!▼】
足元に横長の枠と文字の羅列が浮かび上がっていた。
そこで私は確信に触れる。
タンスの向かい側に飾られた壁掛け鏡。
(…っえ…!?)
そこに移る推しキャラと私の目線がそっくり同じ高さで合った。
(私、エリーゼになってるーーーーー!?)