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知識の力と社会の影

昨日訪れた教育機関からの推薦を受け、幸司こうじは船団の研究機関を訪れることになった。ミノリタスの知識と技術の集積地であり、最先端の研究が行われている場所だという。


「ここでは、船団を維持するための研究が行われている。エネルギー、環境制御、医療技術に加え、植民可能な惑星の探査や小惑星防衛も重要なテーマなんだ。」


ハワがそう説明しながら案内する道すがら、幸司はその規模の大きさに驚きを隠せなかった。通路の壁には、透明なパネル越しに数多くの研究室が並び、電子機器のようなものを手にしたミノリタスの人々が忙しそうに行き交っている。


「ここもまた、遺伝的な適性が重視される場所なんだろう?」


「もちろん。遺伝子を調べて、科学や技術に向いていると判断されれば幼少期からその分野での教育が施される。そして、この施設で働く人たちは、そうした教育の成果を最大限発揮しているんだ。」


幸司はその言葉に再び、圧倒される思いがした。ここにいる全員が、職業を担うに十分すぎる素質を持ち、そしてその素質を最適な場所で磨かれてきたという事実が、彼の胸に重くのしかかった。


(これが、遺伝的な優秀さの結晶か……。地球で僕が頑張っても、こんな場所には到底たどり着けないだろうな。)


幸司は自嘲気味に笑ったが、ハワはその様子に気付いて声をかけた。


「気にすることはないよ、コウジ。地球の文化や考え方だって僕たちにとっては新鮮だし、それが役に立つこともある。例えば、君が話してくれた受験制度については、僕の職場でも話題になっているんだ。」


「受験制度が?」


「そう。あれは君たちの社会が育んだ独特な文化だよ。才能だけでなく、本人の希望を重視して道を選べる仕組みだろう? そこにかける努力、コスト、そこから生まれる勝敗、悲喜こもごも。そして負けたくないと思う気持ちが文明を前に押しやるんだ」


「そんな……そんないいものなのかな……」


幸司はどこか地球の文化を茶化されているようで少しムッとした。自分の話が役に立てたのは幸いだが、自分たちの社会の必死さをただの娯楽コンテンツとして見られているのは心外だったのだ。



研究機関の一角で、ハワは幸司にとあるプロジェクトを紹介した。それは、地球の環境を模倣する実験区画だった。緑豊かな植生が広がり、空には人工の太陽が輝いている。


「ここでは、地球のような環境を再現する実験を行っているんだ。将来的に、地球に似た惑星を発見した場合、どのように入植するかを研究している。」


幸司はその光景に息を呑んだ。


「まるで地球みたいだ……。どうしてここまで再現する必要があるんだ?」


「僕らの船団は宇宙を旅して数百年が経つ。けれど、いずれは新しい星を見つけ、そこに根を下ろす日が来ると信じている。だからこそ、こうした研究が必要なんだよ。」


幸司はしばらくその区画を歩き回り、懐かしさに似た感情を覚えた。この場所は地球を模倣したものだが、それでも自分の故郷を思い出させるには十分だった。


「ここまでの技術を持ちながら、どうしてまだ移住先の星を見つけられないんだ?」


幸司の問いに、ハワは少し表情を曇らせた。


「条件が厳しいんだ。僕たちミノリタスやマイオリスが共に暮らせる環境を持つ星はほとんど存在しない。酸素や重力、気候、すべてが適合する星を見つけるのは、途方もない作業なんだ。」


「それでも、探し続けるんだな。」


「そうだよ。それが僕たちの使命だから。最近では地球の公転周期換算では15年に1度くらいのペースで入植可能性のある惑星が発見されるようになった。これも僕たちミノリタスの科学文明の成果だ」


「条件に合った星が見つかったんなら、どうして船団全体で移住しないんだ?」


「見つけたとしても、そこまで移動するにはそれなりに時間もかかるってのもある。それに、惑星の環境を母星に近い状態に造り変えて入植しようとする者も居たけど、そうした挑戦に参加するのはほとんどミノリタスだけなんだ。」


「マイオリスは行かないのか?」


「彼らは安定を好むからね。新しい大地は魅力的ではあるけど、未知の環境に挑むより、今の船団の中で安全に暮らしたいと考えるのが大多数だよ。食料も豊富で気候も一定だし。結果として、ミノリタスは時折船団を離れるけど、多くはまだ新しい星を求めて旅を続けたいと考えている。だから僕たちはこの船団を維持しながら航行していくしかない。」


「ミノリタスの人手が足りないのはそのあたりにも理由があるってことか」


ハワの言葉を反芻しながら、幸司はふと足を止めた。彼の頭には、新しい惑星への挑戦を選ぶ生まれながらに優秀なミノリタスと、船団での生活の安定を選ぶマイオリスの姿が重なり、どちらにも属せない自分の立場を思い知らされるような感覚が広がっていた。その両者の選択が、それぞれの価値観や未来への希望を反映していることを考えると、言葉にできない感情が胸に湧き上がってきた。



その日の帰り道、幸司の頭に浮かぶのは研究機関で見た緑豊かな風景。懐かしさに胸が揺れたが、その思いは受験勉強の遅れを思い出すたびに掻き消された。


(こんなところで時間を無駄にしている場合じゃない。くそっ、いつになったら帰れるんだ? 勉強はどんどん遅れていくのに……。)


幸司の焦燥感にはさらに拍車がかかり、自暴自棄の一歩手前まできていた。


(俺にはミノリタスみたいな才能も、マイオリスみたいに安定を求める選択肢もない。ただ……地球に帰って、入試に間に合わせたいんだよ)


人工の空には星が瞬いていた。宇宙の果てを旅する船団の中で、幸司の心には少しずつ希望の光が灯り始めていた。


(続く)


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