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ハワの思惑

 食糧プラントをひととおり見学した後、廊下を抜けて次の区画へ向かう。ハワがスマホのような端末をいじりながら説明を始めた。


「さて、次は僕の仕事場でもある文芸都市区だ。きっと君も興味があると思うよ」


「文芸都市区……? 船の中なのに“都市”って、どんな場所なんだ?」


「名前に大した意味はないさ。地球にもなかったかい?学園都市とか新都心とかいう、地名が先行している区域」


(筑波や幕張のことをハワは知ってる……?)


「……なんだか不安だよ。僕の脳みその内容がだいぶそちらに渡っているみたいで」


「翻訳機の作成のために随分長い間インタビューしたって聞いてるよ。大変だったろうね?」


「そういえば、話す内容は何でもいいからとにかくいろんな単語が拾えるよう、ジャンルを広げて話せと言われたなあ」


 話している間にドアが開き、目の前に広がったのは華やかなライトが飛び交う大空間。ドーム状の天井にイルミネーションが投影され、劇場やホール、屋台のような店が連なっている。そこではミノリタスたちが大勢集まり、音楽や映像、舞台演出を楽しんでいた。


「すごいな……」


 ステージ上ではホログラムの光と音の洪水が観客席に迫り、役者たちが何らかのパフォーマンスを披露している。


「ここでは映像作品や演劇、音楽、さまざまな芸術の創作が行われてるんだ。僕はその中で映像や仮想体験のプロデュースをやっててね。実は……コウジを引き取った理由もここにあるんだ」


 ハワが少し低い声で切り出す。幸司は彼が何を言おうとしているのか察しきれず、首をかしげた。


「理由? どういうこと?」


「ぶっちゃけた話、“新しいネタ”を探していたんだ。ここ最近、船の中での創作全般がマンネリ化していてね。新しい世界観や文化の刺激が欲しかった。そんなとき、君みたいな異世界から来た人が現れたんだから、こりゃ放って置く手はないよね」


「なるほど……地球の文化とか芸術、物語なんかが目新しい刺激になるってことかな」


 異文化ギャップが面白いコンテンツのネタになり得ることは幸司もインターネットの動画サイトなどで理解していた。


「そう。例えば受験っていう制度、スポーツの大会なんかも、実はこっちにはない概念だ。僕らは研究機関や学習プログラムがあっても、大規模な“受験競争”はやったことがないしね」


「そうか……そもそも何世代も移民船で暮らしてるんなら、地球みたいな学校行事とか受験地獄とか、想像しづらいかもな」


「まさに、そこに新たなコンテンツのヒントがあるんだよ。受験って同世代、何百万人もの地球人が席を奪い合うために競い合うんでしょ? 合否で人生が変わるとか、再チャレンジのための浪人っていうシステムがあるとか……ね、面白くない?」


 そう言ってハワは薄い緑色の肌をワクワクさせるように目を輝かせていた。まさに今現在浪人中である幸司にはそう面白い話でもないが、ハワは構わず話を続ける。


「僕はコウジに恩を売る形で身元保証人になった。もちろん君を助けたい気持ちもあったけど、同時に異世界の情報をできるだけ吸収したいというのが本音さ」


「なるほど……正直に言ってくれてありがとう。助けてもらってるのは事実だし、僕もできることは協力するよ」


 幸司は改めて胸の内がすっと晴れた気がした。確かに利用されている側面もあるかもしれないが、それならそれでわかりやすい。おかげで異世界で路頭に迷わずに済んだのだから何かしらの対価は必要だろう。


「それに、僕もいずれ地球へ帰るなら、こんな船で過ごした経験はむしろ貴重な経験になるかもしれないね。手記を書けばウケるかもしれない」


「はは、そうかもね。じゃあ今のうちに船団のことをたくさん知っておいてよ。僕はいつでも質問に答えるから」


 そうして文芸都市区を一通り歩き回る間、幸司は多彩なステージや映像ブースに圧倒され続けていた。「もし地球のドラマを紹介したらどうなるだろう」といった想像を膨らませてしまう。

 一方で、心のどこかでくすぶる受験への焦り。地球への戻り方は皆目検討がつかない。このまま何日もここで過ごしていたら夏の勉強計画が大幅に遅れることになる。


 ハワはそんな幸司の様子を見て、頻繁に声をかけた。


「大丈夫? 疲れてきた?」


「いや……平気。だけど、僕本当に地球に帰れるのかな?それに、帰れたとしても勉強が気になるんだ。その……例の受験戦争てのに勝たないといけないんでね」


 幸司の切実な言葉の吐露に、ハワは少しだけ曇った顔を見せる。


「例の役所が研究部門に依頼してるってさ。君を地球に帰すのは不可能ではないってのは役所出るときに話したよね。ただ、並行世界の扉を安定的に開くには時間やコストがかかるんだ。僕もせいぜいせっついてみるけどどうなるか……。ゴメンね」


 責める気にはなれない。むしろ無茶を言っているのは幸司の方だ。幸司ひとりを地球に帰すためだけに多くの資源を使うのは大変なのだろう。そう悟っていても、やりきれない思いがこみ上げる。


「……わかった。せめて僕にできることがあったら言ってくれ。僕もただ待つだけじゃ落ち着かないし、申し訳もない」


「うん、何か面白いネタが出てきたら教えてよ。地球の文化や制度、法律、文学、なんでもいい」


「いろいろ思い出しておくよ、ハワ」


 穏やかなやり取りの裏で、幸司の焦燥は徐々に増していく。どれだけこの船の文化が刺激的でも、浪人生として夏を無為に過ごすわけにはいかない。


 こうして、人工の青空がふたたび夕焼け色を帯びるころ、幸司はハワと一緒に文芸都市区を後にした。部屋に戻る道すがら、地球へ帰還する手段と自分の受験――二つの不安が幸司の頭の中では渦巻き続けていた。


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