「本当に宇宙船なのか……? まるで都市じゃないか」
その日の夕方――空がオレンジ色に染まっているから幸司がそう判断しただけだが―― 二人は役所を出て、ハワが用意してくれたという宿に向かっていた。とはいえ、幸司はなぜ自分がこんなところにいるのか、何もかもがまったく分からない。
「なんで僕はこんなところにいるんだ……ハワさん、改めて、一から教えてくれ。ここはどこで、僕はどうなってしまったんだ?」
「役所の人に一通り説明されたと思うけど、ここはいわゆる星の大地の上じゃない。ざっくり言えば宇宙を航行する移民船団のうちの一隻の中だね。君の元いた場所、地球って言ったっけ。僕らはそことは別の並行宇宙にいるらしい……」
翻訳機越しに聞こえるハワの声はまだ不思議な響きだが、言葉が通じるだけでも安心感が段違いだった。しかしその言葉が意味するものは幸司にとって絶望的なものだ。異世界、並行宇宙――幸司の受験科目に物理はあるが、そんな単元は存在しない。教養がてら読んだ本の中に、宇宙はカーテンにへばりついた雫のようなものだとか書かれていたのをかろうじて思い出せる程度だ。
「なんで君が僕らのところに来たのかは僕にも分からないよ。まあ、良かったんじゃない? いきなり宇宙空間に現れて生きながら沸騰する可能性だってあったわけだし、問答無用で肉食獣の夕食になっていたかもしれないんだから」
「そこは幸運だったと思っておくよ……」
幸司はあらためて周囲の風景を見回した。人工的な光が空から降り注ぎ、ビルや道路、緑の植生などが整然と並んでいる。
「本当に宇宙船なのか……? まるで都市じゃないか」
幸司は思わず唸る。幸司が知っているアニメに登場する宇宙船とは規模が違いすぎて、説明を受けても到底信じられない。
行き交う人々は皆、耳が長く肌が薄い緑色をしている。中には端末のようなものを手に持ち、道端で談笑する者、運搬用の機械を操作している者などがいて、まるで地球の大都市を歩いているかのような光景だ。
「数百万人が暮らしてるんだよ。この船だけでもね。母星を失ってから何世代もこうして宇宙を旅してるんだ」
ハワがさらりと説明する言葉に、幸司は呆気に取られる。宇宙船の中に都市があるというよりは、都市そのものが宇宙を航行しているようにしか思えない
「でも……どうしてそんなことに? 母星が失われたって……」
「うん、そういうのはまた後にしよう。君も混乱してるだろうし、これ以上の情報はあっても困るだけじゃない?」
「確かに。正直、頭がぐちゃぐちゃだよ……」
公共交通機関らしき乗り物に乗って、仮宿として割り当てられた部屋へ向かう。そのあいだ、幸司は周囲をキョロキョロと見回すばかり。街ごとに機能が全然違うようで、工業区画や教育区画らしいものまであった。
「ここが君の部屋。とりあえず当面は自由に使っていいからね。君の身柄は僕が保証してる。何かあったら、この呼び鈴を鳴らして」
ハワが部屋のコンソールをいじり、開閉の方法や室温の調節の仕方を教えてくれる。その手際があまりにも自然で、幸司はつい尋ねてしまう。
「ハワさんはどうしてそんなに俺に親切にしてくれるの?」
「ハワでいいよ。まあ、僕が君を役所に連れて行ったってことで、身元保証人になれないかって連絡が来てさ、なんだか放っておけなかったんだ。それに僕、ちょっと“変わったもの”に興味があるんだよ」
そう言ってハワは笑う。“変わったもの”とはつまり、異世界から来た地球人──幸司そのものだ。
「本当にありがとう……。ハワがいなかったら俺、どうなってたかわからない」
深々と頭を下げる幸司。まだ理解できないことだらけだが、少なくともこの世界にも優しさがあり、日本人とは道徳観や価値観が似ている。それがわかっただけでも、大きな救いだった。
やがて部屋に一人残された幸司は、ベッドのふかふかした感触に腰を下ろし、深いため息をつく。
(どうやって帰ればいいんだろう……俺の受験は? 予備校は?)
不安と好奇心とがせめぎ合う中、彼の意識は疲れに押し流されるように眠りへと落ちていった。
艦内が巨大な街として機能しているSFアニメ作品としては「宇宙戦艦ヤマト」の白色彗星帝国、「超時空要塞マクロス」シリーズや「トップをねらえ!」に登場するヱクセリヲン級以上の艦船でそのような描写があります。幸司がそれを知らないだけです……




