エピローグ
無事地球に戻った幸司は忙しい日常を再開していた。夏休み最終週の模擬試験に駆け込むようにして参加。化学や英語の成績は驚異的な伸びを見せ、周囲の目を引いたが、数学と物理では思うような結果を出せず、総合成績は微妙な結果に終わった。
脳改造で増強された記憶力と情報整理能力は暗記科目では絶大な威力を発揮したが、数学で必要とされる受験数学に特化した論理思考や高度なテクニックには結びつかなかったのだ。
「やっぱ勉強しないとダメってことか……」
彼は失笑しつつ、ベッドに横たわって異世界での濃密な2か月を思い出す。
「頼れば宗教、自分で考え出せば哲学……か、格好良いこと自分で言っときながら、今の僕はナノマシン様に頼り切り。ナノマシン教団が起こせそうだ」
目を閉じると船団での出来事、ハワやラト、そしてヘルマにイルゼス――彼らとの出会いと別れを振り返り、胸に熱いものが込み上げる。今ここにいるのは彼らの献身と自分の覚悟のおかげだ。
幸司は、再び前を向く決意をした。
「自分の腹を括らないうちは状況なんて好転しない! それはまあ、その通りだな!」
◆
―― それから数年後 ――
幸司は無事大学に進学し、医師の道を歩んでいた。
医学部の課題は多忙を極めたが、異世界の経験が彼の視野を広げ、困難を乗り越える力を与えてくれていた。特に覚えることの多い医学部の専門科目では、脳改造の恩恵は大きかった。
ある日の午後、学会帰りの幸司は昔住んでいたアパートの近くを歩いていた。懐かしさに浸りながら、ふと路地裏の小道に足を向けると、いつか見た青い光。その光輪が消えると、視界に見覚えのある女性が現れた。
「……ラト?」
彼女の肌は地球人と同じ色に変わり、服装も現代日本のカジュアルなスタイルに合わせている。だが、その瞳には間違いなくあのラトの知性と温かさが宿っていた。
目を見開き立ち止まる幸司。ラトと思しき女性は幸司の方に二、三歩近寄り、幸司の顔をしばらく見つめていたが、意を決したように口を開いた。
「……こんにちは……幸司?」
彼女の日本語はたどたどしい。しかし十分に通じるものだった。驚いた幸司に彼女は続ける。
「ハワに協力してもらって……自分で勉強しました。驚かせましたか?」
「いや、驚いたっていうか……なんでここに?」
ラトは一瞬言葉を探し、ようやく答えた。
「幸司に会いに来ました。こちらの宇宙と行き来する技術、今、私達あります。次の扉、開くのは……ここからかなり離れた場所、明日の夕方です。一緒に来ますか?」
「一緒に、か……」
突然の申し出、謎の技術の進歩―― 幸司は愕然としつつも状況はすぐに飲み込めた。
「でも、僕はもう医師として働いてる。患者さんは置いていけないよ」
ラトは微笑み、静かに答えた。
「選択、幸司次第です。イルゼス、ヘルマ、二つ……ふたり?元気。来るなら歓迎、言っていました」
幸司は彼女の言葉に一瞬考え込む。医師としての生活、夢に向かって進む自分、そして異世界での日々の思い出。そのすべてが胸に去来した。
「技術が確立したってことは、チャンスは今回だけじゃないんだろう?……とりあえずお茶でもしようか。長旅で疲れてるだろ?……って、そうか。扉くぐるだけか。」
ラトは柔らかい笑顔を浮かべ、静かに頷いた。二人は並んで歩き出す。
幸司が学生時代によく通った喫茶店の扉を開くと、カランコロンとドアベルが鳴った。
「ようマスター、久しぶり」
「なんだ、久しぶりだね幸司君。国家試験以来じゃないか。嫁さん連れて凱旋かい?」
「嫁さん、何?」
「嫁さんてのはだな……えーと、まあ、座った座った」
窓際に座った二人を、まばゆい夕陽が優しく包み込んでいた。
幸司の物語はここで幕を下ろす。しかし、新たな未来が再び彼の前に広がっているのだろう。
(おわり)
21話と短いお話でしたが、お付き合いいただいてありがとうございました。
数年ぶりに筆を取りましたので、作風や中身にもいろいろ変化はあったかと思います。
今後も余裕ができましたら作品執筆してまいりますので、よろしくお願いします。
ちなみに、今日は私の誕生日です。
ブックマークや評価をしていただけると大変嬉しいです。




