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次元ゲート

 幸司とラトを人質にしたヘルマたちは、警備隊の護衛のもとで転送装置へと移送されていた。彼らの進む道は、対テロ用の装備が配置された厳重なセキュリティゾーン。それを一つ抜ける度にヘルマたちの焦燥感は増していた。


 周囲の警備隊員の装備が物々しくなっていく。彼らに案内されながらも脅し続けている立場のヘルマとその仲間たちは異様なまでに緊張し、ラトや幸司の背中に電磁ショッカーを突きつけたまま、振り返ることすらできない。


「くそ……あんたらぁ!何か裏があるんじゃないだろうねッ?」


幸司は薄く笑って答えた。


「裏なんてないさ。僕らはただ君の望み通りにしてるだけじゃないか。」


 ハワはそのやり取りを聞き流しながら、どこか苛立った様子でつぶやいた。


「正直なところ、異世界転送に使われる船内エネルギーの収支を考えたら、管理局はマイオリス船ではなくここで君にコウジを殺してほしいはずだよ」


 ラトがその言葉に強く反発した。


「ハワ、少しはコウジさんの気持ちも考えなさい。」


 幸司がラトを静かにたしなめる。


「ラトさん、いいんだよ。それが事実なら仕方ない。」


 その言葉にラトは息を呑み、ヘルマは一瞬ショッカーを構える手を緩めた。


「上位22%程度で随分と上から目線で見てくれたもんだよ……偏差値で言えば58かそこらじゃないか。こちとら天然の脳ミソでも70行ってんだぞ」


 幸司は誰にも聞こえないような小声で、吐き捨てるように言った。



 やがて一行は転送装置のあるエリアへと到着。目の前には10階建てのビルほどの巨大な重力コンデンサーがそびえ立ち、その周囲には無数のターミナルや巨大機械設備が整然と並んでいる。

 コンデンサーを中心とした半径数百メートルの設備が帰還装置そのものであり、関係者以外立ち入り禁止と書かれたぶ厚く高い壁で囲まれていた。


「これが……転送装置?」


 マイオリスの多くは一生、ミノリタスの建築や科学文明を知らずに過ごす。そんな彼らにとってミノリタスの最先端軍事施設にも等しい区画など、想像もつかない場所だったのだ。

 ヘルマはその圧倒的なスケールに言葉を失った。自分たちが計画した「破壊」が、どれほど現実離れしていたかを思い知らされる。


「ねえ、これどうやって壊すつもりだったの?」


 ハワが淡々と尋ねると、ヘルマは目を伏せて呟いた。


「……そんなの、何も考えてなかった。あたいはただ、あいつらに言われた通りにしてれば成功するって……」


「ヘルマ、投降しよう。俺達の持ってきたこんなちっぽけな爆弾じゃ、あの壁1枚ぶっ壊せねえ」


「残念だが、俺もそう思う」


 ヘルマの仲間の大柄な男たちが、手製の爆弾を握りしめて肩を震わせている。その言葉に、ヘルマは電磁ショッカーを幸司の体から離し、わあわあと泣き始めた。対テロ用設備が十重二十重に張り巡らされたこの場で心折れたまま、母も弟も救えず死ぬしかない。


「言われたとおり忠実にやってても無理そうなんでビビってんのか。いやあ、他責思考は楽だねえ」


 ハワが茶化し、ラトが睨む。それを見て「もう何度目だ」と幸司がため息をつく。

 幸司はヘルマの肩にそっと手を置き、ヘルマの耳元で囁いた。


「ヘルマ、君にはまだできることがある。」


「できること……?」


「君のお母さんと弟は僕とラトがきっとなんとかしてみせる。今はこのまま、変に動かず流れに乗ってくれ。でないとこの場で撃ち殺されてしまうよ」


 彼女に残された選択肢はそう多くない。ヘルマは黙って頷くしかなかった。


「今から帰ってしまうコウジに何ができるんだか」


 ハワは意地悪くツッコみ、またもやラトの不興を買った。


「ハワ、知らないのかい?こういうのは古典的な手法が一番なんだよ。」


「古典的手法?」


「偉い人になんとかしてもらうのさ」


 異世界転送用のゲート前には厳かな雰囲気が漂う白い空間が広がっていた。ここで、幸司が到着次第、彼の帰還式典を行う予定になっている。

 管理局審議官らしき人物や船団司令部の上席幹部、その他高官たちがそこで幸司たちの到来を待ち構えていた。


「無事、護衛対象の皆様をお連れしました」


 高官たちは到着した幸司を迎え、簡単な挨拶を交わした後、控室へと下がっていった。

 警備員たちはヘルマとその仲間を拘束し別室へ連れて行く。連行されて行くヘルマは縋るような目でラトの方を見たが、ラトはただ一度、頷いてヘルマを送り出した。


「え?僕も?」


「身元引受け人のハワさんには、後でコウジさんに花束贈呈をしていただきます。それまで別室で控えていて下さい。ご案内します」


 管理局員の中でもとびきりの美少女がハワの手を引き、別室へと連れて行く。

 残された幸司とラトの前には、長い半透明の衣を幾重にも重ねたような服を着た、いかにも高官らしい人物が残った。


「コウジさん、先程はどうも。管理局のイルゼスです。この後のこと、別室で最終確認をしましょう。」


 イルゼスの指示で幸司とラトは別室に案内された。

 部屋の中には端末が設置されており、モニターには拘束されたヘルマたちとハワの姿が映し出されている。


「彼らがそうですね?」


 イルゼスが画面を指差しながら尋ねると、幸司はゆっくりと頷いた。


「はい。どうやら親族を人質に取られているようで。できるだけ寛容な処置をお願いします。できれば、親族の解放の方も」


「会話はこちらでモニターしていましたからね。もう、向こう側に配置した対テロチームが彼らの親族を解放したと連絡がありました」


「あ、ありがとうございます。」


 ラトが頭をふかぶかと下げた。


「さすがに早いですね。ヘルマ達をラトさんのところに誘導したのも凄く早かったし、ラトさんの知り合いのヘルマの隊を選んだのも貴方の判断でしょう?」


「ええ、その方が成功率が上がると考えたので。時間もありませんでしたし」


 イルゼスの硬い頬が僅かに緩んだ。


「この後、コウジさんを異世界に送り出す式典が始まります。私の挨拶の後、コウジさんのスピーチの時間を設けました」


「はい。お願いしたとおりですね。ありがとうございます」


 管理局の審議官という、高官中の高官と物怖じせずに話をする幸司。その自信に満ちた姿にラトは驚きを隠せない。


「少々大げさな演出を用意しておきました。それと、ご要望どおりこの式典は全船団にライブ配信されます。もちろんマイオリスの船団にもです。」


「ありがとうございます。これで僕が地球に帰れば、全て世は事も無し、ですね」


「はい。貴方がやって来ておきた問題は、これで綺麗に片付くことになります」


「その点につきましては、本当にご迷惑をおかけしました。」


「いえ、これだけ大きな社会問題を残されて去られるよりはよほどマシですよ」


 イルゼスは目線をティーカップに落として静かに笑う。

 しばしの優しい空気を切り裂くように、イベントディレクターが部屋に飛び込んできた。


「イルゼスさん、出番です!幸司さんも、すぐに着替えて下さい!」



(続く)

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