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マイオリスのヘルマ

 幸司が管理局と話をつけた後、しばらくしてラトの端末が鋭い警告音を発した。


「ああ、侵入者数名が研究室に向かっていますね」


「もうこっちまで来ちゃったのか。簡単に侵入出来すぎだよな」


 幸司は落胆したような声を上げる。


「連れて行かれるのはやだなあ……」


 ラトは端末の映像を確認しながら冷静に答えた。


「例の狂信者たちの別働隊でしょう。それにしても場所の特定が早く、的確ですね。」


「まあ、これだけセンサーがあちこちにあって、ネットも発達していれば、リアルタイムで居場所を晒してるようなものだしね」


 幸司は、ぱん!と両手で自分の頬を打ち付けた。


「さて、一丁腹をくくるか」


 幸司がブレスレットに電源を入れ、身構えているとラトの研究所のドアが激しく叩かれた。


「あけて!ラト!あたいだ!ヘルマだよ!」


「……ヘルマ?」


「ツレが死にそうなんだ!肌がドロドロになって!頼むよ!助けて!」


「ッ……!」


 ラトが驚いた声を漏らしてカメラ越しに声の主を見ると、ヘルマと名乗る女性型マイオリスと、ヘルマに支えられた男性型マイオリスと複数の仲間が見えた。

 その集団のどれ一人とっても虫の息で、ヘルマの言う通り、かなりまずい状態なのは間違いない。


「コウジさんはちょっと別の部屋に行ってて下さい!」


 ラトは扉のロックを解いて彼らを招き入れた。ヘルマはどうやらこの一隊のリーダーのようだ。ラトと同じマイオリス特有の特徴を持つが、服は爛れた皮膚と血で酷く汚れていて目には疲労の色が濃い。それに、全員が皮膚に重度の炎症があるように見えた。


「やっぱりここにいたのね、ラト……お願い、助けて!」


 ヘルマは連れてきた男性――どうやら同じ狂信者グループの一員らしい――を床に横たえると、自らも崩れ落ちるように座り込んだ。


「ヘルマ!どうしたのこれ?一体何があったの?」


「この船行きの便が全部なくなっちゃってさ……あたいらどうしてもこっちに来ないといけない用事があって、廃棄物ポッドに乗り込んで来たんだ。でも、防護服にはどれも穴が空いててさ……ゲホッ……なんとか船に辿り着いたはいいけど、気がつけばこの有り様ってわけ……。お願い助けて、ラト」


 ラトは瞬時に医者としての顔に切り替えた。居室に隣接した診察室のドアを指差し、ヘルマ達をそちらに叩き込む。


「すぐに診るからそこに寝かせて! あなた達もすぐに服を脱いで、そっちのシャワー室で体を洗いなさい!今すぐ!」


 ラトは手際よく医療キットを取り出し、ヘルマと彼女の仲間たちを診察していく。


「ラトさん、手伝おうか?」


 ラトの奮戦をただ見守るだけというのは医学部志望者としてどうなのか――幸司は虫の息の一団を見るに危険は無いと判断して、ラトの前に現れた。


「コウジさん、すいませんが手伝って下さい。そこの噴霧器を使って、彼らが通ったところを消毒してもらえませんか」


「お安い御用だよ。マスクと手袋はどこ?」


 コウジは手際よく周辺を消毒していく。小学校時代から地球でも伝染病が蔓延しまくっていたのでこの手の作業は慣れっこなのだ。

 だが、ヘルマは幸司の姿を見て、腰をぬかさんばかりに驚いていた。


「あ、あ、あれ……は……もしかして救世主・コウジ様……?」


「そうよヘルマ。あんた達、彼を狙ってここに来たんじゃなかったの?」


「こんな有り様じゃ、人攫いどころじゃないってば。むしろ任務をほっぽり出してあんたのところに転がり込んだんだよ……でも、あたいツイてるわ……」


「駄目よ。あんた達は今、絶対安静。しばらくはベッドの住人でいてもらうわ」


 シャワー室まで自力で辿り着けそうにない、一番症状が重そうな男の患部清拭が終わると、ラトはその男に即効性の麻酔薬を投与した。


「そんな……ラト。コウジ様ならこんな病気、あっという間に治せてしまうんだろう? お願いだ。なんとかしておくれよ。あたいと一緒に、コウジ様にお願いしておくれよ!」


 ヘルマは、自分達の健康状態が今、危機に瀕していることが理解できているようだ。


「あいにく、そんな力、僕にはないよ。それにもし僕が君たちを治せても、次は僕をみんなの前で殺すつもりなんだろう? どっちにしたってお断りだね」


「コウジさん、患者の前で余計なことを言わないで!」


 ラトは語気を荒げて幸司を叱り飛ばした。患者に掛ける言葉ではないし、何より、ヘルマたちを自暴自棄に追い込むのは最低の下策だ。


 そんなラトの思いも知らず、幸司は少し、むくれていた。



 ヘルマの仲間たちを一通り手当てし、仮のベッドで無理やり寝かしつけていたところにハワが到着した。


「おお、やっぱりまだここにいたのか。」


 いつもの軽口を叩きながらやってきたハワだったが、多くの病人が横たわる病室の光景を見たせいか、その表情には緊張が滲んでいる。


「ラト、何があったんだ?」


 ラトはハワに事態を簡潔に説明した後、ヘルマに向き直った。


「ヘルマ、あんた無茶しすぎよ。いったいどうやって管理局の警備をくぐり抜けてここまで来たの?」


ヘルマは疲労した表情のまま口を開く。


「ここんとこ、神の言葉を聞いたって奴が次々に現れてさ……そいつらは妙に口がうまい上に凄く賢いんだ。警備のどこが手薄で、いつ移動したらいいか、どんな武器を使えば何を壊せるか、そんなことを聞いたら……へへ、やりたくなっちゃうだろ?」


「……船送りにならなかった犯罪係数高めの連中が、マイオリス全体を使った遊びを始めたってわけか……」


ハワが半ば感心したように言うと、ヘルマはわずかに頷いた。


「あんたの言う通りかもしれない。それで今回の計画も、神の加護があれば成功するって皆が信じて……」


「その計画って、僕を攫って殺し、その勢いとドサクサで自分たちの思い通りのマイオリス社会の支配体制を築くってやつだろう? お生憎様、僕は奇跡も起こせなきゃ復活もできない、君たちから見ても十分遅れた文明の星から来ただけの人間だよ」


幸司が苛立った声を出すと、ヘルマは俯きながらも否定しなかった。


「そうなんだね。あたいらみんな騙されてたってわけだ……でも、こんなことになるなら、やるんじゃなかった……馬鹿だったよ。」


「自分で招いた結果じゃないか。」


幸司の声には冷たさが混じる。

その時、研究室の外が騒がしくなった。警備隊が到着したらしい。


「ヘルマ!」


ラトが声を荒げる前に、ヘルマは手早くラトと幸司の間合いを詰めた。


「ごめん、ラト、ごめんね! 」


 ヘルマは懐から取り出した小型の電磁ショッカーを構え、ラトと幸司を人質に取った。


「転送装置のある場所へ案内して!さもないと……」


「ヘルマ、事情は説明してもらえるんでしょうね……?」


 警備隊が指示を仰ぐために管理局と通信を始める。一方、幸司は震える手を押さえながらハワを見た。


「幸司、どうして防御フィールドを起動しないんだ!」


「……少し、考えがあるんだ。」


ハワは驚いた顔をしたが、幸司の目を見てそれ以上は何も言わなかった。


(続く)


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