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最後の疑問

 転送装置の準備が最終段階に入ったという知らせを受けた翌日、幸司とハワは施設内のラウンジにいた。ハワは珍しく上機嫌で、手元の端末で何かのデータをチェックしながらにこやかに話し始めた。


「ようやく帰れる準備が整ったんだ、コウジ。本当に良かったな。」


「うん、そうだね。」


 幸司も一応は笑顔を見せたが、その表情はどこかぎこちない。


「どうしたんだ?あまり嬉しそうに見えないけど。」


「いや、そんなことないよ。ただ……なんていうか、ちょっと気がかりなことがあってさ。」


「気がかり?」


ハワは首を傾げたが、幸司は深くは話さずに軽く肩をすくめた。


「まあ、なんでもないよ。」


「なんでもないって顔じゃないけどな。」


ハワは笑って誤魔化そうとする幸司をしばらく見つめていたが、あえて追及はしなかった。


「まあいいさ。君が帰る準備を進めるだけだし、残りの時間は有意義に過ごそう。」


「ちょっと、ラトさんのところに行ってくるよ」


「ああ、気を付けてな」


 幸司はハワに軽く手を振ると、施設出口へと向かった。

 幸司は独り向かったのはラトの研究室だ。突然の訪問に驚きつつも、幸司の表情を見て何かを察したラトは幸司を居室に招き入れた。促されるまま幸司はラトの正面に座り、彼女を見上げる。


どこか気まずそうな表情のラトに幸司が問いかけた。


「ラトさん、最近ずっと考えてることがあるんだ。」


「……どんなことでしょう?」


「地球の話をハワと、あとラトさんに教えたのは間違いないけど、それだけで、あそこまで精緻な作品が作れるものなのかな?」


 ラトは一瞬眉を寄せたが、すぐに穏やかな表情に戻る。


「……まあ、AIによるさまざまな補完はあるのでしょうけれど、コウジさんが違和感を持たないほどなのだとすれば、確かにそれは不思議ですね。」


「それで、ハワが何か隠してるんじゃないかって思えてきて……いや、でも、そんなこと言っても証拠がないし……」


 幸司が視線を伏せて呟くように言うと、ラトはしばらく考え込み、やがて端末を操作し始めた。


「少し確認してみます。コウジさんの脳内のナノマシンのデータログを確認してみますね。」


「脳の動きを最適化してくれてる、アレ?」


「それもなんですが、コウジさんがこの船に来た時に様々な注射をされませんでした?あれは防疫や伝染病予防目的のものもありますが、コウジさんが凶暴な異星人だった場合に制御拘束したり、コウジさんが嘘をついていないかを発見したりするために、様々なナノマシンを注入していたんですよ」


「……暴れたりしませんよ。僕は」


「その中の一つに、翻訳機の言語モデル構築のためにコウジさんの記憶にアクセスするものもあったんです。」


「翻訳機には随分助けてもらってるから、そこはしょうがないかなあ。カッコ悪い思い出なんかを抜き出されてなければいいけど」


 ラトの指が端末を叩く音が室内に響く。数秒後、彼女はモニターに映し出された結果を見て目を見開いた。


「……コウジさん。特に海馬付近にびっしり集中配置されているナノマシンが確認されました。」


「海馬って……記憶に関係する部分だよね?あれじゃないの?僕の記憶を整理して記憶力を増強するってやつ」


「それもありますが、そのマシンはここまで集中的な配置は行いません。これは……記憶を抽出するほうのナノマシンですね。

 おかしいな。改造前検査のときはこんなんじゃなかったのに……」


 ラトが端末のデータをさらに掘り下げると、表情が硬くなった。


「これは……初期投与からかなりの期間、そう、脳改造の直前まで、夜半から早朝にかけてナノマシンが記憶を抽出し続けていた形跡があります。」


 幸司の目が見開かれる。


「……やっぱりそうか。 それじゃあ、僕の眠りがずっと浅かったのはそのせいだな。それだけドンドン記憶の扉を叩かれてちゃうるさくて眠れない筈だよ……」


 ラトは静かに頷き、再び端末を操作した。やがて管理局に通信が繋がり、端末越しに応対する声が響く。


「……こちら管理局です。どうされましたか?」


 ラトが管理局にデータを転送し、ナノマシンの記録について問い合わせると、数秒の沈黙の後に返答があった。


「確かに、コウジ様が船内に到着された直後、記憶抽出用のナノマシンを投与しました。ただし、敵意や危険性がないと判断された後、コンプライアンス規定に基づいてこれらは停止されています。抽出した記憶はおっしゃるとおり翻訳機に使用しましたが、その後の再学習は翻訳機自身が拾った会話から行っています」


 ラトがさらに追及する。


「では、なぜ停止されたはずのナノマシンが、脳改造の直前まで記憶を抽出していたのでしょうか?」


「……確認します。その件についての責任者から追って連絡を差し上げます。」


 通信が切れると、ラトは幸司の方を見つめ、申し訳なさそうに呟いた。


「すみません、コウジさん。私が検査の段階で気づくべきでした。」


 幸司は深呼吸し、椅子に深く座り直した。


「いや、ラトさんのせいじゃないさ。そうか、やっぱりね……」


 ラトは幸司の顔を見て、息を呑んだ。幸司の顔がすっかり別人のようになっていたのだ。


「少しすっきりしたよ。ところで、管理局の偉い人と話がしたいんだけど繋いでもらえないかな? できるだけ偉い人がいい」


(続く)


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