そこまでやるのか
転送施設のある区域では上空ではドローンが巡回し、施設内の警備が明らかに増強されている。だが、万全のはずの警備体制は突然、爆発音と共に崩れ去った。
「警報。重力子コンデンサー区域で破壊活動。侵入者を確認しました!」
施設内のスピーカーが緊急事態を告げ、青白かった壁が赤く染まる。幸司は反射的にハワの腕を掴んだ。
「な、なんだよ、これ!」
「やるもんだなあ……あの警備を抜いて来るなんて……!」
ハワが腕に巻いたブレスレットを起動させたのとほぼ同時に廊下の向こう、爆炎の中から複数の足音が近づいて来た。
見知らぬ集団が怒声と共に幸司とハワの前に姿を現す。薄汚れた服に身を包み、手に手に武器を持った彼らは、狂信的な熱気に満ちた目をしている。
「コウジ様ぁ――ッ!我らに救いをォ――ッ!」
集団のうちの一人が叫びながら幸司に向かって突進して来た。さすがに撃ってくるような様子はない。
「コウジ様ぁ、知り合いか?」
「知ってて聞いてるだろ!」
ハワは幸司を引き寄せ、護身用フィールドを展開した。透明なシールドが彼らを弾き返し、集団は一人残らず壁に叩きつけられる。ほとんどが昏倒し、打ちどころが悪く、関節が嫌な方向に曲がっている者もいた。
「ヒューッ!管理局謹製のバリアはえげつないなあ」
「け、警備は万全なはずじゃなかったのか……?」
新しいおもちゃを得た子どものようにブレスレットを面白がるハワとは対照的に、幸司は息を切らしながら肩を震わせた。
◆
「大丈夫でしたか!?」
しばらくすると警備部隊が現れ、侵入者たちは次々と拘束された。幸司とハワは施設内の会議室に案内され、ラトと通信を繋げられる。ラトはこの一連の狂信者騒動において、警備のオブザーバー的な役割に任命されていた。
「皆さんご無事で何よりでした。本船の警備システムは十分に優秀でテロを無力化できるはずなのですが、死を覚悟した大勢に数で押し切られると……その……」
「多勢に無勢―― 処理できる以上の人数が押し寄せるとお手上げって事ですね。」
「そういうことになりますね……まあ、ここなら安全です。ご安心下さい」
警備主任のザムという男が一通り、自己紹介と今回の事件の規模、警備が抜かれたことへの言い訳まじりの謝罪をした後、不機嫌な顔を隠さずに退出していった。
無理もない、異世界から来た客など問答無用で船外に放りだしておけば自分のメンツは潰されずに済んだのに、下手に人道的支援とやらをするおかげで彼のキャリアには確実に大きな傷がついたのだ。
会議室では残された二人が「ここなら安心」という言葉の空虚さに白けていたが、程なくしてモニターに映ったラトが真剣な表情で口を開いた。
「侵入経路が判明しました。」
スクリーンには紡錘状の立体が映し出される。
「何だこれ?」
「廃棄物ポッド便が使われていました。マイオリスの船から出された廃棄物に紛れ込んで、こちらの処理施設経由で侵入したようです。」
「廃棄物に紛れて!?正気かよ!」
「ハワ、廃棄物って?」
「船団で使った各種資源の成れの果てで、船外にうっかり捨てるとまずいものって結構あるんだよ。熱処理が効かない生物の組織とか成分とかが特にそうで、捨てたら最後どこかの星にたどり着いて独自の進化を遂げるなんてことにはならないようにしてるんだ。
あと、核廃棄物とかもな。一緒に捨てると何が起こるかわかったもんじゃないものは一旦ミノリタス船で集めて、捨てても良い状態にまで処理するんだよ」
「か……核廃棄物とバイオハザードのポッドの中に入って来たのか?それじゃこっちに来れても後々えらいことになるんじゃないの?」
「彼らの行動は理性ではなく信仰によるものですからね。後先なんて考えてないのかもしれません。」
ラトが淡々と続ける。
「ですが、さらに問題があります。侵入したのは今回のグループだけではない可能性が高いのです。」
「つまり、まだ他にも?」
ハワが眉をひそめる。
「ええ。それに、今回侵入した連中の目的はほぼ間違いなくコウジさんの誘拐です。コウジさんになんとしてもマイオリスの衆目の前で『死と復活』を遂げさせたいのでしょう。」
◆
「復活って……僕がそんなことできるわけないだろ!僕の残機はいつだってゼロなんだぜ!?」
幸司は机を叩いて立ち上がり、ラトは冷静に頷く。
「残機が何を意味するのか分かりませんが、コウジさんが死から復活する能力がないのは知っています。ですが、彼らにとってコウジさんが実際に復活するかどうかは問題ではありません。おそらく、盛大なセレモニーの後コウジさんを殺し、後に似たような替え玉を登場させて復活をアピールする目論見でしょう。」
「なんか……随分計画的なんだね?」
「では、今回の暴動は民衆の信仰の暴走ではない……? 確かに廃棄物ポッドに乗り込むなんてのは計画性がないとできない話だけど」
「ええ、マイオリスでは恐ろしい勢いで宗教の組織化が進んでいます。すでに司教だの枢機卿だのという役職があるのが彼らの会話からわかりました。そして、この組織の上層部はミノリタスと同じくらいの狡猾さで状況を操っているように見えます。
コウジさんの誘拐や殺害も、教団の権威を高めるためのデモンストレーションに過ぎません。教団がコウジさんの正当な代理人であることを、皆の前でコウジさんに宣言させた後、殺すつもりだと思われます」
「すごいな。ミノリタス船に来ることのなかった犯罪遺伝子高めの連中の仕業ってわけか。感情と理屈、計画と暴走をうまく使い分けてる。」
ハワが苦笑いを浮かべて感心する。
「ここまで狡猾で計画的な連中が命知らずの連中を何ダースも揃えて来てるのなら、システム頼りの警備チームはママのスカートの中に逃げるしかないな。」
「茶化さないでくれ、ハワ。警備がお手上げなら僕はどうなる?」
ラトがさらに説明を続けた。
「地球の例を踏襲するなら、マイオリスの教団幹部はこうした『奇跡』を通じて勢力を拡大し、最終的には各船に搭載されたAIによる市民指導体制とは別の指導体制をマイオリス系船団全体に展開したいのでしょう。」
「勝手に周りを焚き付けて大騒動を起こして、挙げ句に僕を巻き込むとか……本当に冗談じゃない。こんなことなら真面目に世界史なんか勉強するんじゃなかった!」
幸司とて、まさかこの優しい異世界で、自分の脇腹をロンギヌスの槍で貫こうとする連中がいるとは未だに信じられなかった。
◆
「こちらに居られましたか」
幸司が頭を抱えて地団駄を踏んでからほどなく、会議室に警備局の担当者が入ってきた。無表情だが、どこか急いでいる様子だ。
「報告があります。転送装置の準備が整いました。コウジさんの帰還は48時間以内に実施可能です。ご用意をお願いします」
「やっとか……」
幸司は一瞬の安堵を覚えたが、それが砂上の楼閣のようなものだとすぐに気がついた。
「でも、今の状況で無事に帰れるのか?」
「大丈夫だ、なんとかなるさ。君の帰還が成功すれば連中の計画も崩れるんだ。」
「コウジさん、あと少しです。頑張りましょう」
ラトも力強く、優しい声で続けた。
「私たちが全力でサポートしますから、安心してください。」
幸司は頷き、心の中で決意を新たにした。狂信者たちの陰謀を乗り越え、地球に帰るための最後のステップが目前に迫っていた。
(続く)




