死と復活
ちょっと長いです
帰還装置がより確実な結果を出すためには幸司の最新の生体データが必要だ。その計測のため、ハワと幸司は頻繁にこの巨大施設に呼び出されていた。
施設が以前よりも緊張感に包まれており、巡回する警備用ドローンの数も増えているのが幸司にも判る。施設の外壁はわずかに青白い光を放ち、低く唸る作動音が、装置全体が一つの目的に向けて動作しているのだと主張していた。
「なんだか物々しいね」
ハワが慎重に周囲を見渡しながら口を開く。
「コウジ、実は少し厄介な話が浮上してきていてね。」
「またぁ?」
幸司は眉をひそめた。ハワが苦笑しながら続ける。
「どうやら君を崇めている一部のマイオリスが、君を地球に帰還させることに強く反対しているらしいんだ。」
「へ? 冗談だろ? ……てか、なんで反対されてるの?」
幸司は驚きを隠せない。
「冗談ならよかったんだけどね。」
ハワの声は真剣だ。
「彼らは君に『死と復活』を望んでいるんだ。」
「……『死と復活』?」
ハワは小さくため息をついた。
「君が教えた地球の宗教には、人々の罪を背負って死に、その後復活した救世主の話があったよね? 彼らはそのエピソードに強く感化された。そして、自分たちの罪を清算するために、君がその役割を果たしてくれる、いや果たすべきだと信じ込んでいるらしい。」
「待てよ、それって……僕に死ねってことか? 復活のやり方なんか知らないぞ?」
幸司は青ざめた。
「彼らの考えではね。本気でそうさせるつもりかどうかはわからない。ただ、君の『死と復活』を彼らの船内で見届けるため、君の身柄を確保しようと動き始めた連中がいるのは事実だ。」
「僕が誘拐かテロの標的にされてるも同然じゃないか。大丈夫なのか僕ら、こんなにヒョイヒョイ普通に出歩いてて?」
「そこは心配ない。こんな狭い船内で一番起こって困るのはクーデターなんかの内乱や破壊工作だからね。船内にいる限り、そんな行動を取ろうとした途端、そいつは自動的に消されることになってる」
ハワがウェアラブル端末に何かのコマンドを入力した後、施設の壁に向かってにこやかに手を振ると、あちこちの物陰から青色の光が飛び出し、ハワにスポットライトを浴びせた。
「こんなふうにね。だから警備に関しては心配ないよ」
◆
「へえ……空港がすぐ近くなんだな」
「ああ、船同士で物資の輸出入があるんだけど、そのためには各船を行き来する輸送機が必要だろ。さっきまでいた施設は輸送機に電力を供給するためのプラントを一部改造したものなんだよ」
幸司が物珍しげに輸送機搭乗口に通りかかると、見覚えのある姿が見えた。ラトだ。彼女はいつものように端末を忙しげに操作していたが、幸司に気づくと微笑みながら近づいてきた。
「あ、コウジさん、ハワさん。お疲れ様です。」
幸司がラトに目を向ける。ラトの十分以上に美しい笑顔で幸司の頬と気持ちは同時に緩んだ。
「ラトさん、どうしてここに?」
「現地の状況を調査するために連絡機で向かう予定だったんですが、フライトがキャンセルされてしまいました。マイオリスの動きがあまりにも不穏で……ご覧になりますか?」
ラトが端末を操作すると、映像が投影された。そこには、マイオリスたちが大きな錫杖のようなものを地面に突き立て、それに祈りを捧げている様子が映し出されていた。彼らは幸司の名前を連呼しながら、涙を流して何かを唱えている。
また、他の映像では狂ったような戦闘集団が何かを大声で唱えながら次々と集落を飲み込み従属させていく様子や、自分たちの価値観に合わないものを否定し、孤立していく様子などが映し出されていた。
「状況はかなり悪くなってるってことですね……」
「彼らは我々が幸司さんが地球に帰還させると聞いて、強く反発しています。このままでは何が起きるか分からないのが現状です。中には転送装置を破壊しようと計画している集団もいますが、さらに厄介なのは……」
「僕を攫って、殺そうとしている連中がいるってことですよね」
「……ハワさんから聞いたんですね。そうです、これが現実なんです。」
ラトは目を伏せ、申し訳無さそうな口調で続けた。
「マイオリスの思考様式では、こうした集団心理が爆発的に広がることが良くあります。彼らは公の場であっても感情的に振る舞うことが良しとされ、恋愛やプライド、自分の価値観を守るためなら死を選ぶような話を非常に好むんです。」
「コウジ、これ以上の混乱を避けるためには、君が無事に地球へ帰ることが何より重要だ。それが船団全体の安定にも繋がる。きっと、上の方でもそう判断したんだろう」
ハワが口を挟んだ。幸司は困惑しながらも頷くしかない。
「……わかった。でも、準備が整うのにあとどれくらいかかりそう?」
「輸送機や連絡機がストップしている以上、しばらくは大丈夫でしょう。その間は安全を確保しながら転送装置の準備を完了させることになりますね。それと、もし彼らが幸司さんを直接狙うような動きを見せたら、私たちも全力で守りますから、安心してください。」
ラトの目に決意が滲む。
「脳の研究者のラトさんにそこまでしてもらってはどうにも申し訳ないんだけど」
「私は研究者である前に医者、そしてコウジさんは私の患者です。私の患者に手を出す人は誰であっても許しません!」
いつもと違う、ラトの気合の入った低い声に幸司はありがたさを感じつつも少し、引いた。
◆
『これより当エリアは厳戒態勢に入ります。これに伴いエリアの入退出にはシヴィル・コードの他に許可コードが必要になります。お問い合わせは管理局のサイトにコード XXX-XXXX でアクセスして下さい。皆様のご協力をお願いします 』
しばらくすると転送施設を含む地域一帯に定期的にアナウンスが流れ、街角のディスプレイにも案内が表示されるようになった。緊張感がさらに高まっているのが幸司にも判る。何より、外出中の幸司の上空にはずっと警備用ドローンの一団がついているのだ。
ハワが振り返り、幸司を見つめた。
「コウジ、ラトの言うように僕らミノリタスは全力で君を守る。でも、油断はするなよ。彼らがどんな行動を取るかわからない以上、いつでも身を守る準備をしておいてくれ。」
ハワは自分の腕に巻かれた護身用フィールド展開用のブレスレットを指さした。同様のものが幸司の腕にも巻かれている。管理局から二人に渡されたものだ。AIがハワが人質に取られる可能性を示唆し、警備対象としてハワにも幸司と同様の装備が渡されていた。
「まったく、ほんとに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ」
「それはこっちのセリフだよ」
幸司はその場の緊張を肌で感じながらも、多少強がって見せながら歩みを進めた。その背後では転送施設が低くうなり、警備はさらに強化されていく。狂信者の集団に関する情報が日ごとに更新され、誰も今後が予測できない中、幸司はただ地球への帰還が目前に迫っていることを実感していた。
(続く)




