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見えない壁と雨の予備校帰り

土砂降りの六月末。大粒の雨がアスファルトを叩き、幸司こうじは駅前の雑踏を縫うように進む。ビニール傘を差しても、ズボンの裾はびしょ濡れだ。


 昨年の受験で志望校に落ちた幸司は、この春から浪人生として予備校に通っている。目指すのは難関国立大学の医学部。医学部を狙う以上、偏差値70前後を常にキープしないと合格ラインには届かないことなど、重々承知している。


 けれど、他の科目はそこそこ伸びてきたのに、肝心の数学だけがいつまでも足を引っ張る。現役時代も、最終的には数学が足を引っ張って大敗を喫した苦い思い出がある。

「夏までに基礎を固めろって言うけどなあ……」


 雨音に沈む街の中で、幸司は自嘲気味に呟いた。


 バッグの中から最新の模擬試験の結果を取り出し、再び目を落とす。

 C判定――この時期の浪人の偏差値は高めに出るが判定までそうではない。英語や理科は偏差値70前後でまずまず。だが数学だけは65を少し下回る。これが足を引っ張って合格圏には届きそうにない。


 自分は地方のトップ公立高校出身で、学内では常に上位成績を維持してきた自負がある。けれど、後から知ったのは超難関中高一貫校や私立進学校の受験で“常識”として仕込まれる特別な手法や、いわゆる“裏技”とも呼べる式変形が案外こういった大学入試で使い回されているということ。

 公立高の入試では到底お目にかかれない、そうしたトリッキーな発想が最難関大学の入試問題には当たり前のように潜んでいる。考えてみれば当たり前だ。そういった大学で入試問題を作っている人たちは、だいたいそういう学校の出身なのだから。


「まさか今から中学の受験塾に行くわけにもいかないしなあ……」


 立ち止まってため息をつく幸司を、横殴りの雨が追い立てる。しっかり準備しているつもりなのに成果が出ない苛立ちと、夏が迫る恐怖が胸を締めつける。


 予備校のビルへ入り、自動ドアが開く。クーラーの冷気が吹きつけるロビーには、同じように焦りの色を隠せない浪人生たちがそこかしこに座り込んでいる。

 もしここで数学を克服できなければ、“浪人生としてのリード”を活かせないまま、現役生に追い抜かれるのは時間の問題だ。


「あと少しだけ、演習やってから帰ろう……」


 そのつぶやきは、ほとんど自分に対する叱咤だった。幸司は自習室へと足を向けながら、見えない壁をひたすら押しているような、それでいて大事なピースが不足しているような漠然とした不安を強く意識していた。


 ――問題は山積み。雨の気配はまだ止みそうにない。


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