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第九部

 林田はひとまずホッと胸を撫でおろした。一時はどうなるかとヒヤヒヤしたが、なんとか大事にならずに済んだからだ。

 とはいえ、小笠原の非常識な行動のおかげで前原はあきらかに機嫌を損ねてしまい、店内は再び緊迫した空気に包まれてしまった。

 前原が貧乏ゆすりをしながら店の時計に目を向けた。

「遅いな…。ひょっとして手こずってるのか?」

 林田も釣られて時計を見たが、彼の記憶が正しければ籠城事件が発生してからかれこれ三十分は経過していることになる。

 仲間からの連絡が遅くてイライラしているんだな、と林田は察した。

「おい、店員の誰でもいいから一人立て」

 突然、前原が声をかけた。

 一塊になっているエプロン姿の店員たちが、互いの顔をキョロキョロと見回した。誰か立て、と目で言い合っている感じだ。

 やがて、店員たちから揃って鋭い視線を向けられた一人の店員が、オドオドした様子で立ち上がった。

 前原のカバンにつまずき醜態をさらしたあの店員だった。

「喉が渇いた。コーヒーを入れてくれ」

「コーヒー、ですか?」

「そうだ。ノーシュガー、ノーミルクのブラックで頼む」

 しかし、店員は恐怖によるものか中々動こうとしなかった。

「早くしろ」

「私が付き添うよ」

 と、林田がとっさに助け舟を出した。

「お願いします。その間、この連中に先生の作品の良さを叩き込んでおきますよ」

 と、前原はニヤッと笑いながら言った。

 林田はそれを無視すると、店員を促し奥のカウンターへと移動した。

 カウンターに行くと、店員はおぼつかない動作でコーヒーを淹れる作業に取りかかった。やはり、怯えていたのだ。

 独壇場の講演会を開いた前原は、顔色の悪い人質たち相手にひたすら林田光雄と彼の作品の魅力について語っていた。

 林田は複雑な面持ちでそれを見ていたが、すぐに目を背けて未だに手元を震わせる店員の作業を見守った。

 コーヒーが沸き、店員がカップにそそごうとしたが、うっかりカップを落としてしまった。

 パリンッという音を立ててカップが割れると、前原が「どうしましたか?」と声をかけてきたので、林田は手を挙げて「なんでもない」と示した。

「大丈夫ですか?」

 と、散らばった破片を一緒に拾いながら林田は声をかけた。

「申し訳ありません、ご迷惑をおかけして」

「迷惑だなんてめっそうもない。むしろ、私がここにいたばかりに面倒なことになってしまったので、むしろこっちが謝りたい気持ちです」

「それは逆ですよ」

「逆?」

「あの前原という男は、見たところあなたに心酔しています。ですから、林田さんがここにいるおかげで、あの男は私たち人質に粗暴を働かないんでしょう。もしも、あなたがこの場にいなかったら、ひょっとすると人質の誰かがあの男に痛めつけられていたかもしれません。そう考えると、彼の暴走を制御する役目を果たしてくれている林田さんがいらっしゃって、私たちはラッキーです」

「そうですか。そう言っていただけると、私も気が楽になります。しかし、さっきはつい出過ぎた真似をしてしまったから、前原も私に対し警戒心を抱いているかもしれません」

「ええ、でしょうね。ですが、前原を説得してあの親子を解放させた林田さんの行いを、少なくとも私はとがめませんよ」

「ありがとうございます」

「自己紹介が遅れましたね。恩田と申します。恩田圭介」

「よろしくお願いします」

 と、林田は言ってから破片拾いを再開させたが、その手がピタッと止まった。

「どうかなさいましたか?」

 恩田が尋ねても、林田は機能を停止させたロボットのように破片を摘まんだまま動かなかった。

 恩田がいぶかしがって首を傾げたとき、突然大きな物音が二人の耳に飛び込んできた

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