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第八部

「先生、一言いいですか?」

「言いたいことは分かってるよ」

 と、林田はドアを閉めながら言った。

「それなら結構です。先生は尊敬していますが、オレも命を張って計画を遂行しているんです。あんまり出過ぎたことをされたら、いくらオレでも黙ってはいませんよ」

「分かったよ」

 林田が神妙な顔で言ったとき、誰かが近付いてきた。

 前原がとっさに猟銃を向けると、男は慌てて両手を上げた。

 男に引っ付いていた女がサッと男の背後に隠れた。

「おおい、撃つなよ、撃つな!」

 林田たちに近付いてきたのはカップルの二人組だった。

「なんだ、お前ら?」

 と、前原が睨みながら聞いた。

「小笠原直樹、T大学の学生。こっちは連れのめぐみ」

「カップルの客か。なんの用だ?」

「オレたちも解放させてほしいんだ」

「なぜ?」

「さっきの親子だよ。あいつら、そこにいる林田光雄のファンだったから解放したんだろ? だから、オレたちも解放される権利がある」

 と、小笠原が胸を張って言った。

 前原と林田は、互いに怪訝な顔を見合わせた。

 あきらかにこの男はなにか勘違いしている、と言った顔でだ。

「林田先生のファンなのか?」

 前原の問いに小笠原は何度も頷き、

「そりゃあもう、作品は何度読んだか覚えてないくらい読んだよ」

「へえ」

「処女作のヤクザ小説のほかにも、冒険小説や推理小説や恋愛小説なんかもジャンル問わずね。幅広いジャンルが揃ってるけど、中でも個人的に傑作なのがグロテスクな暴力描写満載のーー」

 と、小笠原は時々言葉を詰まらせながら言った。しかし、怖がっている様子には見えなかった。

「オレはファンかどうかと聞いたんだ。余計なことまで言わなくていい」

 と、ひたすら口を開く小笠原を前原は遮った。

「ファンだよ。熱狂的な」

「後ろの連れもか?」

 と、前原は小笠原の背後に隠れている女に顎をしゃくった。

「…めぐみ、ファンか?」

 小笠原が小声で聞くと、めぐみという女は笑いながら頷いた。

 ぎこちない笑みなのが誰の目から見ても明瞭だった。

 前原は二人の顔を交互に見てからフッと笑った。

 それを了承と解釈したのか、小笠原とめぐみは「それじゃ」と笑いながら店を出ようとした。

 その行く手を猟銃の銃身が制した。

「なにするんだよっ」

 小笠原が声を震わせた。

「さっき、林田先生の作品は覚えていないくらい何度も読んだと言っていたな?」

「言ったけど」

「ちょいと聞くが、五年前に林田先生が発表した唯一の怪奇小説のタイトルを言えるか?」

「は?」

「林田先生の作品はなにからなにまで読み尽くしたんだろう。それに、さっきの話を聞くにグロテスクな描写が好みらしいが、その怪奇小説は過去に類を見ない過激さで、ファンの間で大きな衝撃をもたらした。しかも、発表から二年後には映画化もされている。当然、熱狂的なファンなら知ってるだろう?」

「…ああ、あの作品ね。読んだけど、タイトルは忘れちゃったよ」

「映画も知らない?」

「映画は眠くなるから」

「林田先生の本名だがーー」

「コバヤシヨウヘイだろ? それは知ってるよ」

「さっき子どもが言ってたから当たり前だろうが。漢字は?」

 と、前原がイライラしながら言った。

「コバヤシは『小林』だろ? 下の名前は知らない」

 と、小笠原は素っ頓狂な顔で言った。

 問い詰められている小笠原が悠然としている一方、その様子を見ていた林田はハラハラしていた。あきらかに危機感を抱いていないこの青年が自分のファンを装っているのを、間違いなく前原は見抜いているだろう。…いや、前原だけでなく、離れて見ている人質たちも気付いているに違いない。

 その前原が小笠原の傍若無人な態度に腹を立て、引き金に指をかけそうな予感がして気が気でなかった。

 正直、林田にとっても小笠原の態度は不愉快極まりなかった。林田光雄のファンであれば助かる、というとんちんかんな誤解をし、ほかの人質たちを差し置いて自分たちだけ助かろうとするその身勝手な姿勢が、見るに忍びなかった。さらに、ファンでもないのに堂々と「熱狂的な」と付け加えたところも気に食わなかった。

 だが、堪忍袋の緒が切れた前原が猟銃の引き金を引いてしまうのだけは避けたかった。不快とはいえ、当然見殺しは出来ない。

「キミね、勘違いしているようだがなにも私のファンだからという理由であの親子は解放されたわけじゃないんだ。だから、それ以上自分の首を絞める真似はよしなさい」

 ポカンとした小笠原は、チラッと前原を見た。

 口をへの字にしながら眉間にしわを寄せている前原を見た途端、小笠原の額に汗が流れた。

 自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いた小笠原は、突然めぐみを突き飛ばすと、出入り口めがけて突っ込んだ。

 その顔面に前原の肘打ちがヒットし、小笠原は無様に倒れた。

 鼻を押さえる小笠原を前原は嘲笑しながら見下ろした。

「やっぱりウソを吐いてたな。なんとなくそんな気はしていたが、こうも堂々とホラを吹けるとは驚きだね。言っておくが、オレは知ったかぶりが一番大っ嫌いなんだ。ろくに知りもしないくせに、評論家気取りで講釈を垂れやがるやつは見てるだけで虫唾が走るし、白々しいにもほどがある」

「す、す、すみません。お願いだから、う、撃たないでくれよ」

 小笠原は倒れたまま震える両手を上げた。

 前原は哀れな学生の襟首を掴み無理やり立たせると、

「撃ちはしないさ。だが、これだけは言っておく。さっき、店員がオレのカバンにつまずいて転んだとき、お前と連れの女はバカにした目で笑ったろう? そういう性根が腐ったところもオレは嫌いだ。とっとと戻れ」

 と、ケツを蹴った。

 小笠原が慌てて戻ると、突き飛ばされためぐみもオロオロしながら戻った。

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