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第二部

「おたくも相当暇らしいな。性懲りもなく何度も何度も」

 と、林田が呆れた様子で電話の相手に言った。

 優雅にタバコを吹かしながらのんびり時代劇を観ている最中にかかってきたので、仕事のときよりも林田は腹立たしさを抱かなかったが、それでも不愉快であることに変わりはなかった。

「ようく聞け。おたくがやっているのは正体を知られないのをいいことに陰で言いたい放題言って、相手の尊厳を汚すネットの卑怯者がやっていることと変わりないんだぞ。なにが不満で執拗に私を困らせるんだ? 単なるイタズラなら電話を切るが、そうでないならハッキリとなにが目的か言ってみろ」

 どうせ反応などないだろう、と林田は思いつつもあえて相手を挑発する言葉を並べてみた。

〈…ゴホッ〉

「?」

〈…K町のカフェ『ロデオ』に来い〉

 突然、受話器から声が聞こえた。

「なんだって?」

〈午後二時にK町のゴホッ…カフェ『ロデオ』に来い。…ゴホンッ〉

 と、相手が咳込みながら言った。

(声がくぐもって聞こえる…。きっとハンカチで受話器の口を覆ってるな。それに、風邪をこじらせてるらしい)

 と、林田は推測した。受話器の口を布状のもので覆うことで声の正体を知られない手法だ。刑事ドラマでもよく使われている手で、林田も推理小説を書く上で取り入れたことがあった。

「K町のカフェ『ロデオ』に午後二時だな、いいだろう。もしも来なかったらーー」

 と、林田がしゃべっているにも関わらず相手はガチャッと一方的に切ってしまった。

 林田はムッとしたが、反応があっただけでもマシだった。

 林田は時刻を確認してから身支度をした。

 妻には適当に散歩をしてくる、と伝えた。

 屋敷からK町のカフェ「ロデオ」までは、徒歩で大体ニ十分ほどの距離だった。「ロデオ」というカフェに林田は一度も立ち寄ったことはなかったが、地元では美味しい軽食を取り扱っている店として有名だったので場所は知っていた。

 真夏前の六月下旬にしてはうだるような暑さでムンムンする外を、林田は額に流れる汗を拭いながら歩いた。商社勤務のときは営業の仕事でしょっちゅう出回っていたのでヘッチャラだったが、作家業に勤しんでからは缶詰め状態が日常化していたので、外気に漂う暑さに林田はめまいを起こしそうになった。その上、運動不足も加わるのでなお気怠かった。

「ロデオ」に到着したとき、時刻は午後二時を目前に控えていた。

 店内に入ると、クーラーの効いた涼しい空気が林田の全身を包んだ。

 林田は適当に空いていた席に座った。

(電話の男は、ただ『ロデオ』に来いと言った。目印を用意させなかったのは私の顔を知っているからだろう)

 と、林田は考えた。

 作家として有名になった頃から、林田はバラエティ番組にタレントとして呼ばれることがあったが、下品な話題で盛り上がるタレントたちが出演する番組への出演は、正直なところ願い下げだった。

 時の人となった人間を自分たちの番組になんとか出させようと躍起になる番組側の執着ぶりが気に食わなかったし、ゲストのプライドを笑いのネタにするタレントたちの駄弁りが聞くに堪えないものばかりだったからだ。実際、林田もバラエティ出演を果たしたとき、タレントたちから無神経な扱いを受け辟易した過去があった。

 そんなこんなでテレビ出演を果たした経歴があるから、電話の相手は間違いなく作家である自分の顔を知っているだろう、と林田は予想したのだ。

 しかし、不公平なことに林田は相手の顔を知らない。

(向こうから来るまで辛抱強く待つしかないな)

 林田はおとなしく待つことにした。

 店員が水を持ってきたとき、林田はコーヒーを頼んだ。

 コーヒーが運ばれたが、林田はすぐには手を付けなかった。腕を組んだまま、ひたすら電話の男が現れるのをじっと待った。

 五分、十分と経つが一向に誰も林田に近寄る気配はなかった。

 店内にはカップルらしい若い男女、親子と思われる男と中学生ぐらいの子、井戸端会議を展開させる主婦たち、蒸し暑い外から避難したと思われる老人たち、足元にカバンを置いた野球帽の男、背広姿の営業マンらしい金縁メガネのサラリーマンが、それぞれ自分の世界に浸りながら席に座っていた。

(この中に電話の男がいるのか?)

 と、林田は店内を見回した。

 自然と険しい表情になってしまったのか、カップルの男と目が合った途端、二人は林田を一瞥しながらヒソヒソ話を始めた。

 林田は空咳をすると、気持ちを落ち着かせようとコーヒーに手を伸ばした。

 飲もうとした瞬間、店内に激しい音が響いた。

 林田を含む客たちの目が、一斉に音のした方に向けられた。

 どうやら、野球帽を被った男が足元に置いていたカバンにつまずいた店員が盛大に転んで、持っていた料理を落としたようだ。

 客たちにペコペコ頭を下げる店員を、カップルの男が面白そうに笑いながら見ていた。

向かいに座っていた女も釣られて笑う。

 しかし、女の視線が野球帽の男が置いていたカバンに向けられた途端、その笑いが引っ込んだ。

「…銃よ!」

 やや間があってから女が叫んだ。

 釣られて振り返った主婦たちが、床下のカバンの口から顔を覗かせた猟銃の存在を確認し、同時に「キャッ」と悲鳴を上げた。

 途端に、野球帽を被った男は席を立つと、猟銃を手に持ち天井に向けて一発撃った。

 凄まじい音を響かせて銃弾が天井の照明一つを破壊した。

 たちまち店内がパニックに陥り、客たちがイスとテーブルを蹴散らしながら出入り口に向かって殺到した。

 林田もカップを落とすと急いで店から出ようとした。

 再び銃声がとどろいた。

「動くなっ、ここから出たら撃ち殺すぞ!」

 野球帽の男が叫んだ。

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