第十一部
「お前だったのか」
「…は?」
「私に何度も無言電話をかけていたのはお前だったのか、と聞いているんだ」
林田は困惑顔を浮かべる営業マンにじりじりと詰め寄った。
営業マンはわけが分からない、と言った顔で林田と携帯電話を交互に見た。
「すみません、一体なんのことなのか…」
「とぼけるな!」
目を吊り上げて怒鳴った林田に営業マンのみならず、籠城犯の前原と人質たちもドキッと身を震わせた。
「誤魔化そうたってムダだぞ。今日、無言電話の男がこのカフェに午後二時に来いと、私に指示してきた。そのとき、そいつは電話中に苦しそうに咳をしていたよ。丁度、今のお前みたいに」
「林田先生、どういうーー」
と、横槍を入れようとした前原を林田は手で制した。
「邪魔をしないでくれ。私とこの男の問題で、キミには関係ない」
「あんた、先生になにかやったのか?」
前原がギロッと営業マンを睨んだ。
「わ、わ、私はなにも…。この方がなんの話をしているのか、まったく見当が付きません」
と、営業マンは青い顔で手を振った。
「名刺はあるか?」
前原が聞いた。
営業マンは胸ポケットから名刺入れを取り出すと、慌てた様子で一枚抜き取りそれを前原に手渡した。
〈株式会社T産業 営業第一課係長 三沢俊一〉
「T産業と言えば一流の家電機器メーカーじゃないか。そんな大企業にお勤めのあんたが、なにをやって林田先生を怒らせたんだ?」
と、前原は名刺から三沢に目を戻した。
「ですから、私にはまったく心当たりがないのです」
「まだシラを切るのか?」
「一体、私があなたになにをしたというのです?」
わけの分からない言いがかりで揃いも揃って詰め寄られたストレスによるものか、三沢はさっきまでの気の弱い一面を引っ込ませ、半ば好戦的な態度で突っかかった。
「半年前から、私は迷惑な無言電話に散々悩まされてきた。著名人ともなるとこういった迷惑行為を受けるのは当たり前だと自分を諭してきたが、さすがに忍耐の限界を迎え始めていた。そして今日、私が相手を問い詰めると、そいつは午後二時にカフェ『ロデオ』に来い、と指示を出した」
「私はそんな電話なんてしていませんよ」
「そんなウソを信じるとでも思っているのか?」
「電話の主が私だという根拠を言ってください」
「さっきも言っただろう。相手は電話中に何度も咳込んでいた。今さっき、お前は会社の上司への電話で咳をしながら応対しただろう」
「私は電話応対をするとき、特に会社の上司とやり取りするときは緊張でつい咳込んでしまうんですよ」
「いい加減なでまかせを言うなっ。だったら、どうして営業で働いているんだ?」
林田はますますヒートアップしたが、三沢はあくまで冷静だった。
「私は元々、人見知りの激しい性格でした。当然、顧客との取引を任される営業は不向きだと自覚して、今の会社では元々総務課で働いていました。ところが、ある日経営方針を一新する目的で発生した人事異動で、私は総務課から敬遠していた営業課へ異動せざるを得なくなってしまいました。内示を受けた瞬間に退職も考えましたが、場慣れした会社をその程度の理由で辞めるのはあまりにもバカバカしい。それならいっそ、短所だった人見知りを営業課で克服してやろう、と思うようになったんです」
いつの間にか熱が入った三沢は、自分が経験した出来事を分かち合ってもらおうとするかのように、人質たちにも目をやりながら説明した。
「…とは言ったものの、中々難しいのが現実です。未だに、顧客との顔合わせや電話になるとナーバスになって、つい咳が出てしまうんです」
「長々と説明ご苦労。だが、結局あんたが林田先生に無言電話をかけた可能性が高いことには変わりないじゃないか」
と、猟銃を杖代わりにして聞いていた前原が言った。
「私は決して、そんな電話はしていません」
「いいや、絶対にお前だ。お前が無言電話の正体だ。小癪なことをやって人の心を乱れさせる卑怯者であり、陰口しか叩けない臆病者だ」
一貫して無言電話の男と断定する林田は、かたくなに否定する三沢に挑発的な言葉を矢継ぎ早に並べた。
そんな林田に三沢は嘲笑を浮かべた。
「それはあなたの方でしょう?」
「…なんだと?」
林田は顔を歪めた。
「あなたにはこの事態を打開する機会が充分あった。にも関わらず、一向にそれを実行しなかったのは何故ですか?」
「………」
「簡単です。意気地がないからですよ。猟銃で私たちを支配するそこの男を制するだけの力を持っていながら行動に出ないのは、要するに実行する意気地がない弱い人間だからです。そんなあなたに、卑怯者だの臆病者だのと言われる筋合いはありません」
林田の顔がカーッと赤くなった。
しかし、彼が掴みかかる前に動いたのは前原だった。
前原も林田と同じくらい顔を真っ赤にさせ、猟銃を三沢に向けながらズンズンと足音を立てて迫った。
「黙って聞いてりゃいい気になりやがって。林田先生を侮辱するやつはオレが許さん!」
バンッ、という乾いた発砲音がとどろいた。
ドサッと倒れる音がし、粉々に砕けた窓ガラスの破片が床に散らばった。




