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異界英雄物語  作者: mania
Chapter1 英雄
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C1-9 血の都


「手垢がついたってなんだよ。人間を何だと思ってるんだ」



 ——いや、全部壊すって何だ? さっきまで俺の居場所が正確にわかっていたはずなのに。どうして樽を壊すなんて面倒なことを考えたんだ?



 何か魔法とやらが使えない条件でもあったのだろうか。いずれにせよ、一旦は助かった。しかし、下手に動けない。二人組は芝居をしただけで、近くにいるかもしれない。


 出入り口は階段が一箇所のみで、待ち伏せされたら逃げられない。仮に外に出られても、野盗が囲っている。



 ——ここにいて助けを待とう。それが一番安全だ



 外では先ほどの女性たちも戦っているのだろう。彼女らとその仲間たちの助けがくるはず。武器も左手もない状態では、まともに戦えやしない。


 まして相手は魔法という超常現象の使い手。 下手に逃げても挑んでも無駄死にするのがオチだ。そう考え、日本人らしい安定行動をとる。



 ——本当に安全なのか?



 だが、もしも彼女たちが負けてしまったら? 不安は拭えない。やはり何か武器を探して逃げ出すべきだろうか。


 しばらくじっとしていると、足跡とともに誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。それも一つや二つではない。何人もの足音だ。



「ここには奴らはいないか? 争ったような後があるけど」


「ええ、いないわ。私は感知系の魔法だから分かるわ」



 ひそひそと何人かが話している。だが、地下の進には聞こえないので、じっと息を堪える。



「よ、よかった。水をくれ」



 安心できたのか、声は大きくなっていく。どうやら村の住民のようだ。それを理解した進は、階段から上がり、住民たちに声をかける。



「あ、あの大丈夫? 俺も逃げてきたんだ」


「!?  なんだあんた、その変な格好は」



 ポロシャツに黒いスラックス。そういえばそうだった。この世界だか国だかでは、この格好は異常なのだった。おまけに日本人の進と違って、村の住民たちの髪や目の色は黒以外の多様な色だ。怪しいと言えば怪しい。



「その人、テロリストの人たちに連れられてきたわ。訳ありみたいだけど、放置されてるってことは、奴らの仲間ではないわ」


「まぁ確かに。これだけ近寄っても魔力を感じないし、敵意はないのか。でも、全くのゼロってどういうことなんだ?」


「えっ、待ってくれ。魔力を感じるってどういうことなんだよ」



 周囲の人間が一斉に沈黙する。まるで交通信号のルールを理解していない大人を見るような目とでも言い表せばいいのだろうか。ある人はキョトンとして不可解に、ある人は怪しんでいる。



「何を言っているんだ? これだけ近づけば、どれだけ小さくても感じるだろ。あんたからは何も感じないけど、何かしているのか?」


「……」



 相変わらず意味を理解できないが、これ以上の追求は返って自分の立場を悪くするだけだろう。進は何も言えずにいた。 だが、この世界で魔法は普遍的なものであり、現時点で自分はそれを使用できないということは推測できる。



「おい、そんなこと話してる場合か! 奴らこっちに集まってるぞ」


「窓から見えたけど、あいつら周囲を囲いながらじっくり前進してきている。誰も逃がす気がないみたいだ」


「北の森の方の人数が多いな。あそこに逃げ込まれたら見つけるのが面倒だからか?」



 ——いや、奴らには場所が正確にわかる魔法がある。森だろうと関係ないはずだ。なぜ?



「どうする? 下手に逃げるよりも、人数が集中してる今戦うか?」


「いや、村で一番強いドラコが敵わなかったんだ。俺たちじゃ無理だ」


「そんな、ドラコは上級ウィザードのはず。俺たちが束になってもあいつには勝てないのに……」



 少しだけ沸いた希望も消え失せ、通夜のような暗い空気が流れる。誰もが固唾を飲む中、一人の紫色のベストを着た、大柄な男が口を開く。



「俺は魔法で火が出せる。ここは酒蔵だ。あいつらがこの建物の中に入ったときに火をつけよう。その混乱に乗じて逃げるんだ」


「なるほど……」



 ——確かに今考えられる策としては悪くないだろう。ただ逃げてもおそらく簡単に見つかる。ならば少しでも目眩しがあったほうがいい。


 ——だが、なぜ奴らは森の方角を重点的に人数を配置している? そして、なぜ噴水の裏の子供には気づかなかった?


 ——あんなにわかりやすかったのに、気づこうともしなかった。なぜ、俺が酒樽の裏に隠れたときに探すのを諦めたんだ? 距離はそんなに離れていなかったのに。



「水だ」



  ——全ての共通点は水だ。噴水も酒樽も水。植物もほとんど水で構成されている。人間も同じだ。相手は物体の水分を障害物を貫通して見えているんだ。


 ——だけど、それは大して精密なものではない。だから、他の水分に重なっているときに見つけられなかったんだ。



  進の予想は的中していた。小柄な男の魔法の名前は血の都(アトランティス)。物体の水分をサーモグラフィのように可視化できる。もちろん大気中にも僅かに水分はあるが、微量なら人間と重なっても問題ない。


 まして、このミルグという国は日本と違って湿度が少なくカラッとしている。だが、植物や噴水のような多量の水分と重なると、ほぼ区別がつかなくなる。



「待ってくれ、相手は水分が見えるんだ! 火をつけても大して意味はない!」


「水分?」


「あいつら、俺が酒樽の裏に隠れた瞬間見失ったんだ。噴水の裏に隠れていた子供にも気づかなかった。人みたいに水分が多いものの場所がわかるけど、重なったら見つけられないんだよ」


「確かに。さっき小柄な男が、藁の中に隠れた人を一瞬で見つけて殺したの。あんなの居場所がわからないと無理よ」


「おい、よそ者の言うことを信じるのか!? さっきもよそ者のフリをした連中に村長が殺されたんだぞ!」



  大柄の紫色の服を着た男が強い口調で警告を発する。確かにそうだ。進が敵の仲間でないという確かな証拠はない。だが、ここで言い合ってても意味がない。 死神は刻一刻と迫ってくる。



「わかったよ、時間はない。俺は自分の作戦で逃げる」


「待って、話だけでも聞かせて」

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