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異界英雄物語  作者: mania
Chapter4 それは呪いか祝福か
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C4-7 テロリスト生活のはじまり

「よく俺があそこに囚われてるって分かったな」



 進たちは本拠地エディティア国の首都サネスにある、洞窟住居にいた。白い岩肌の荒々しさを残した場所で僅かに灯された蝋燭の火が揺らめき、薄暗い光が広がっていた。その中で、彼は仲間たち四人と密かに話を続けていた。



「偵察の鳥たちが巡回していたからね。そこであんたが狂ったように同じ曲を吹いているのを聞き取ったらしい」


「鳥か……」



 進は呟くと、少しだけ眉をひそめた。この国が獣の多い土地だとは聞いていたが、鳥が密偵として使われるという発想は彼にとって未知のものだった。


 数多の動物が国家の秘密を運ぶ密偵として活動しているらしい。それが事実なら、この国では逃げ隠れることなど不可能かもしれない。



「入国審査のときも感じたけど、どうして動物があんなに賢いんだ? 統率も取れてるし」


「魔獣たちのおかげだよ。彼らの中は人語を理解できるほど賢い個体もいて、自分の同族に指示を出せる」


「魔獣……」



 進がロクスとケシアと暮らしていたときにも、三つ首の魔獣の世話になっていた。その魔獣も、並の獣とは一線を画す知性を感じられた。



「あれから一週間が経過したけど、アルジェの率いる一団は音信不通らしい。密偵からの報告さ」



 金髪の美女メリアが、まるで時報をアナウンスするかのように淡々と告げた。進は彼女とは対照的に、疑問と不安の表情を浮かべる。



「一団? 俺が刺したのはアルジェ一人だったはずだぞ」


「奴らの群れごと消えたんだってさ。別の魔法使いに襲われたかあるいは……」


「内輪揉めってとこかしらね。トップが弱った組織ではよくある話よ」



 メリアの言葉に、不意に赤髪の少女フォランが割り込む。彼女はまるで自身の記憶の中から何かを掘り当てたかのように流暢に話した。



「アルジェのやつは死んだのか?」


「まだわからないけど、おそらく無事ではないでしょうね」



 進は心の中で再び決意を固めた。もしアルジェが生きているとしたら、今度こそ確実にトドメを刺さねばならないと。しかしその憎しみとは裏腹に、胸の奥にはかすかな躊躇が残っていた。


 何故なら、彼女は進や部下にとっては優しい人でもあったから。憎むべき相手であることには変わりないが、一部同情を禁じ得ない部分もあった。



「とんでもない偉業だよ。私たちだけじゃ一生できなかったかもしれない。帝国最高峰の魔法使い、七星の一角を倒すなんて」



 メリアの声には感謝の色があった。彼女のみでなく、その場にいた全員が敬意をもって進を見つめていた。しかし、その称賛が進の心に響くことはなかった。



「偉業、ね……」



 罪のない人間を虐殺され、愛する人たちを守れなかった。信じたくないほど多くの犠牲を払ったのに、果たして偉業と呼べるのか。進はその栄誉を享受する資格など、自分には無いと感じていた。



「ここで抜けてもいいのよ。これだけの成果なら、一生暮らせるだけの報酬はもらえるわ。これ以上、私たちに付き合う必要なんてない」



 かけられたフォランの声には優しさがあり、同時に後悔の影も潜んでいた。まるで進を解放することで、贖罪とするかのように。だが、その優しさが逆に進の胸を締めつける。



「今逃げたら、俺のせいで死んだ人たちにどの面下げて会うんだよ」



 進の声に込められた憎しみ、後悔、そして深い懺悔。それがすべて一度に押し寄せ、彼の言葉は吹雪のように場を凍えさせた。



「本当に進のせい? 悪いの、殺した人たちじゃ?」



 静まり返った中で、フレナがぽつりと声を上げた。彼女は無垢な瞳で進を見つめていた。彼女は進が異世界に転移して間もない頃、傷ついた彼を治療した少女。その恩人ともいえる存在の彼女が、迷いのない瞳で問いかけてくる。



「……」



 進は彼女の顔を見つめ返し、言葉を失ってしまった。彼女の幼なげで、丸っこい輪郭の顔。フレナには犠牲となった最愛の二人、ロクスとケシアの面影があったから。



「俺のせいだよ」


「進、あまり自分を責めすぎるなよ」



 さらに進へ励ましの言葉をかけたのは隣にいた青年ラハムだった。彼もまた、幼い少年だったときに大勢の友人知人を救えなかった過去を持つ。自分を守って死んでしまった人もいた。しかし、ラハムの励ましは進の心には届いていなかった。



「俺のせいなんだよ!」



 進ははっきりと強い声で否定した。ラハムも含め周囲は何も言えなくなった。半端なフォローはかえって彼を追い詰めるだけだと気づいたから。



「俺がいなければ、あの人たちは死ななかった!」



 声が切り裂くように響き渡る。その言葉の端々には、深い自己嫌悪と悔恨が滲んでいた。罪悪感に囚われた彼の心は、逃げ場のない暗闇に閉じ込められているかのようだった。



「……そうなんだ」



 フレナは視線を落とし、静かに呟く。その顔にはどこか納得のいかない表情が浮かんでいた。それでも、進の意思を尊重するように、これ以上追及することはしなかった。


 その場にいる誰も、進が経験した地獄を無理に聞き出そうとはしなかった。まるで、進の周りに漂う黒い霧が、他者を寄せ付けない障壁のように感じられたからだ。



「悪党どもがいつどこから襲ってくるかなんて、予測できないだろ。どのみち奴らは全滅させなきゃいけないんだよ」


「そうだね、進。今日からあんたは私たちテロリストの一員だ。一人でも多くの悪人を消して、少しずつ肩の荷を下ろしていこう」



 メリアは話が行き着くべきところまで行き着いたと、軽やかな調子で話し出す。まるで何事もなかったかのように流暢に。だが彼女はとてつもなく淡白なわけでも、冷徹なわけでもなかった。


 この世界のあるがままを進と同じように理解していたから、もう何も驚くことはなかった。そして彼女は、机に持っていた地図を広げた。それは羊皮紙でできた、時の流れを感じさせる古い地図だった。



「じゃあ、改めて私たちが置かれている状況を説明しようか」

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