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異界英雄物語  作者: mania
Chapter4 それは呪いか祝福か
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C4-3 クイスの日記 Part4

 

 それから数ヶ月が経ち、僕はいつもと同じ部屋で過ごしていました。部屋といっても、相変わらず牢屋を少し装飾しただけのものですが。



「はあ……はあ……」


「おい、大丈夫かよ」



 ここ最近、僕は体調を崩していました。熱やだるさが止まりませんでした。言葉にできない辛さが、陰のように纏わりついて離れないのです。



「最近体が重いんだ。寝ても覚めても体のあちこちが重たいよ」


「やばいな……先生に相談しよう」



 イーズは駆け足で額に汗をかきながら、フリーダ先生を呼びに行ってくれました。彼が石でできた廊下を走る音は、やけに虚しく響き渡った気がしました。



「一体なにがあったの?」



 駆けつけてきてくれた先生は僕の上着を静かに脱がせ、慎重に症状を確認していました。僕は汗が止まることなく流れ落ちて、意識がふわふわと漂っていました。現実と夢の境界が曖昧になるかのように。



「これは酷いわね……クイスは医務室に移しましょう」



 ——————


 

 そして医務室に運ばれてから半月後。症状はあまり改善しませんでした。なので、僕は日記を書き始めました。過去の日々の記憶も思い出せる限り書き出しました。


 自分の未来に一抹の不安を感じたから、何かを残したかったのだと思います。体の弱った僕は日記を書くだけじゃなく、多くの本を読みました。


 孤児院にある本は乱暴に破られ、汚れたものが多かったです。ですが、それらのおかげで色々な言葉を知ることができました。



「お前、最近本の虫になっちまったな」



 お見舞いに来てくれたイーズが、僕のベッドの隣に積んである本を見ながら言いました。ちなみにイーズは読書や勉強が嫌いでした。元々頭は良い方だと思いましたが。



「だって……立って遊ぶほどの体力がないんだもん」


「そっか……」


「そんなに暗い顔しないでよ。そうだ、これ読んでみて」



 僕は一番のお気に入りの本をイーズに手渡しました。それは異界英雄物語という本です。これは異世界から来た幼い子供がこの世界を救うお話です。


 主人公の男の子は僕と同じくらいの年齢でこの世界に訪れました。とても勇敢で優しい、憧れの人です。



「イーズにオススメするよ。この異界英雄物語」


「嫌だよ、読書なんて」


「面白いのに」



 残念ながら後半の方のページが破かれていて、終盤の内容はわかりません。それでも僕にとっては最高の物語です。


 この本は、帝国ミルグが建国されるまでの実話を基にしているとのこと。嘘か本当か分かりませんが、叶うなら主人公のモデルになった人に会ってみたいと思いました。



「そのうち治るって。また鬼ごっこしようぜ」


「うん」



 クイスの誘いに対して、僕は力強く頷くことができませんでした。治るという証拠が、どこにも見当たらなかったから。でもその言葉は僕にとって、干からびた土に降る雨のように希望を与えてくれました。



「はい、クイス。新しい服を編んだわ」


「ありがとう、先生」



 重ねてフリーダ先生はよく僕を看病してくれ、それも救いになりました。先生は編み物が職人のように上手でした。


 先生が編んでくれた服は、いつも先生のいい香りがします。優雅で甘い香り。それに包まれると、とってもいい気分になれました。



「クイス。お薬の時間よ。お外の先生からもらってきたわ」



 医務室に運ばれたその日から、僕は毎日、先生から薬をもらいました。それはまるでシロップのような甘い飲み物で、口に含むとほんのりとした甘さが広がり、病気のことを忘れさせてくれるような味でした。


 同じ部屋に他に何人か病気の子供たちがいて、先生は一人ひとりを丁寧に看病していました。僕は先生を独り占めができない寂しさを感じながらも、病と向き合う仲間たちがいることを知り、心強いと感じました。


 皆それぞれがさまざまな症状を抱えていました。その光景を見て、僕は病気の種類の多さに驚かされました。こんなに違うものなのかな、と違和感も感じましたが。



 ——————

 


 それから数週間が経ち、僕の病気は確実に悪化の道をたどっていきました。病状は日に日に悪くなり、誰かのお見舞いや、先生からもらう甘いシロップの味はもはや何の慰めにもならなくなりました。


 どこかで聞こえる先生や他の子供たちの笑い声が、次第に遠ざかっていくような気がしました。



「クイス、あなたは重症ね。お外の病院にいかないと治らない」


「そんな……」


「もうここには帰ってこられない。あなたが卒業する時がきたの」



 フリーダ先生の突然の宣言に、僕は頭が真っ白になりました。そして、これ以上日記を書くことができなくなりました。

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