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異界英雄物語  作者: mania
Chapter4 それは呪いか祝福か
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C4-2 クイスの日記 Part3

 

 それから一週間後、僕たちはいつものように先生と一緒におままごとをしたり、絵本を読んで遊んでいました。そんなときに、一人の女の子が先生に話しかけました。



「先生、卒業したら私たちはどうなってしまうの?」



 それは可愛らしいブラウンの肩掛けをまとう、ヴィディでした。金色のおかっぱ頭の彼女は、イーズの意中の相手です。ヴィディは彼女は髪を揺らしながら、ある日フリーダ先生にそんな質問を投げかけました。



「どうして他の人たちは顔を見せにきてくれないの? 一体どうなっちゃったの?」


「皆新しい生活をしているわ。安心して。手紙も見ているでしょう?」


「じゃあどうしてここに戻って来ないの? それに、同じ人からの手紙がいつも途絶えるのはどうして?」



 その言葉に、先生は一瞬表情を曇らせましたが、すぐに小さく「ふぅ」と息を吐きました。そして先生は落ち着いた声で、ゆっくりと語り始めました。ヴィディの瞳をじっと見つめながら、慎重に言葉を選んで。



「連絡がなくなるのは理由があるわ。次の場所で忙しく、楽しく暮らしているからよ。新しい家族や恋人ができたら、そちらに構わないといけないでしょ?」


「そんな……もう私たちはどうでもいいってこと?」


「違うわ、ただ忙しいだけなの。それに、どこかでまた会えるって確信しているの。だからもう、手紙を送る必要もないのよ」



 フリーダ先生は微笑みながら言いました。先生の顔には、まるで何も心配することはないとでも断言するような、すっきりとした表情が浮かんでいました。


 だけどヴィディは納得できていないようでした。彼女の目にはまだ疑問が残っていました。



「私たちは卒業したら、どこへ送られるの?」



 ヴィディの不安に満ちた表情。先生はゆっくりと彼女のところへ歩いて行きました。



「ここではね、色んな人たちにお金や食べ物をいただいてるから皆生きていけるの。その代わりに、もらった分はいつか働いて返さないといけないわ」


「働くってどんなことをさせられるの? ここに戻ってこられるの?」


「仕事の内容は働く場所によるから分からない。でも大丈夫、望むならいつかきっと戻ってられるわよ。すぐには無理かもしれないけれど」


「本当に?」


「ええ。あなたたちは読み書きも会話もできるから、どこででもやっていけるわ。普通に生きていくだけよ」



 フリーダ先生はヴィディの頭に手を伸ばし、綺麗な赤いマニキュアが塗られた五本指で優しく撫でました。その仕草はまるでペットの毛を整えているかのように、ゆっくりとしたものでした。



「いやだ。知らない人たちのところで働きたくなんかない!」



 ヴィディは我慢できずに涙目で叫び出しました。



「わたし、もうここを出ていきたい。卒業なんて関係ない」



 それを聞いたフリーダ先生は困ったような顔を浮かべました。その表情も素敵で、僕は夢中になって先生を見つめていました。我ながら恋は盲目だと思います。



「ヴィディ、外は危険で一人で行ってはいけないの」



 僕は真剣な表情で頷きました。なんたって外で両親を殺され、空腹のまま彷徨っていたのですから。先生の言うことは、誰よりも真実だと分かっていました。



「だから、先生はみんなが外に出れないように見張っているのよ」


「でも、どうしても行きたいの」


「だったら、もう止めないわ」



 その言葉を放った後、先生は自身の親指の爪を噛み締めました。そして優しい先生の顔から人形のように生気が無くなっていきました。先生のこんな表情を見るのは初めてでした。



「私はここを離れられないから、ヴィディについていってあげられない。それでもいいなら、出て行ってもいいのよ」


「……」



 引き止められなくなった途端、ヴィディは黙ってしまいました。当然です。僕らのようなか弱くて小さな子供が外で生きていける保証なんて、何もないのです。ヴィディの不安が募っていく気持ちが、嫌というほど分かりました。



「ヴィディ、先生の言っていることは本当だよ。外は狂気っていう病気のせいであちこちに恐ろしい人たちがいるんだ。僕の両親も殺されちゃったんだ」



 僕が放ったその言葉で、ヴィディの顔がさらに曇り、彼女の瞳から光が失われました。



「そんな……」



 彼女の震える声を聞きながら、僕はさらに言葉を重ねました。



「もし外に行くなら、強い魔法を使えないと生きていけない」



 ヴィディに今まで自分が見てきたこと、経験したことを話しました。彼女や仲間たちに、苦しみを味わせたくなかったから。



「……分かった、ここにいる」


「ええ、それが一番よ」



 先生は僕の方へとゆっくり歩いてきました。僕はその視線に引き込まれ、鼓動が一層高まるのを感じました。



「ありがとう、クイス。あなたは本当にいい子ね。いつも私の味方になってくれる」


「えへへ……」



 先生は優しく僕を胸に抱き寄せ、頭を撫でてくれました。それはとても幸せな時間でした。いつまでも続けばいいと願うほどに。


 ふと気づくことがあります。先生の体に触れるたび、他の人とは違うような感触があるのです。先生の体は、他の人よりもずっと硬いんじゃないかって。

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