C3-27 始まるエピローグ
パァン!!
「きゃあっ!?」
発射した銃弾はまるで、金剛石に当たったかのように弾かれた。どうやらアルジェほどの強さになると、並の魔道具の攻撃ではほとんど外傷を負わないようだ。
「一体何を!?」
「決まってるだろ、復讐だよ」
「!! まさか、知っていたの!?」
「ああ、この銃には殺害現場にしかない物が付着していたからな」
「なんですって!?」
「安心しろ、お前が気づけるもんじゃなかったよ」
進は魔銃を地面に投げ捨て、代わりにフォランから託されたナイフを取り出す。真紅の持ち手が、暗闇の中でもやけに印象的に映えていた。
「無駄よ! そんな刃物じゃかすり傷すら付けられないわ」
「いいんだよ別に。これが駄目ならそこの湖に沈めるなりするよ。魔法使いも無敵じゃないんだろ?」
そう言いながらも、進は何の戸惑いもなく足を進めた。それはまるで、決して止められはしない死神の行進のような重苦しさを醸し出していた。
「!?」
彼女は確信する。進が自信を持って握り締めるナイフには、何か仕掛けがあるのだと。
「もしも私が死んだら、あなた一人でどうやって逃げるつもり!? 捕まるわよ!?」
「魔力がない俺をどうやって見つけて捕まえるんだ? 教えてくれよ」
「うっ……」
進のその指摘は的を得ていた。事実、歌姫があの海岸で進を見つけられたのは、偶然の賜物だったのだから。
「あなたも私を捨てるの?」
「ふざけるなよ、拒絶されて当然だろうが。一般人を散々殺めた挙句、俺から家族同然の人たちを奪っておいて被害者面するな」
「!? 家族……」
「それさえなければ、一緒にいてもいいと思えたんだ」
進の顔は、怒りを通り越して無表情になった。心の奥底で何かが崩れ落ち、ただ静かに終わりを迎えるしかなくなったのだ。
「私の歌に感動してくれたんじゃなかったの? 会えてよかったって言ってくれたじゃない」
「……確かにお前の歌は百点満点中、千点くらいの価値はあった」
涙を流すアルジェを嘲笑うかのように、進の目が暗闇の中で鋭く光った。まるで獣が獲物を狙うかの如く、その眼差しには冷淡な輝きが宿っていた。
「けれど罪のない人を虐殺することは、負の無限なんだよ。取り返しがつくと思うな」
口から言葉が勝手に溢れ出す。それはきっと、今まで殺された者たちの怨念が、進に宿っているからなのだろう。
「もう二度としないから! 許して!」
急に強い風が吹く。ザァァっと揺れる草は、まるで彼女の叫びに反応するかのようだ。風により何枚もの木の葉が近くの湖に落ち、終わらない波紋を作り出す。まるで今の混乱した状況を表すかのごとく。
「あなたのために魔道具でも何でも集めるわ。地位も権力もあるのよ? 遊女だって好きに呼んでいい。だからーー」
「最後に出す音はそれでいいのか? 二度と歌えなくなるんだぞ」
ゾクりと仰け反るアルジェ。生まれて初めて味わう、逃れられない巨大な恐怖にひたすら怯える。実際、目の前の青年は彼女の天敵なのだから。
「どうして!? 私といればあなたは英雄になれるのよ!?」
「そうかもな」
進は平然と何の感情もない空虚な言葉を返した。確かに彼女といれば、何もかもが手に入るだろう。消されていった者たちを無かったことにすれば。力も、色も、権力も、財も、全てが。
人の心以外は。
「あなたは選ばれた人間なのよ!! 才ある人間のために凡人が犠牲になるのが世の常でしょ!!」
「……」
アルジェの言ったことは真実だ。進は恵まれた国に生まれ、不自由のない暮らしをしてきた。だがその生活のために多くの他国、他人の幸せを奪い取ってきたことを進は知っている。
異世界に来てからも天性のステルス能力でいくつかの恩恵を受け、利用し、結果として他人の未来を奪ってきた。ゆえに、彼女と進は実際のところ、大きな相違点はなかったのかもしれない。今このときまでは。
「あなたも私も、彼らの上に立って幸せになるべきなのよ!! そこに多少の犠牲があったとしても」
「そうだな、世界は一部の人間が幸せになるようにできている。それを否定はしないさ」
「だったら……」
「それでも俺は、こう生きる」
振りかぶったナイフがアルジェに接する瞬間、進は持ち手の底のスイッチを押す。すると信じられないくらいあっさりと、刃が最上位魔法使いの喉を貫いた。
「!? あああぁぁぁ!!」
寸秒で彼女の喉から声ではなく、代わりに綺麗な血液だけが湧き出てくる。彼女が自身の未来を断たれた瞬間だった。
「お前みたいな悪魔と、それを統べる帝王を地獄に叩き落とす。俺がここに来た理由が、きっとそれなんだ」
そして今から進は歩み始めることになる。テロリストしての人生を。荊の中で踠き苦しむ英雄としての道を。 罪なき誰かを犠牲にし、愉悦を味わうことを決して許さぬ道を。
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