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異界英雄物語  作者: mania
Chapter3 それでも俺は
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C3-26 二人きりの時間

 

 進はそれから、狂ったようにフォランから教えてもらった曲を騒々しく奏で続けた。そして三日後の夕暮れ時。進がいつものようにユーフォニアムを吹くために人気のない場所へ移動すると、奇妙なものを発見する。



「なんだこれ……犬の足跡?」


 わざとらしく付けられた、大型犬の足跡。それは、誰もいない森の茂みへと続いていた。



 ーー!! まさか!?



 進は周囲に自分の見張りがいないことを確認する。進はアルジェ意外には疎まれていたので、見張りは仕事をサボっていた。出て行くなら好きにすればいいと、誰もが彼に無関心だった。


 進は犬の足跡を辿っていく。そしてしばらく歩いたその先、青々とした場所で、木に刺さっている矢文を見つける。 進の念仏のように繰り返した演奏が功を成した。その響きは偶然仲間の耳に届き、返事が返ってきた。


 ただ、音だけを頼りに近づいても敵に鉢合わせするかもしれないので、臭いで敵味方の位置が正確に分かる獣の力を借りたらしい。



「あの衣服を端を食いちぎる行為は、そういう意味があったのか……」



 一度着用しているものを噛み千切られると、匂いは永久に残る。それによって、対象の追跡が可能となる。あの犬の行為は住民を管理、監視するためのものだった。



「!? これは……」



 矢文を開くとそこには、ベッドで眠りにつく進らしき人物の絵が二つ並んで描かれていた。そして最後には、夜の湖にて仲間たちと進が合流しているような絵が描かれていた。


 一応端に文字も描かれているが、進はこの世界の文字が読めない。



「これは……明後日の夜、湖のほとりで待ち合わせるってことか?」



 異界において識字ができないであろう進のために、仲間たちが考えたのは絵で伝えるということ。そういえばキャンプ地で誰かが、そう遠くないところに湖を見つけたと話していたのを進は思い出す。



「最初からこの方法に行き着いていれば、二人を死なせずに済んだかもしれないのに……くそっ!」



 ひたすら愚かな自分を呪い続ける。全ての復讐が終わった後に、償いのために自殺しよう。そんな決意を再度固める進だった。



 ーーとはいえこれで脱出できる……けれど。


 ーーここを去る前に、どうしてもやらなければならないことがある。



 おめおめと立ち去るわけにはいかない。敵の親玉がまだこの地で息をしているのだから。進は証拠を隠滅するため、丸めた手紙を飲み込む。


 内側から湧き上がる憎悪の炎が彼の心を燃やし尽くすようだった。そしてキャンプ地へと戻り、宿敵の寝床である天幕を訪れる。



「アルジェ、今いいかい?」


「あら、どうしたの進? 演奏は上達した?」


「うん、おかげさまで」


「えへへ、どういたしまして」



 照れ笑いする彼女はどこにでもいる、ただの恋する少女のように見える。だが恨みつらみを抱えた進の瞳には、無垢な彼女の笑顔でさえ悪魔の含み笑いのようにしか映らなかった。



「明後日の晩に二人で出かけよう。近くに綺麗な湖を見つけたんだ」



 それは、終焉への誘いだった。



 ——————

 


 明後日。ついにその時間は来てしまった。



「アルジェ様、やはり私も一緒に行きます! せめて離れた場所に私を置いてください」


「ついてこないで」


「あの男は二度も逃げ出したのですよ! こちらによい感情は抱いていないはず!」


「ついてこないで。三度目は言わないわよ」



 その日の晩、警戒したオルチノはアルジェの護衛につこうと提案するが、アルジェは渋面とともに、その進言を完全に否定した。



「……分かりました」



 自分と進の間に割って入るものは必要ないと断言する。そしてアルジェは身支度を整えて歩き出した。彼女は疑っていなかった。愛する男が自分のものになるということを。


 そしてこれからずっと、幸せな時間が待っているのだと。



「お待たせ。行きましょう、進」



 歌姫は薄化粧を整え、進と合流する。それはまさにこれからデートに出かける、うら若く佳麗な淑女の姿だった。



「ああ、行こうか」



 進は彼女の手をそっと取り、ゆっくりと歩き出した。二人の足音だけが静かな夜に響き、彼らは閉幕の場所へと向かって進んでいく。



「ふふ。誰かと手を繋いで歩くなんて、何年ぶりかしら」


「……」



 楽しげな笑みを浮かべるアルジェとは対照的に、進の表情は錆びついたかのようにぎこちないものだった。


 二人は言葉を交わすことなく、静かに歩みを進めた。夜の空気は冷たく澄み渡り、月明かりが彼らの足元をぼんやりと照らす。そしてやがて、小さな湖のほとりにたどり着く。



 ワオオォン!


「あら……犬か狼の遠吠えがするわね。結構近いわ」



 ーーあそこが回収場所か!



 鳴き声が聞こえたのは、全力で走れば大した時間もかけずに辿り着けそうな場所だった。目的を果たして逃げるには、ちょうどいい遠さだと感じる。



「放っておけばいいさ」


「うん。そうね。いざとなればこれもあるし」



 そう言いながらアルジェは魔銃を取り出す。幾多の罪なき命を奪った凶器を。



「……」



 進は束の間、眉間に皺を寄せて何も言えずにいた。湖面は静かに月明かりを受け、その柔らかな光を反射して銀色の輝きを放っている。


 周囲の風景はまさに風光明媚で、息を呑むほどの美しさが広がっていた。まるで幻想の世界に入ったかのように。



「座ろうか」


「ええ」



 アルジェは静かに進の隣に腰を下ろす。彼女の唇は、薄く塗られた口紅によって赤く艶めき、光沢ある柔らかな光を放っていた。



「嬉しいわ、二人きりでお出かけに誘ってくれるなんて」


「それは、俺がそうしたかっただけだよ」


「……私は幸せ者ね」



 アルジェはそっと進の肩に頭を寄せる。進はその重みと体温を感じ、自然と肩を少し傾けた。外から見れば、恋人同士の心温まる一場面のようにしか見えないのだろう。



「さっきの銃、ちょっと見せてくれないか?」


「? ええ、いいけど」


「うん、やっぱり格好いいな」


「あらそう? うふふ、進も男の子ね」



 手渡された銃をあらゆる角度に動かし、鑑賞する進。子供のような無邪気な表情とは裏腹に、その瞳の色は晦冥に沈んでいた。



「私には、夢があるの」


「夢?」


「いつかね、家族で合唱をするの。夫と子供と一緒に」


「それは、素敵な夢だね」



 朗らかな表情を浮かべる彼女の髪は絹糸のように美しく、風に揺れるたびにほのかに甘い香りが漂ってくる。それはまるで色とりどりの果物を集めたかのような甘い香りだった。



「でも、お前にそんな夢を見る資格はないよ」



 その言葉を発すると同時に進は立ち上がり、アルジェの頭部に向かって魔銃の引き金を引く。銃声が、静寂を切り裂いた。

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