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異界英雄物語  作者: mania
Chapter3 それでも俺は
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C3-25 憎しみを響かせて


「アルジェ、入ってもいいかい?」


「その声は進? どうぞ」



 翌朝、太陽が地平線から顔を出した直後、進は何事もなかったかのようにアルジェのテントに訪れた。周囲には朝霧が漂い、どこかヒンヤリとした空気が感じられる。



「やあ、アルジェ」


「おはよう……気分はもう大丈夫なの?」



 互いに挨拶を交わし、進は穏やかな微笑みを浮かべた。しかし、その笑顔には、作られたかのような微妙な違和感があった。アルジェは疑問を覚えながらも彼を見つめる。



「いつまでも、落ち込んでられないよ」


「そう……前向きなのは素敵よ」


「復讐を果たさないといけないからな」



 それは今にも消えそうな、細くて小さな重苦しさを感じる声だった。



「ん? 何か言った?」


「いいや、別に」



 ーーこいつに取り入って、帝国の中枢に入る。そして、何とか権力者たちを根こそぎ駆逐する。


 ーーそして最後にアルジェも倒す。それが、俺の贖罪なんだ。



「ん? 何をやってるんだ?」


「ああ、これは王様から課せられた日課よ」



 アルジェは金色の聖杯のようなものを両手で覆い、大きな青白い光を発していた。そこから、奇妙なコオォという音と鳴り響かせながら。



「日課?」


「この聖杯を通じて膨大な魔力が吸い取られ、毎日ある場所に送られているらしいの」


「ある場所?」


「王様直属の研究機関ね。私たちですら入ることを禁じられているの。入れば権利は全て剥奪して、身の安全も保証しないと直接言われているわ」


「そこまでか!? 一体その場所では何をしているんだ?」


「確実なのはエネルギー源を作っていることね。この前に実験でいくつか灯りをつけたりしていたから」


「エネルギー源……電気のようなものか」


「電気? それって雷魔法のこと?」


「雷魔法かは分からないけれど、こっちの世界では電力で灯りをつけてたんだ」


「へえ、そんなことができるのね。知らなかったわ」



 一体帝王は何を作って、何を目指しているのだろうか。それはきっと、本人とごく一部の人間しか知らない禁秘なのだろう。



「ねえ、進」



 アルジェはたおやかな指の動きで進の袖を引っ張る。進はその感触に振り返り、アルジェの澄んだ瞳と出会った。そして彼女は、ガラス細工のような綺麗な声で耳打ちする。



「私は数秒だけ誰の魔法も魔力も無力化して、動けなくする奥の手を持ってるの」


「!! そんなことができるのか?」


「ええ。範囲の調整ができないから、味方を巻き込んでしまう。でもこれも、相手の魔力を元に起動するから、あなたなら全く影響がない」


「ということは……」


「そう。あなたが強力な武器を持ちさえすれば、王様すら倒せるかもしれない。なれるのよ、進は全ての頂点に立つ英雄に、特別な存在に」


「!!」


「王様はいい人だから、気は引けるけれどね」



 ーーこれだ。この女を利用すれば、帝王すらも暗殺できるかもしれない。



 進の心の中で邪悪な笑みが浮かぶ。アルジェを利用して悪魔たちを葬ったあと、この女もあの世に送るのだと。彼の中で、報復の計画が形を成してきたから。



「すごいよアルジェ! 君と出会えたのは幸運だった」


「うふふ。私もあなたと出会えて良かったと心の底から思うわ」



 恋人のように、互いに見つめ合う進とアルジェ。残念ながら想いは全く通じ合っていないが。


 その後、進はこれまでの逃走劇が何もなかったかのように振る舞い、一日を⁨過ごした。 いつものように、見知った顔と挨拶を交わしながら日常の一コマを演じ続ける。



「どの面下げて帰ってきたのよ、王子様」


「いや、申し訳ない!」


「いーじゃないの、こうやって戻ってきてくれたんだし。でも、次はないと思ったほうがいいかもね」


「はは……肝に銘じるよ」


「本当なら、今頃拘禁されててもおかしくないわよ。アル姉に感謝しなさい」


「そんなことしなくても、もう逃げやしないだろ? 外は地獄だって分かったろうし」


「……そうだね」



 その日はティリスやレザーなど見知った相手に冷たい言葉を受けたり、訝しがるような眼光を向けられたりもしたが、彼は全く気にしなかった。



 ーーどうせ、こいつらは全員終わらせてやるんだ。面従腹背しておけばいい。



 吹っ切れた進にとって、何の怯えも恐れもなかった。憎しみが全てを塗りつぶしていくのだから。

 


 ——————

 


 そしてその日の晩、皆が寝静まった真夜中にふと進の目が醒める。



 ーー水でも飲みすぎたかな。手洗いに行きたい。



 ここ数日、ほとんど飲食をしていなかった進は、その日に今までの分を取り戻すかのように飲んでは食べてを繰り返した。それが影響し、夜中に厠に行きたくなる。



 ーーなんだあれ? まだ誰か起きてるのか?



 歩いている途中、一つのテントに薄暗い灯りが灯っているのを見つけた。誰かが話しているような気配がする。



 ーーこんな時間に何を話しているんだ?



 気になった進は、忍足で天幕に近づいて耳を当てる。そうすると、ある三人が話している声が聞こえてくる。



「アルジェ様、新たに見つけた集落はいかがしましょうか」


「放っておきなさい。私はもう、無関係な人間は殺戮しないって決めたんだから」



 ーーこの声、オルチノとアルジェか?



「でも僕もあのときみたいに、か弱い子たちを虐殺したいな」


「その話は二度としないで」


「!! す、すみません……」



 ーーこの声はレザー……まさかあいつもあの二人を殺しに来たのか!?



 実際、ロクスとケシアを殺した集団の中に、レザーも混じっていた。いくつも残っていた足跡の内一つはこの男のものだった。実のところ、彼の趣味はまともに反抗できない相手を惨殺することだった。



「でもやっぱりやめられないんですよねえ。自分が選ばれた人間だって喜びを一番感じるのは、誰かをいたぶるときだから」


「だったら犯罪者や敵、奴隷だけにしなさい。無関係な人間は二度と捕まえないから」



 ーー!? 何を言っているんだ、こいつらは!?



「それか動物にすればいいわ。家畜ならどうせ殺すんだから」


「ふーむ……まあ、姫様がそう言うなら」



 飄々(ひょうひょう)かつ朗らかなレザー。この男もまた、狂気に染まっていた。タチが悪いのは、自分の恩人や強者、利害が一致する相手には刃向かわない知性と、物腰の柔らかさを備えていること。


 加えてアルジェは何も改心などしていなかった。決して消せはしない残虐性。一体どうして彼ら彼女らはこうなってしまったのか。魔力による狂気。その最悪の呪いによってなのか。



「とはいえ、あの男のために一切軍事的な行動しないというのは問題です。反乱分子がスクスクと育ってしまいますから。万一その中に有望な魔法使いがいれば、御身も危ういかもしれない」


「それもそうかもね……ここの後始末はオルチノに任せてもいい? 私と彼をあなたを切り離すから」


「……致し方ありませんね」



 ーーくそ……アルジェはともかく、取り巻きたちまで押さえ込むのは厳しいか……



 進が逃亡したことは、アルジェにとっては大きな抑止力になったのかもしれない。だがしかし、仮に彼女が殺戮を止めろと命令したとしても、周囲の人間たちは従わないだろう。そんなもので性根は変わらないのだから。


 ゆえに今後も無関係な人間が傷つくのは止められない。しかしそれを見過してアルジェに取り入れば、最大の敵戦力を削っていける。だが……



 ーーケシアね、ススムと結婚するの!


 ーーずっとここにいてもいいの。



 ロクスとケシアの言葉が頭に響き渡った。傷つけられる人々が、彼女らのような護るべき愛おしい人間だとしたら、どうしても許すことはできない。理性が何と言おうと、感情は絶対的な拒否を示す。



 ーーこんな奴らと一緒に暮らしていくなんて、やっぱり死んでもごめんだ。



 全ての計画が台無しになる。最終的な成果はアルジェと同行した方が大きいものになるだろう。だがそれを踏まえても、帝国の敵対勢力であるエディティア側に戻りたい。


 進は改心の欠片も見えない、憎き仇たちと一緒に暮らす自身をどうしても認められそうになかったから。



「だけど、闇雲に逃げてもまた同じ結果になるぞ……待てよ」



 ——————



「おはよう、アルジェ。入ってもいいかい?」


「あら、進。最近よく来てくれるわね」



 あくる日、進は再びアルジェが生活する天幕を訪れた。昨夜の静かな時間が、彼の決意を強固なものにしたのか、その瞳には煌めく正義の光と憎悪による暗闇が同居していた。



「俺も楽器を習いたいんだ。管楽器がいいな、よく響くやつ」


「あら、どうして?」


「みんなと合奏したいんだよ。管楽器なら被らないし、俺も嫌いじゃないから」


「本当? 嬉しい!」



 アルジェは静かに目を閉じ、記憶の底を探るように深く意識を集中させた。周囲は無音で、その静けさが彼女の思考をさらに深く沈めていった。



「そうね……今あるのはユーフォニアムかしら」


「ユーフォニアムか……触ったことがないな」


「吹き方を教えてあげるわ、進」


「本当!? ありがとう、アルジェ!」



 少年のように目を大きく開き、アルジェに頼る進。そこには、純粋で楽しげな青年の姿が見える。例えそれが恨みの果てに辿り着いた、狂気に満ちた芝居だとしても。



「じゃあ一緒に取りに行きましょう」


「ああ、喜んで」



 笑みを浮かべる二人は歩き出す。物理的に目指す場所は同じでも、この二人の心の距離は天と地以上に離れていた。



「はい、これよ。手入れされてたから、すぐにでも吹けるわ」



 暫く歩いた末に彼女は倉庫のようなテントに入る。そこに置いてある箱の一つから、優雅な曲線を描くユーフォニアムを取り出し、進に手渡した。


 受け取った楽器からは、品のある重みが伝わる。二人は共に見晴らしのいい草原まで歩き出した。草原は青々と茂り、風が優しく吹き抜けている。


 アルジェを除く誰の姿も見えなくなったところで、進はおもむろに、ユーフォニアムを吹き始める。



「そうそう、そこをこうして押さえて……あら、何かメロディを奏でようとしているの?」


「ああ。この世界で初めてまともに聞いた曲だよ」


「へえ、それはきっと運命の出会いね」


「そうだな……」


「多分それはこういう旋律ね……ここを抑えて」


「そうだよ、さすがアルジェ! 勘がいいね!」


「えへへ」



 照れる歌姫を尻目に進は何度も、幾度も、度々、同じ調べを鳴らす。朝も、昼も、晩も関係なく。それはあの場所で、赤い髪と瞳の女の子に教えてもらった、オルゴールの曲だった。



 ーーSOSのサイン、あの子に届いてくれ。

オルゴールの曲って何?ってなった方には、C3-3 二人だけの時間 をご覧いただければと思います。

ユーフォニアムは管楽器の中ではかなり簡単らしいので選びました。あと、作者がユーフォニアムが出てくるアニメに好きなものがあるので。



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