C3-23 懐柔
それから一体、何日が経過しただろうか。進は近くの森の中を走って彷徨った挙句、大きな大きな木の根本に座り込んでいた。生い茂った草木の匂いと、鳥や虫の鳴き声だけが頭の中を埋め尽くしていく。
「……」
何もできずにいた。ただ、葉の雫で喉を潤すことはしても、食事はできない。
「うぅ……あぁ……」
目から雫が幾度もこぼれ落ちる。僅かに補給した水分すら、涙に全て変換されてしまう気がした。
ーーこのままもう、消えてしまいたい。この世界は地獄だ。
泥混じりの地面に寝転がる。汚れがいくら付着しようが構うことはない。だが、進の意識が朦朧とし始める中、一人の少女が近づいてくる。
「進、ようやく見つけた!」
それは一月以上前に共に生活した歌姫、アルジェだった。
「アルジェ!? まさか……お前たちが殺したのか?」
「殺した? 一体何の話? この一帯では何もしていないわ」
「本当か?」
「ええ。そもそも周囲で誰も魔法を発動していないもの」
「……」
確かにアルジェの言う通りだった。魔法を使用すれば進はニオイを感知できるが、現場近辺でそんな香りは一切なかった。そもそも、実行犯たちは刃物や鈍器など、原始的な武器を使用していた。
強力な魔法使いがいるアルジェ一行が、そんな不便なものをわざわざ持ち歩き、使用するとは考えにくい。おそらく大した魔法の使えない野盗か何かの仕業だろうと、進は思った。
「酷い顔よ」
彼女は土汚れも伸びた髭も何もかもおかまいなく、横たわった進を起き上がらせて抱きしめる。だが、美麗で柔らかいその体も、今の進にとっては気味の悪いものだった。
「なんだ……俺をどうする気だ?」
喉から、掠れた声が振り絞られるようにして漏れた。骨ばった指先が膝を掴んで震えている。何日もまともな栄養を摂取できず、進の体は限界に近づいていた。
「落ち着いて。逃げ出したことに対しては何も怒ってないわ。私が悪かったもの」
「なんだって?……」
「あなたの言う通り、罪もないのに命を奪われる理由なんて無いわ。猛省したの」
「……嘘じゃないだろうな」
「ええ。私は二度としないわ。ごめんなさい」
深々と頭を下げるアルジェ。進は完全に信用しきってなどいない。しかし、迫り来る恐怖や気持ち悪さから逃れたいという思いは一際強かった。
「お願いだから、私たちと一緒に来て。一人は危ない」
アルジェの甘言は的を得ていた。進は守られたい、苦しみから解放されたいのだ。その上何かに抵抗する気力がなくなっていた彼にとっては、十分な誘い文句だった。
「……好きにしろ」
そうして、進はアルジェのいる場所に戻ることになる。今の彼にとって、どこにいて何をするかはもはやどうでもいいことであった。
この世にはどうせ絶望しかないと、本気で思い始めていたから。まともに息ができる場所にいられるなら、もうそれでいいと。投げやりになっていた。
「けれど、もう決して私を見捨るな」
耳元で幼い少女のように小さい声が響く。決して聞き逃せない憤懣と悲嘆を孕んでいた。




