C3-22 嫁入り先は何処
飲食はしないで、ご覧いただければと思います。
進とロクス、ケシアの三人が歩いていると、離れた場所で雷雲が鳴り響いた。稲妻が大地を僅かに照らした。
「あら、雨が降りそうね。帰りましょう」
「うん! 手を繋ぐの」
進の左手側にいたケシアは、そっと硬質の義手を握った。小さく柔らかい五本の指が、冷たい金属を包み込む。感触はないはずなのに、進は不思議と少女の温かみを感じるような気がした。
「ゴツゴツして、冷たい」
「それはそうだよ。義手なんだから」
「お姉ちゃんも! ススムと手を繋ぐの!」
「あ……ええ」
ロクスはゆっくりと進の右手を取った。握られた手には徐々に熱がこもっていく。隠しきれない鼓動と体温の高まりが二人の間で感じられ、進もロクスも自然と紅潮していく。
「ふふ、本当ね。ゴツゴツして冷たい。いくつかマメがあるわね」
「そっちは元からだよ……」
「あーススム、拗ねてる!」
姉妹たちは楽しげにクスクスと笑い、進は少しいじけたような表情を浮かべた。彼らの過ごす時間はまるで、本当の家族のように温かいものだった。
「ずっと、こうしていたいわね」
「ん、何か言った?」
「秘密よ」
楽園にいるような、多幸な気分の三人。アルジェはその和やかな遠景を、どん底にいるかのような暗然たる表情でずっと見つめていた。
——————
それから四日後。その日は厚い雲がいくつか、途切れ途切れに目に映る曇り空だった。薄暗い景色が広がり、普段からは想像もつかないような、冷たい風が吹き抜ける。
「ちょうどいい木の棒が流れてきたから、釣り竿を作ろうと思うんだ。魚を食べてみたいし」
「サカナ欲しい! ケシアも作る!」
その日、果物ばかりの生活に飽きていた進とケシアは釣竿を作っていた。釣り糸は木の繊維を編み、釣り針は何かの動物の骨を削って研磨したもの。 非常に原始的な道具だったが、ここでは貴重品に違いなかった。
「じゃあ、早速釣りに行ってくるよ。餌になりそうな小魚も獲れたし」
「行く! 行く!」
「こーら、ケシアはお留守番よ。大きい布団を編むから手伝って」
「はは、また明日な」
「ちぇ……はーい」
「進、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
「たくさん、おサカナ、持って帰ってね!」
「任せろ」
海辺まで歩き出した進はふと、しみじみ思う。
ーーもういいじゃないか。ここで静かに暮らせば。 不安はあるけどなんとかなるだろ。
この呪われた世界に嫌気が差していたということもあるが、進はもう、エディティアの首都に戻る意味を見失っていた。そもそもここは別世界なのだから、いる場所とそこに留まる意味は自分で決めるしかない。
ーー仮に自分が世界を救う勇者だったとしても、きっと最後に行き着きたいのは……今みたいに自分を大切にしてくれる場所なんだ。
ーーもう戦う理由なんて、何もない。誰かの命を奪ってまで手にいれるような未来なんていらない。そんなことをしなくても、幸せになれるんだ。
紛争も、財も、地位も、権力も、何もいらない。ただ、ただ、ここに確かな幸福があるのだから。無償の愛と存在理由を注いでくれる二人。これ以上の何が必要なのだろうか。
「よーし、大きいのが釣れた! 二人とも喜ぶぞ!」
出発してから数時間後、魚を釣り上げる進。用意していた木桶に海水と獲物を入れ、ゆっくりとした足取りで持って帰る。
「なんだ? やたらと鳥が多いな。今日は」
彼は帰路にて、異常な程の数の黒い鳥を目撃する。そして、それは家に向かえば向かうほど数を増していった。
「!? 嘘……だろ……」
進は絶句する。いくつもの足跡が残っていたから。彼らの住処である洞窟に向かって。 彼は全力で駆け出す。ただの杞憂であれと。しかし……
「!!!?」
薄暗い洞穴のなかで。
進は血溜まりを発見する。
近くには、赤く染まったハサミやシャベルなどの凶器がいくつも転がっていた。
奥に二人分転がっていたのは。
どんな酷いことをされれば。
こうなってしまうのかも分からないような。
血と
肉のかた
ま
り
「おええぇぇぇ!」
進はその場で吐き出した。胃の中にある何もかもを。それだけでなく、血も涙も汗も全てが逆流するような感覚。何も考えられない、考えたくない。
「あ……あ……あああ !!」
コロコロと、愛しい少女の目玉が転がってきた。その瞳に進は自身の姿を見た。そして、砂塵を巻き上げて走り出した。逃げ出した。
書くのが辛い話でしたが、人命は狂人によって残酷かつ唐突に奪われる。
それはこの小説で絶対に外せないテーマであり、書くと決めました。




