C3-17 終わるプロローグ
「何を……やってるんだ?」
「!? 来てしまったの?」
気がつけば、進はアルジェたちのすぐ近くまで来ていた。足取りは重く、顔は青ざめている。だが、問い質さずにはいられなかった。
「!! お前!」
オルチノに激昂の表情が浮かぶ。勝手な行動をした進を威圧するが、今の彼にはその姿を気にするほどの視野の広さはない。
「す……スミスの仲間はいなかったわよ。一人一人尋ねたから」
「一通り確認してやった。感謝しろ」
「そういう問題じゃない! さっきの親子はどうしてあんなに酷い殺し方をしたんだ!? 帝国に刃向かった証拠は何かあったのか!?」
「ないみたいね」
進がお人よしだと判断したアルジェは、なるべく彼がやりそうにない自身の所業は隠してきた。しかし見られてしまっては仕方ないと、開き直り始める。
「なら、どうして!?」
アルジェは顎に手を当て、考えながら周囲を見渡した。そして、ある家の玄関に置かれている何かに目が留まった。その瞬間、いい例えが見つかったと言わんばかりに眉が上がり、微かな笑みが浮かんだ。
そして、彼女はゆっくりと口を開き始める。それはまるで地獄に通ずる窓を開くかのように、暗く重たい空気を放つ。
「あなたは蝋燭が何のために存在していると思う?」
「ろ、蝋燭? それは燃やして明かりをつける……」
言いながら進は、全身が凍りつくような寒気を感じた。アルジェの言いたいことが分かったから。分かりたくもなかったが。
「さ、さっきの人たちは蝋燭なんかじゃない!」
「それはあなたがそう決めているだけよ。例え燃やされたくないと思っていても、どうなるのかを決めるのは私たち使用者よ」
「何を言って……」
「モノがどんな意思を持っていようが関係ないのよ。結局はそれを使うヒトの気持ちが全てなんだから」
ただ唖然とするしかなかった。アルジェの言うことは、ある意味で正しいのかもしれない。人間同士でも確かに、遥か昔から利用する側とされる側に分かれてきた。
ーーでも……それを踏まえたとしても、この子の行いはあまりにも極端で残酷すぎる。
「燃やすにしても、いつも同じ方法だと飽きるでしょ? それなら、いろいろな燃やし方を試せばいいと思うの。どれが一番綺麗で楽しいか」
「もうやめろ!! 前と言ってたことと全然違うじゃないか! 才能を潰さない、理想のセカイはどうなったんだ!?」
「無いじゃない。彼らには。才能が」
その言葉はまるで太陽も月も砕き落としたかのように、全てを無明に包み込む。進はまるで真夜中に冬の海に叩き込まれたかのような、寒気と悍ましさと、針で刺されるような胸の痛みを感じていた。
「あれだけ聞き取っても、まともな能力が見出せない。その上、どこかの国の支配下に入るという最低限のルールすら守ってない。義務を果たさず権利だけ受け取ろうなんて、厚かましいにも程がある。そんな存在は、道具以下よ」
「いい加減にしろ!! 君も国境で見た魔法使いと同じように狂ってるじゃないか!! 狂気から人を救う方法を、王様と考えてきたっていうのは嘘だったのか!?」
「私のどこがおかしいの? 不要なモノを処分しただけよ」
「な!?」
「素質も何もないものは、ヒトではないわ。私は人間はきちんと保護する」
アルジェの言葉は、皮肉でもなければ冗談でもないらしい。その表情には一点の曇りもなく、堂々とした態度は常識を押しつけるかのように、ひたすら揺るぎないものだった。
彼女はこの世で最も恐ろしい種類の狂人だ。狂気に取り憑かれていることに全く気づかず、自分こそが正当であると固く信じているのだから。
「どうせ才のないモノは私の親のように、逃げて苦しみ続けるのよ。死んだ方が楽だわ」
進はもう口を開けなかった。何をどう訴えても、意味がないと悟ってしまったから。目の前にいるのは絶対的な才能主義者、最悪のフィルターの持ち主。彼女の試験への不合格は、それ即ち命の断絶を意味する。
「優しいあなたは嫌いじゃないわ。でも、何に対しても過度に気を使っていると、人生を楽しめないと思うのよ。ふふ」
身も心も震えあがる。この少女は根本的に人間の命に対して考え方が狂っている。そして進はようやく文字面ではなく、心で理解できた。
あのテロリストたちが、帝国ミルグに抗い続けている理由を。
「次はどうしようかしら。楽しみね」
彼女は才能があると認めた相手には、天使のような施しを与える。だがその一方で彼女は自分の基準に満たなければ、無関係で無実の人間でもゴミ以下に扱う悪魔だった。
例えその性質が、魔力による狂気や、彼女の両親のせいで植え付けられたものであったとしても。
ーーこんな奴を自由にしたらダメだ。まして分国の王様なんて論外……そして、こいつに権力を与える奴もイカれてる。
勇者はヒロインと出会ったのではなかった。悪人たちの代表格、宿敵と出会っていたのだった。




