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異界英雄物語  作者: mania
Chapter3 それでも俺は
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C3-16 知らないフリした彼女の一面

 

 ーーあれはアルジェ?



 進は足を重くしながらも、集落の中心へと歩みを進める。そこには、アルジェの一行と、三人の人物が捉えられている姿が確認できた。周囲は血に染まった骸だらけで、まるでこの世の終わりのような緊張感が漂っていた。



「助けてくれ! 俺たちは行く先がなくてここに辿り着いただけなんだ!」


「あなたたちはどこの国にも属してないの?」


「そうだ! ただの難民だ」



 どうやら捕まっているのは、父母と幼い少年の三人の親子のようだ。父親は縛られた手を振り上げ、母親と息子の前で必死に無実を主張している。



「反乱なんかしてない! 何の証拠もないはずだ!」



 父親の声は必死で、響き渡るその言葉には切実な願いが込められていた。母親は怯えた表情で幼い息子をしっかりと抱きしめている。子供の大きな瞳には恐怖の涙が浮かび、その小さな体の動揺は隠せなかった。



「そうね。あなたの家からは、何もそれらしきものは見つけられなかったわ」


「俺たちはここで何とも戦わず、静かに暮らしていただけだ! エディティア国の首都に入る審査には落ちたから……」


「あなたたちは一体何ができるの? 今まで一番頑張ってきたことは何?」


「……え?」



 話題の全く異なる質問内容に驚き、混乱する家族。だが、父親は目の前の人間たちに嫌悪感を抱かれないよう、必死に応答する。



「お、俺たちは大工だ! この集落にある家具は全部俺たち家族が作った」



 歌姫アルジェは、まるで記憶の奥底を探し求めるかのように上を向いて考え込んだ。その表情は一向に変わることなく、硬いままであった。



「いくつかの家を見たけど、全て並未満の質だったわ。ミルグの職人はあなた以上の人材ばかりよ」


「な……」



 努力を重ねてきた一家が、簡単に否定された瞬間だった。父親は拳を握りしめ、必死に感情を抑えているが、その眼差しには失望と怒りの色が浮かんでいた。



「あなたたち、何か楽器は使える?」


「楽器? ……いや、全員触ったことはない」


「ふうん。なら歌いなさい」


「歌?」



 唐突かつ意味不明のアルジェの要求に、親子は困惑の色を浮かべた。その言葉は彼らの頭を一瞬にして真っ白にし、まるで時間が止まったかのように数秒間の沈黙が広がった。



「なんでもいいから歌いなさい」


「ま、待ってくれ! 俺は歌が下手ーー」


「もういいわ」


 パン!!



 父親はアルジェに魔銃で頭を撃ち抜かれる。その銃は、進が倉庫で見せてもらった金色の装飾が施してある短銃だった。



「これ、便利なのよね。音楽隊(ブレーメン)と違って周囲を巻き込まないし」



 誰も彼もが理不尽な状況に直面し、暫く思考を停止してしまった。それは進も同じで、彼は離れた場所から、光る銃身を見つめることしかできなかった。



「ひいぃっ!!」



 感情を取り戻した母親が悲鳴を上げる。そして、彼女の息子は顔面を蒼白にして、涙を流し続ける。



「次。歌いなさい」



 怯える親子を一切気にせず、アルジェは淡々と告げた。その声も表情もまるで、機械のよう。人間らしさを感じられないアルジェに皆が戦慄する。



「は、はいっ」



 母親は体も声も震わせながら深呼吸をし、その後、歌い始めた。何も反論する気が起きなかったのだろう。ただ、素直に命令に従うしかなかった。



Guten(グ−テン) Abend(アベンド)、 gute(グーテ) Nacht(ナフト)……」



 彼女は口を開き、知っている曲を歌い始めた。その声は柔らかく、音色は湿気のある空気を通して伝わっていく。しかし、恐怖のためか、音程は安定していなかった。



「選曲はいいわね。私も馴染みがあるわ」



 歌姫は一瞬だけ満悦の表情を浮かべる。しかし。


 パァン!!



「でも単に下手ね。失格」



 何の躊躇(ため)いもなく、目の前の母親を撃ち殺した。本当に先日までと同一人物なのか、疑わしいほど冷酷に。今ここにいる乙女からは一切、人の温もりを感じられない。



「あ……あ……」


「次」


「う、うああああああ!!」



 歌でも何でもない。それはただの悲鳴だった。少年はただ、両親が撃ち殺されたショックで膝から崩れ落ち、泣き崩れているだけ。



「うん、心に響くわ。命懸けのビブラート」


 バァン!!



 アルジェは目を閉じて彼の叫びを咀嚼した。そして数秒後、何事も無かったかのように、魔銃で彼の額を撃ち抜いた。



「でも残念。旋律がダメね。あの世で作曲して出直して来なさい」



 進は我が目を疑った。何度も何度も強く瞬きをした。しかし、目の前の光景は一フレームたりとも変わってはくれない。あまりにも惨すぎる光景が、ただそこにあるだけ。



「家畜は美味しそうね。特に牛はよく育ってるわ。持って帰りましょう」



 歌姫は生者が一人も残っていない集落を、背伸びをしながら一望する。彼女はまるで、一仕事を終えたかのように上機嫌だった。

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