C3-15 訪れるのは短調
翌日、一行は晴れた空の下で朝食をとっていた。草原の上に立てた椅子に、それぞれが座り、テーブルに並べられた料理を楽しんでいた。 鳥の鳴き声が潮風に乗って聞こえる優雅な食卓。そんな中、オルチノが神妙な面持ちで話し始めた。
「ここから馬車で半日ほどの場所にて、集落を見つけました。うまい具合に隠れて発見するのに時間がかかってしまいましたが」
「!?」
「お手柄よ、早速敵情視察にいかないと」
「ま、待ってくれ!」
進の顔が青ざめる。再び争いが始まるという不安が彼の胸を突き上げる。もしかすると、その場所には自分の仲間がいるかもしれないのに。
「何を待てと?」
「そこの人たち……殺さないよな?」
「チッ」
帰ってきたのはオルチノの舌打ちと鋭利な視線。その一言が、彼女の逆鱗に触れてしまった。
「いい加減にしろ、お前は敵なんだぞ。今頃、酷い拷問を受けていてもおかしくない。甘やかされ過ぎて、何を言っても許されるとでも思ったのか?」
「もういいのよ、オルチノ」
「いえ、言わせてください」
オルチノは立ち上がり、進の目の前にまで迫る。大きく開く瞳孔に、憤怒の面持ち。今すぐに張り倒されてもおかしくないような緊迫した空気が漂う。
「敵の身の安全を確保しろなど、図々しいにも程がある。それで我々の誰かが死んだら、どう責任を取る気だ?」
「う……」
彼女の言う通りだった。そもそも進は敵人であり、何かを進言したり要求する権利など一切持ち合わせていなかった。第一に彼は客として供応を受けているだけで、大した価値提供をできていないのだから。
「スミス、悲しいけどこれは戦争に近いものなの。必要な事はしないといけないわ。私にも、分国の王としての責務があるの」
仲裁するかのように微笑みのアルジェが二人に話しかける。間を取り持つように見えても、言葉の中身はオルチノに対する完全な賛同だ。
「こちらは何人も有力者が闇討ちされるから、必死に調査や刈り取りをしているの」
「でもそれって本当にエディティア国側の人間なのか?」
「それを今調べてると言っているだろうが。表向きは同盟国だが、裏で何をしているのかなんて分かったもんじゃない」
再びオルチノの鋭い視線が進に向けられる。それはお前はもう口をきくなというメッセージが込められているような、冷ややかさを感じるものだった。
「でも大丈夫よ。あなたの仲間がいるかちゃんと確かめるから」
「ぬか喜びするなよ。誰であろうが、反抗的なら迷わず討ち取るからな」
「……」
何も言えない。アルジェとオルチノの言うことは100%正当だ。むしろ、こちらに大分譲歩してくれているだろう。
「レザーとティリスもお留守番ね。行くのは私とオルチノ、兵士数人だけ」
「りょーかい」
「はーい」
「変な真似をするなよ。虜囚が」
オルチノの威圧に、進は思わず萎縮してしまう。そんな彼を慰めるかのようにアルジェは軽い笑みを向ける。
食後暫くして、一団は馬車ごと動き出した。誰かが住む集落付近へと向かって。到着した場所は南には鬱蒼とした森が、北に草原が広がる青々とした場所だった。
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アルジェたちがその場を後にし、歩き出していくのを見送った後、進は日も暮れぬうちからレザーと同じ部屋のベッドの上に横たわった。
天井を見つめるその顔には、何か言いたげな、複雑な表情が浮かんでいた。レザーはその様子を見つめ、やがて静かに口を開いた。
「心配かい? 気持ちは分からないでもないけど」
「今までもこういうことはあったの?」
「まあね」
「今頃どんなことが行われてるんだろう」
「さあ? 僕は戦闘要員じゃないから、戦場に出たことはないよ。ただ、何かしら有望そうな人を捕まえて国へ連行してるのは何度か見たね」
「有望じゃない人は?」
「知らないなあ」
「……」
胸のざわつきがどうしても消えない。進は焦燥感に駆られながら、レザーが厠に向かう隙を見計らい、一気に走り出した。嫌な予感が頭から離れず、振り払うことができなかったから。
「足跡が複数……あれか」
進はキャンプ地を走り周り、森へと続く足跡を見つけ、その軌跡を慎重に辿っていった。オルチノの言う通り、木々や岩石で巧妙に隠された居住区がそこにあった。
集落の周囲は何10mもの高さの巨木に囲まれていた。辺りには虫と緑、土の香りが漂い自然の音で満ち溢れており、高い湿度のおかげか生暖かくヌメっとした空気が流れていた。
アルジェの一団が残した足跡がなければ、進は決してこの場所を見つけられなかっただろう。しばらく歩いた後、進は森の中の開けた場所にたどり着き、信じたくない光景を目撃した。
「!? なんだよこれ……」
目に映るそれは、和睦の形跡が一切見られない、ただの虐殺現場だ。集落のあちこちに崩れ落ちた家々と、恐怖と絶望が刻み込まれた死体が幾つも重なっていた。