C3-13 理想郷
進はそれからしばらく三人の話を静かに聞いていた。会話の大半はアルジェの魅力についての説明で、正直うんざりするところもあった。
だが、その言葉には嘘偽りのない熱意が感じられ、多少なりとも進の中でアルジェに対する好感度が高まる。
ひとしきり話を聞いた後、結局何か具体的な結論を出すわけでもなく、彼らは自然と解散した。
「いやー、ごめんねスミス君。みんな大好きな姫様が取られちゃって気が立ってるだけだよ、許してあげて」
「大丈夫、気にしてないよ」
「ただ、正直僕も妬ましくはあるよ。アルジェ様を幸せにできるのは、どうして君だけなんだってね。君は何も悪くないのにね」
「……」
様々な思惑が交差するなか、部屋に戻った全員が就寝する。進もまた静かにベッドに入り、今日の話を思い出しながら、複雑な気持ちで目を閉じた。
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「おはよう、す……スミス」
「うお! お、おはよう……」
翌朝、進がベッドで眠っていると、目の前にはアルジェが立っていた。早起きしたのだろうか、髪はきちんと整えられ、身だしなみに隙がない。
化粧はほとんどしていないようだったが、それでも彼女の美貌は際立っていた。まるで自然のままの美しさが、彼女を輝かせているように。
「起きて早々にごめんなさい。私の歌を聴いてほしいの」
「え、ああ……行くよ。支度してそっちのテントまで行くから」
「うん。待ってるね」
アルジェは気恥ずかしそうに自身の天幕へ戻っていく。あんなに高貴な彼女でも、一人背を見せる時は、言い表せない悲哀を感じさせる。
「ひゅう、すごいね。待ちきれなくて、アルジェ様来ちゃったよ。こんなの初めて見たね」
「からかわないでくれよ」
「いや、君は果報者だよ。起きたら歌姫が目の前に立っているなんてどれだけ幸せか」
レザーの瞳に宿る熱狂、興奮して額からかく汗。命を救われたことは理解できるが、この一団のアルジェへの信仰はどこか狂気じみている。
暫くして準備を整えた進は、アルジェがいる場所へと移り、歌を聴いていた。
「do na do na do na don……ふう、ご清聴ありがとう」
「すごい表現力! 今日はバラードだったんだろ? 何歌っても上手いなあ」
立ち上がり、惜しみない拍手を贈る進。幾年ぶりに聞く、自身へ向けられる掌からの破裂音。アルジェは恥じらいながら喜悦の表情を浮かべていた。
「うふふ、恐悦至極に存じるわ」
アルジェはゆっくりと椅子を移動し、進の隣に座る。両者ともに緊張してしまい、互いに明後日の方向を向く。二人とも、気づけば髪をポリポリと掻いてしまっていた。
「こちらのお願いを聴いてもらってばかりで悪いわ。何か進からの頼みはある?」
「頼み……」
至高の食事に音楽。もてなされているのは進のほうなので、図々しく何かを要求する気にはなれない。とはいえ、知りたいことはある。
「そうだな、七星って何なんだ? 詳しく聞かせてほしい」
「偵察かしら? 仲間想いなのね」
「はは……」
確かに、目的の半分は情報収集だった。そのことを見透かされて、進は苦笑いせずにはいられない。もう半分はファンタジー好奇心を擽るワードへの単なる興味だが。
「王様が中心都市に住んでいて、そこを囲むように面した七つの分国があるの。その分国の主人が七星よ。誰にするかは王様が決めるけど、魔力と魔法が強いのが絶対条件だわ。全員私とほぼ同格ね」
「強さが基準なのか」
「ええ、そうね。ほとんどの国で、大臣には政治に長けた人が就いているわ。でもトップは最高峰の魔法使い。それだけは不変よ」
「全員それぞれどんな魔法を使うんだ?」
「それは秘密よ。進がミルグ側の人間になったら知ってることは教えるわ」
当然だが機密事項はあっさりと答えてはもらえない。それすらも進を自国に招き入れるための策略に思えるが。
「進はこの世界でやりたいことってあるの? 来たばかりで定まっていない気がしたから」
「え? やりたいこと?」
進は黙り、考え込んでしまう。突然話が切り替わったということもあるが、実際にこの世界で明確な目標はなかったから。
つい先日まで安全な国で何となく、ゆっくり過ごそうと考えていた。それくらいの漠然とした考えしかない。
「進、聴いてほしいの。私は理想の国を作りたい」
「理想の国?」
「ええ、多角的に人材を評価できる国家よ。王様も含め、誰も彼も魔法の強さが全てと思ってる。馬鹿じゃないのって思うわ。あの子たちはあんなにも素晴らしい音楽の才能を持っているのに」
「!!」
驚かざるを得ない。こんな異界でも、自分と同じ考えを持っている人間がいるのだと。まるで長い間閉ざされていた心の扉が、そっと開かれたかのような気持ちになる。
「その左手、ただの武装ではないのでしょう? なんて酷い」
アルジェは進の左手が切り落とされたことを、いつの間にか知っていたようだ。どうやって知ったのか、薄気味が悪いところもあるが。
「あなたも同じよ、進。あなたの価値を理解しようともせず、襲いかかる人がいたはず。それはこの世界の評価軸があまりにも少ないからよ」
「それは相手が狂気に侵されてたからだと思うけど。話し合いなんて通じないし」
「そうだとしても、あなたの魅力を知っていれば殺そうなんて思わないわ。そっちのほうが遥かにデメリットが大きいもの」
「そこまで褒めてもらえるなら嬉しいけどさ……」
「あなたのような稀有な才能を潰さない、理想のセカイを作りたいの。私たちとなら、それができる。だから、一緒に来て欲しいの」
「理想のセカイ……」
それは進にとっては甘美な言葉だった。なぜなら、彼が心の底で目指していた理想郷はそれだから。前の世界には、ほどほど嫌気がさしていた。
それが生物の性だとしても、大人も社会も執拗に、少ない椅子を奪い合うゲームで勝つことを強要してくる。はっきり言って、そんな世界は壊したくてたまらなかった。
「そうだな……」
進はゆっくりと、懐柔されていく。遅効性の毒にかかるかのように。
ちなみにdo na do naは学校の音楽の授業とかで習う、牛の歌です。なんでそれ? って思われるかもしれませんが、後々分かります。




