C3-12 敵国の英雄
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まだまだこの物語は続くので、これからもご覧いただけると幸いです。
食事を終えた後、進はアルジェ、レザーと共にテントや馬車を見学する。至るところに王侯貴族のような豪華絢爛な品々が用意され、進は次々と繰り出される全てに目を輝かせていた。
そして暫く歩いた後、一行は倉庫のような天幕の中に入った。薄暗い内部には、積まれた木箱や布に包まれた荷物が所狭しと並んでいた。微かな埃の匂いが漂う。
「あ、俺のナイフだ。ここにあったのか」
木箱の一つには、進がフォランから借り受けた武器が無造作に入れてあった。寝起きたときには消えていて、今の今までどこにあるのか不明だったが。
「ええ。あなたは一応捕虜だし、持ち出しは禁止ね」
「まあ、それはそうか」
とはいえ武具が入っている箱には鍵も何もなく、簡単に盗めそうだった。どうやらナイフの仕掛けには気づいていないようで、完全に油断しきっている。
それはアルジェを含めた精強な魔法使いたちにとって、盗難対策が必要ないという証明かもしれない。彼女はそこで一つの魔道具を見せてくれた。それは金色の装飾が施してある、派手な短銃だ。
「これは魔銃の一種ね。上級ウィザードくらいの火力はあるわ。ここでは一番の貴重品よ」
「格好いいな……マグナムみたいだ」
そんなツアーを楽しんでいるうちに、周囲はいつの間にかすっかり暗くなる。星々が夜空に瞬き、静かな雰囲気と自然の夜の匂いに包まれていた。
「じゃあ、今日はもう寝ましょうか……私と同じ寝所に来る?」
「な!?」
「ふふ、冗談よ。じゃあレザーは見張りをお願いね」
「はーい」
アルジェは進をからかい、その赤面する反応に微笑みながら、ゆったりと自分のテントへと戻っていく。だが、夜闇に消えていく彼女の後ろ姿には、どこか哀愁と孤独感が漂っていた。
「じゃあ、僕らも行こうか。君は僕と同じ場所で寝泊まりしてもらうね」
「うん。よろしく、レザーさん」
「呼び捨てでいいよ。一応言っておくけど、逃げたりしちゃダメだよ。バレたら殴られて、縛りつけられるのがオチだよ」
「わ、分かったよ」
浮かれていた気分が、一気に冷めた。進は、ハッと現実に引き戻された。自分が囚われの身であるという事実を忘れていたのだ。緊張感が再び体に染み渡り、全身を締め付ける。
「いやーしかし、羨ましいもんだ。あのアルジェ様とお付き合いができるなんて」
「付き合う? そんな話してないよ?」
進は鳩が豆鉄砲を喰らったかのように、キョトンとした。いつの間にそんな話が出ていたのだろうか。何度記憶を振り返っても、思い当たる節はない。
「きっとそうなるよ。あの方にとっては歌が全てで、君だけが理解してあげられるんだ。すごいよね、魔力0なんて」
「そんなに単純なのかな? 俺はただ、鑑賞してるだけだよ」
「人の価値観はそれぞれ全く違うのさ」
進は首を傾げ、考え込むように足を進めていた。一方、レザーは目を閉じ、静かに歩きながら過去の思い出などに浸っていた。二人の歩調は揃っていたが、その心はそれぞれ異なる場所にあるように見えた。
「ああでも、帝王様とか魔法への抗力が強い人は、苦痛を我慢すれば聴けるらしいね。まあそれだと鑑賞どころじゃないし、そもそも彼らは音楽に興味がないって嘆いてたけど」
「上位の魔法使いだと、魔法そのものにも耐性があるの?」
「そうみたいだね。僕みたいな下級の存在には、想像もつかないけど」
話をしながら歩いているうちに、進と仲間たちはベッドのあるテントに到着した。薄暮の光が優しく入り口の布を照らし、心地よい静寂が辺りを包んでいた。 天幕の中を覗くと、そこには先ほど演奏していたティリスとオルチノが座って待っていた。
「あら、お二人さんどうしたの?」
「ちょっとさあ、王子様。アル姉抜きで話さない?」
「王子様? 俺のこと?」
ティリスは無言で頷く。今の彼女は飾りの笑みも何もなく、目の前の青年を問い詰めるかのように鋭い眼差しを向けている。
先ほどの演奏に対する賞賛を見る限り、悪人ではないと思われているようだ。しかし、まだ疑いの目は閉じていない。
「一体何が聞きたいんだ?」
「単刀直入に言って、あなたアル姉のことをどう思ってるの?」
「それってまさか男女関係のこと? 会ったばっかりで、まだ何とも……」
「アル姉に魅力が無いとでも?」
進が困惑の表情を浮かべている間に、ティリスとオルチノの顔には明らかな焦燥の色が浮かんでいた。二人の緊張感に満ちた言葉には、まるで拳を眼前に突きつけられるような迫力があった。
「そんなこと言ってないだろ……むしろ知的で美人だし、魅力だらけじゃないか。今こうして、周囲の人間にも慕われているみたいだし」
多少世辞が入っているものの、進の賞賛の言葉を聞き、分かればいいという表情が二人から伺える。 だが、魅力があるからといって安易に手を出せば、タダで済まさないという恐ろしさも感じる。なかなか立ち回りが難しい役になってしまった。
「そもそも、アルジェ自身の気持ちが分からないだろ?」
「鈍感なのか、猫かぶってるのか」
「なんなんだよ……」
いい加減面倒だと、進は苛立ちの表情を浮かべる。そもそも恋愛というのは、どうして当事者たちよりも周囲の方が殺気立つのだろうか。進は数少ない色恋にまつわる記憶を掘り出して、軽くため息をついた。
「まま、いいじゃない。彼もただの遊び人じゃなくて、僕らも安心したでしょ」
「まあね。ろくでなしならオルチノも許さないよ。ね?」
「言うまでもない」
「まともに会話したのは今日が初めてなんだって……」
進が何を言おうと周りは全く聞く耳を持たない。アルジェの幸せだけが全てという固い意志を感じる。彼女らの有無を言わせぬ雰囲気は、まるで吹雪の中にいるかのように息苦しかった。
「真剣に考えてもらわないと困るのは事実だ。アルジェ様は俺たちの恩人だし。皆が彼女によって生かされてる。僕は前の場所じゃ、奴隷だったからね」
「私もよ。一応貴族の何人かいる婦人の一人だったけど、娼婦と扱いは変わらなかった。アル姉が自由にしてくれた」
「ここの使用人たちも、アルジェ様が採用したんだ。ほとんどはまともな魔法も使えず、酷い目に遭ってたからね」
「そうだったのか……帝国にもいい人はいるんだな」
「当たり前でしょ」
進が出会った邪悪な女王デスコヴィは、あくまで多数の中の一人に過ぎないのかもしれない。最悪のサンプルが抽出されてしまったが。
「オルチノ、君はどうしてアルジェに付き従ってるんだ?」
「私を救ってくれたのは、アルジェ様だけだ」
無表情で寡黙な彼女からは返事をもらえないだろうと思っていた。しかし、意外にもあっさりと答えが返ってくる。その理由は、おそらくアルジェ関係のことだからだと、進は推測する。
「救うって?」
「髪の色が白。それだけで私は元いた場所で差別と暴力の対象となった」
「そうだったのか……」
「だが、あの方は私という人間を選んでくれた」
——————
それは約七年前、帝国の辺境地、スラムと呼ばれる場所だった。土埃と悪臭が舞い散り、衛生観念の欠片も無いような場所。そこにオルチノはいた。
「あなた、どうしてそんなに傷ついてるの?」
アルジェはそんな場所でも、優れた才能を発掘するために散策をしていた。貴族の娘らしく、彼女の背後に屈強な用心棒を数人ほど、影のように潜ませながら。
オルチノはろくに舗装もされていない、道路の端で体育座りで座り込んでいた。話しかけられたことで、目の前の歌姫を見上げる。
「髪の色が皆と違うから、殴られた。家にも入れてもらえない」
「そんな本質的じゃないことで?」
はぁ、と幼いアルジェはため息をついた。少女の大きな愛らしい瞳には、深い失望の色が浮かんでいた。どうして人はこんなにも愚かなのだろうと心の中で呟きながら。
「私と行きましょう。あなたには魔法の才能と未来があるわ」
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「それ以降、私の生活は嘘のように輝かしいものになったんだ。アルジェ様との出会いで、ようやく世界が色づき始めた。あの方は、私の全てだ」
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