表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界英雄物語  作者: mania
Chapter3 それでも俺は
39/73

C3-7 天権の歌姫アルジェ


「焦らず、慌てず……もう怪我はごめんだ」



 進は相手に見つからぬよう、巧みに建物や障害物の影を利用して、ニオイが強まる方向へと急いだ。闇に溶け込むように身を潜め、一瞬一瞬を大切にしながら進むその姿は、まるで狩人のようだった。



「あそこか」



 視線が小高い丘の上に止まった。誰かがそこに立っているのが見える。慎重に一歩一歩進んでいくと、道中には悶え苦しみ、倒れている人々の姿が次々と確認できる。


 これは無差別的な攻撃なのだと、改めて理解する。その光景に胸が締めつけられるような痛みを感じながらも、彼は進んだ。



「早くなんとかしないと……」



 裏からゆっくりと人物に近づく。それはつい先ほど見たばかりの、綺麗で華麗な緑色のベストを着た女の子だった。



「!! くそ……なんであの子はこんなことを?」


 

 戸惑うものの、仲間の命は守らねばならない。バレないように慎重に慎重に、足音を殺して歩む。だが……



ピーピピィ


「!?」



 進の後方で野生の鳥が鳴いてしまった。その音に反応して少女もそちらに目を向け、同時に進の存在にも気づく。



「誰!? どうして動いていられるの?」


「大人しく、攻撃をしないと誓ってくれ」


「!! あなた、まさか魔力がないの?」


「さあね」



 進はナイフの切先を驚く少女の顔面に向ける。彼女との距離は馬五頭分ほど。話し合いが通じなければ、走って刺しにいける。


 しかし、実際に自分にそんなことはできるのだろうか。前回の敵、女王デスコヴィへトドメを差す時は、介錯だと思えた。彼女が死ぬのは自明だったから、自らの手で殺せた。


 だが、この子の場合はどうだ? 若くて容姿端麗で優秀な魔法使い。きっと輝かしい未来が待っているだろう。



 ーーいくら敵でも、俺にこの子の未来を奪う権利はあるのか? 苦痛を与える権利はあるのか? 



 頭の中で、そんな自問自答が続く。怯える進を見て、少女は微笑む。



「大丈夫よ。あなたと私は分かり合える」


「もう何もしないのか?」


「ええ。それに私は帝国の七大分国が長の一人、アルジェよ。ランクはプラウ(Plough)・ウィザードで、通称七星(シチセイ)。戦ってもいいことなんてないわ」


「!!」



 やはりフォランが言っていたとおりだった。通常の枠を超越した最高位の魔法使い。可憐な少女にしか見えないが、分国の王になるようなクラスの怪物。その自信に溢れる表情を見て、震える体がさらに揺れる。



「落ち着いて武器を納めて」


「仲間が来たら、そうするよ」



 意外と話が通じる相手のようで、本当は進もすぐにでも凶器をしまいたかった。だが、仲間が危機に瀕している今、そんな要求をあっさりと聞き入れるわけにはいかない。


 緊迫した場面とは裏腹に、小高い丘には心地よく生温かい潮風が漂っていた。



「そのまま、じっとしてるんだ」



 進はアルジェを睨みつけたまま静止した。こうやって何もできないように牽制しているだけで、意味はある。回復した仲間が必ず駆けつけてくれると信じ、出来るだけのことはやる。



「何もしなければ、俺も仲間も君を傷つけはしない」


「ふふ、優しいのね」



 こんな状況でもアルジェは余裕の表情を崩さない。ナイフなぞ自分には効果がないと思っているのだろうか。実際、通常の刃物では高位の魔法使いは傷つけられない。それとも……



「そもそも、なんで君はこんなことをしたんだ?」


「殺さないで!!」


「え? なんだいきなり?」



 話の流れを断つような、脈絡のない叫び声が突然に少女から発せられる。だが、程なくして進は理解する。それは自分に向かって放たれた言葉ではないのだと。



「!?」



 刹那、強烈な甘さと土のようなニオイが後方から香る。慌てて振り向いた瞬間、何かの骨が見えた。それは進の顔をぶん殴り、気絶させる。そして、初めてこの世界で襲われたときのように、彼は再び地に伏せた。

皆様の★評価やブクマをお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ