C3-5 音楽隊の丘
翌日の早朝、馬車に乗りこんだ進たちは何時間もかけ、国外の劇場へと向かった。道中はいくつもの他の馬車の轍があり、通りやすかった。
誰かが野党に襲われたような、血の跡も残っていたが。そして、時刻がお昼を少し過ぎた頃、一同は劇場のある街へと到着する。
「壮観だな……」
進は白い石造りの、屋根の無い劇場に思わず感嘆する。半円形状に広がる座席。中央には、丸く小高い舞台がある。こんなシックな場所、彼はテレビや漫画でしか見たことがない。
入場料を支払い、皆が施設の奥へと進む。彼ら彼女らは、空いている横一列の席に左からフレナ、ラハム、フォラン、メリア、進の順で座っていた。
「演目はオペラみたいだね」
「へえ、こっちにもオペラがあるんだ」
歌劇という文化はこの世界でも存在するらしい。劇が始まり、ピンクのドレスを着た主演女優を何人かの楽器の奏者たちが囲む。
この世界の楽器も、元いた世界で見たものばかり。脳の構造が同じ人間同士、考えるものも作るものも似たり寄ったりだと感じる。
「なんか大きな音が出たら、驚いたフリして腕に抱きつくんだよ。隣にいるんだから」
小声でメリアがフォランに囁く。どうやら彼女には、赤髪の少女の恋路を応援する心があるようだ。
「いらないわよ、そんなお節介」
苛つきを纏う返事がひそひそ声で返ってくる。当の本人からすると、ありがた迷惑に他ならない。
そんな事情もおかまいなしに、歌劇は進んでいく。演目は恋愛の物語だ。ある神様が人間の乙女に恋をするが、当の乙女は神様ではない貧しい男を愛し続ける。
神様は富や権力を築く力を持っていて、その力の全てを乙女に捧げる。だが、彼女は相変わらず貧しい男だけを愛し続け、人間同士で結ばれる。
途中で神様は乙女といい雰囲気になることもあったが、結局最初から最後まで乙女の眼中にほとんど神様は映らなかった。
「なんだか、神様が可哀想な気もするなあ」
「でも、アプローチの仕方がダサいんだよね。富だ地位だって。魂でぶつかって来いって私は思うね」
「富も地位も、ある意味では魂じゃない?」
「元から持ってるものを自慢するのは、魂じゃないよ」
芝居の終了後、感想を話し合う進とメリア。メリアは意外と泥臭いアプローチが好みとのこと。腹黒だから、自分とは対照的な愚直さに惹かれてしまうのだろうか。
なんて言うと小突かれそうだと、進は思った。 そんな中、一人悔しそうに俯くフォランの姿が目に映る。
「何もできなかった……」
彼女は彼女で意中の人との関係を深めるため、何かしらの計画があったと思われる。だが、実行できずに下唇を噛んでいた。何事も淡々とこなすタイプに見えるが、こういうときはあまり使い物にならないのが見て取れる。
「私の酒をあげるから、酔って夜這いしなって」
「魂でぶつかるんじゃなかったのかよ? 小細工だろそれ」
「女の子はいいんだよ」
「えー」と不満を垂れる進、知らんぷりするメリア、歯軋りするフォラン。三人は会話を続けながら施設を出る。すると進の視線の先に、二人の女性が何やら話し合っている姿が映り込んだ。
「あの歌手と……あと、あのチェリストもよかったわ!」
「ではその二人ですね。畏まりました」
端正で可愛らしい茶髪の少女が目に映る。高級なティアラを乗せた縦ロールの髪型。ティアラだけでなく、着用しているもの全てが一流品に見える。
まるで貴族や皇族のお嬢様。正装している執事の女性と歌劇の出演者について話合っているが、サインでも書いてもらうのだろうか。
「なに可愛い子ちゃん見てんだい、進? 浮気?」
「誰に対しての浮気だよ? 貴族っぽい女の子を見てただけだよ。華麗だなって」
「……」
フォランはまるで猛獣でも見るかのように、じっくりと茶髪の少女を見据える。彼女の本能が警告を鳴らすかのように、眉間に皺が寄る。険しい表情だ。
「あれは相当強いわね。付き人のほうも」
「え? 強いの?」
「何となくわかるわ。これだけ近づけば」
「……」
人々の視線が彼女たちに集中した。五人だけでなく、周囲の者たちも息を呑みながら、その上品な二人を見つめていた。見物人たちの視線には羨望と、さらに強い畏怖の色が浮かんでいた。
進には感じられないが、どうやらこの二人は辺り全員の注目を浴びるほどの魔力を持っているようだ。実際に魔法を出すまで底は分からないが、それでも圧倒的な存在感を放っている。
見た目は美人な名家のお嬢様とそれに従う執事にしか見えない。だが、内に強力な魔法を秘めているようだ。天は与えるものには二物も三物も与えるのだろう。
「だけど、今のところ嫌な雰囲気はしないね。単に鑑賞に来ただけかも」
「そうね……そもそも、何もしてないのにこちらから襲ったりしないけど。どこの誰かも知らないし」
「お腹空いた」
グウウゥと腹の音を響かせるフレナ。その音に全員が脱力し、張り詰めた空気はふっと和らぐ。何事もなかったかのように、一行は再び歩き出した。
「じゃ、食事にしよっか。美味そうな匂いがそこら中から香るし」
「おお、メシ、メシ」
「そういうときはご飯って言えよ、はしたない」
フレナはラハムに頭をポンと軽く叩かれる。それを見て赤髪の少女は「ぬぬぬ」と呻き、横の二人なんとも言えないもの悲しげな表情になる。
進たちは街角を歩きながら、近くにあるレストランへと足を運んだ。案内された洒落たテラス席からは、海岸線を堪能できる。柔らかな灯りが漏れる店内からは、心地よい潮風が吹く。
仲間たちは椅子に腰を下ろし、メニューを手に取りながら会話を楽しんだ。その後注文を済ませると、彼らは穏やかな街の風景に目を向けたりして過ごした。そうしているうちに、料理は運ばれてくる。
「美味しい!」
海の幸がふんだんに盛り付けられた鮮やかな色合いのパスタを、進は味わう。香辛料やソースによる絶妙な味加減で、思わず舌鼓を打ってしまう。
「そうでしょ。ここら辺の料理はご馳走なのよ」
「フォランも料理で男の胃袋掴めるようになりなよ」
「頑張って練習してるのよ。姉さんも知ってるでしょ」
「ん? 誰の胃袋を掴むんだ?」
「いや、その……ね。あはは」
ポンコツ。思わず小声で進とメリアがツッコミを入れる。この調子だと、付き合えるまで人類が何度滅ぶか分かったものではないと。彼らがそんな微笑ましい日常を送っているのと同じときに、一人の人物が小高い丘の上に登っていた。
「綺麗な場所ね。これを見れるだけでも、来た価値は十分にあるわ」
先ほど進たちが注目していた、高貴な少女は周囲を見渡す。そこからは劇場を含め、街中の建造物が視界に入る。近隣には海原も広がり、眺めは絵画のように美しい。ゆっくりとその光景を味わった後、彼女はスウゥと息を吸い込み、こう唱えた。
「届け、音楽隊」
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