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異界英雄物語  作者: mania
Chapter3 それでも俺は
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C3-3 二人だけの時間

 

 一同は国の首都へと足を踏み入れる。今までのレンガ造りの建築とは異なり、白や灰色の石で築かれた石造の建物が連なる。これまでの街並みが欧州風と表現するなら、ここは地中海風と称せる場所だろう。



「うわー……洗練されてるな」



 ファンタジー大好きな進は、ここでも興奮してしまう。あちこちに、崩れた神殿や教会が見受けられる。はっきり言って、全部観光して回りたくなるほどに趣深かった。



「とりあえず、私たちの家に行こうか」


「ここにも家があるの?」


「そりゃそうでしょ、母国なんだから。まあ、生まれた場所はそれぞれ離れてたけど」



 進は歩きながら、街中を観察する。いたるところに人がいるが、これまで見てきたどの場所よりも笑顔を浮かべる人が多い。


 路地は清潔で、多くの場所で動物が寝そべっている。今までの荒廃した世界が嘘だったかのように、ここには穏やかな時間が流れている。


 数十分歩いてたどり着いたのは、まるで洞窟のように岩壁を掘って作った家だ。木造の扉を開けて中に入る。思ったよりも広く、いくつかの部屋がある。



「お邪魔しまーす」


「あそこの部屋は誰も使ってないからさ。進が自由に使っていいよ」


「おお、ありがとう」



 全員がそれぞれの部屋に入って荷物を置き、身支度を整える。準備を終えると、中央のリビングに全員が集合する。


 そこには石材で造られたアンティーク家具がいくつも置いてある。絵や彫刻も同様に飾ってあり、見るに飽きない。進は異世界感を満喫していた。



「じゃあしばらく自由時間にしようか。私は進とーー」


「ちょっとこいつ借りてくわよ」



 フォランは突然、進の背を引っ張って連れていこうとする。肩の見える白いワンピースを着た彼女からは、洗剤のいい香りがする。


 だが想像より強い腕力のせいで、進はドキりとすればいいのか、ゾクりとすればいいのか分からなくなってしまった。



「え? 他の人は?」


「いいのよ、二人きりで」


「ひゅう、大胆だねえ」



 メリアがからかいの言葉を放った一瞬、フォランは彼女と視線を合わせる。僅か数秒の間ではあるが、時が止まったかのように沈黙が流れた。二人の間で、大量の情報が信号で交換されたかのように思える。



「じゃ、行ってくるわ」



 何事もなかったかのように、少女は進を再度引っ張り連れていく。木造の扉を開け、気持ちい日差しの中を歩く。カラッとした空気が気持ちいい。磯風と道中に咲いている花の匂いが鼻をくすぐる。


 歩いている白い石畳は少し凸凹があって、単純な舗装路よりも少し歩きにくい。だが、輝く純白の畳石は、見ているとどこまでも吸い込まれそうに綺麗だった。



「一体どこへ行くんだよ?」


「お茶を飲みに行くのよ、付き合いなさい」



 二人はしばらく歩き、テラス席のあるカフェや露店のある通りに辿り着く。ふと、ある店で見つけた、木造の竜の模型をフォランは手に取る。なかなか精巧な作りで、今にも動き出しそうな迫力がある。



「ねえ、男の子ってこういうの好きなの?」



 彼女は手のひらサイズの彫刻を、手のひらの上でくるくる回しながら進に見せる。その光景は、とても微笑ましいものだった。



「俺は嫌いじゃないけどな……ん?」



 男の子。どうして代名詞を使用したのかと進は気にかかる。もしや。



「ちなみに男の子って具体的に人名は?」


「……ラハム」


「……」



 どうやら、彼女の本命は進ではないらしい。会ってすぐに好かれるとは思ってはいなかった。だが、なんというか、青年は落ち込んでしまう。命を救ってあげたりとか、割と今までいいところは見せられたと思っていたが。



「そっか……」


「え、何? 落ち込んでるの? もしかしてあんた私のこと好きなの?」


「いや、ただ……素敵な子だとは思うけど」


「なっ!?」



 両者は顔に赤みを帯び、視線を逸らして言葉を失ってしまう。しばしの間、無言が続き、それぞれが反対方向を見つめる。



「あんたもいい男よ。ただ、ラハムは私にとっては特別なの」


「特別? 何が?」


「それは内緒よ、内緒。披露宴があれば教えてあげるわ」


「もう嫁気取りかよ……」


「ま、私のことは諦めてちょうだい。でも多分、姉さんとフレナはあんたのこと結構好きよ。嫌いな人間には近寄らないタイプだから」


「え、そうなの? だからどうっていう話ではないけど……」



 フレナはともかく、メリアに至っては疑わしい。会って間も無いのに、かなり距離が近い気がする。失礼だが、誰にでもあんな感じじゃないかと勘ぐってしまう。



「はいはい。じゃあそろそろ本題を話しましょうか」


「本題?」



 二人は近くのカフェのテラス席に座る。頼んだ飲み物はすぐに持ってこられ、美味しく透き通る水分で喉を潤す。



「改めてありがとうね、あんたは命の恩人よ。私にとっては英雄だった」


「それは……お互い様だよ」



 見つめ合い、互いを尊重する瞬間。雪解けの時期を迎えるかのように、心も体が温まる。この時間が、いつまでも続けばいいと思えるほどに。



「でもここでお別れよ。もうあんたが巻き込まれる必要はない。というより、巻き込ませない」


「……え?」



 突然の別れを告げられた瞬間、僅かな時間だが進はショックで言葉を失った。仲間たちとの旅が、これからも続くと考え始めていたのだから。



「見てればわかるわよ。人を殺めて心にガタが来てることくらい。食事も残すことが多くなってるじゃない」


「!!」



 見抜かれていた。この数日、自分のせいで死んでいった人間たちの声が頭から離れない。正当防衛だったとしても、誰かを確実に傷つけて命を奪ってしまったのだから。



「どうしようもない悪人でも殺したくないんでしょ? 全く、お人よしね」


「……甘いのかな」


「甘いけど、素敵よ」



 再び視線が合う。沈黙の中、その目が賞賛していることを感じ取る。光栄なはずなのに、心の奥底から素直に喜ぶことができない。何かが引っかかるような、悲しみが胸を締め付ける。



「私たちがやってることは人殺しなのよ。それしか手段がなくとも、本来すべきことではない。それに、最終目的はミルグ帝王の暗殺。果てしない時間と危険を伴うわ。付き合う必要なんてない」


「暗殺なんて……そんなことできるの?」


「今は無理よ。帝王は一人で大国を滅ぼせる化け物だし」


「な!? 本当の話なのか!?」


「そうよ。実際に別大陸から違う国が侵略してきたときに、それを一人で壊滅させたから。ちなみにこの国の王様も同格の怪物ね。会ったことはないけど」


「……」


「ま、私たちも色々策を練っているところよ」



 フォランは真剣なのだろうが、進にとっては冗談を聞いているようにしか思えない。一人で国一つを潰すなど、もはや神話の世界の話だ。いや、悪夢の世界と言う方が正しいか。



「ここは安全よ。外に出ない限り、何かに襲われる心配は皆無。仮に誰かが魔法の狂気にかかっても、屈強な獣や魔法使いたちがすぐに気づいて止めてくれる。この世界で数少ない楽園よ」


「そもそも、魔力による狂気は無くせないのか? それのせいで殺し合いをしてるんだろ?」


「あるならとっくにやってるわよ、そんなの。人類が何十年かけても解決できない、最悪のパンデミックよ」



 人を最も殺すのはウイルスだという話を聞いたことがある。だが今見ているこれは、身の毛がよだつ感染症だ。目立ちやすく苦痛を起こすものでなく、人の中身を狂わせてくる何か。


 こういうものが蔓延(はびこ)る光景こそ、一番惨憺(さんたん)なのかもしれない。



「世界も人も狂ってるの。この先は、命を奪う覚悟がない人間には来られないわ」


「……」


「あんたはもう十分頑張った。これ以上無理をする必要はない。まして王殺しなんて無謀なことはね」



 何も言えない。言われていること全てが的確だからだ。彼女は進をよく見ていてくれたのだろう。それだけに、ここで反論するのは違うと思ってしまう。とはいえ、進の表情はどこか納得していない様子だった。それに少女は気づく。



「じゃあ、油に(ひた)した袋に敵を突っ込んで持ってくるわ。それを燃やしてみる? できるなら止めはしないわ。私と同じだもの」



 思わず背筋が凍る。具体的に言われてようやく気づく。彼女は戦闘中、それと同じことを行なっているのだ。



「君たちは……止められないのか?」


「無理よ、もうとっくに正気じゃないの。魔法なんてあろうがなかろうが」



 なぜテロリストたちは狂っているのか。理由を聞きたかったが、口を開けなかった。そうさせないだけの暗黒を感じる。おそらく、過去の因縁に縛られた影だろう。



「……分かった。俺には無理だよ。あれからずっと寝る前に、手足が震えるんだ」


「賢明な判断ね。私から皆には話しておくわ」



 はっきりいって限界だった。進は誰かを間違えて殴っただけでも、罪悪感が数日は消えないようなお人よしだ。ここで終わりにしなければ、精神的に崩壊するだけ。きっと、今が潮時なのだろう。



「はい。じゃあこれでこの話はお終い! 市場を見て楽しみましょ」



 彼女はスッと立ち上がる。きっとフォラン自身もこの陰鬱な空気に嫌気が差していたのだろう。全て忘れたかのように、颯爽(さっそう)と歩き出す。



「ほら、行きましょ」


「う、うん!」



 再び彼らは市場を歩き回る。今までの話をなかったことにするかのように、お喋りで記憶を上塗りしていく。そんな中、フォランは一つのオルゴールに目を止める。どうやらこの世界にもオルゴールはあるらしい。



「ん? そのオルゴールがどうかしたのか?」


「これはまあ……思い出の品よ」



 彼女はそれをまるで蝶を扱うかのように、丁寧に手に取る。 慈愛に満ちた瞳を、小さな木箱に向けて。 そして、箱は静かに息を吹き返すかのように音を奏で始める。



「昔、両親に同じものを買ってもらったのよ」



 美しくて雅な音色。いつまでも聞いていたくなるような、穏やかな旋律だ。進が元いた世界におけるカノンや月光のような立ち位置の曲なのだろう。



「なにか困ったことがあったとき、これを鳴らしてね。私にとってはSOSのサインだったわ」


「可愛いとこもあるんだな」


「私が可愛くなかったときなんてある?」


「そういうとこがちょっと可愛くないんだよ」



 「なんだと」と彼女は笑いながら言う。つられて進の表情も緩やかになる。そこには、今までとは比べ物にならないほど、平穏で幸せな時間が流れていた。

ちなみにこの物語にはメインヒロインがいます。加えて進は色々な人と恋をしたりされたりします。

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