C3-1 彼ら彼女らの日常
「なんだ? どこだここ?」
「よくも殺したな。私にも幸せな未来があったのに」
「!?」
進は暗闇の中にいた。漆黒の闇に包まれたその場所で、彼ははっきりと見えるはずのないものを目にしていた。
目の前には、先日自分が首を切り落とした女王デスコヴィが立っていた。何も光が差していないはずの場所で、なぜかその姿は鮮明だった。
「あれだけ人を殺しておいて、何を虫のいいこと言ってるんだ!? そもそも襲ってきたのはそっちだろ!」
女王は反論できないのか、何も言わずに黙っていた。進はその沈黙を見て、正直いい気味だと思った。かつて自分に恐怖と絶望を与えた存在が、今や何も言えずに立ち尽くしている。その状況に、一瞬の満足感を覚えた。
しかし、同時に心の奥底に何か黒いものがへばりついているような、胸糞の悪さが拭えなかった。彼女の無言の視線は、進の内側に潜む後悔や罪悪感を炙り出してくるようだった。
「俺たちも、どうして死ななきゃいけなかったんだ」
それは、進がニオイによって魔力探知を成功させた結果、焼け死んだ男たちだった。彼らも女王同様に、闇の中でも明瞭に見える。 男たちの歪んだ顔、焼けただれた皮膚、それらすべてが進の記憶に蘇る。
「お前たちも同じだろうが! 罪のない人たちを苦しめてきたんだろ!」
彼らはもう、無表情なままで何も言わなかった。それは舌戦に負けたという理由ではなさそうだ。静かに立ち尽くす彼らは、ただひたすらに不気味だった。
「何なんだ一体……はっ!?」
そして進は夢から覚める。彼は最近、似たような夢をよく見る。
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「へー、四人は五年も前から一緒にいるんだ。今の戦いを始めたのもそのくらい?」
「それは三年くらい前だったな」
「結構長いんだ」
戦いの後、進とラハムは隠れ家での日常生活を送っていた。二人は家のカーテンや布団を洗濯するため、いくつかの場所から布類を回収していた。
戦いから二日後、五人は無事に生き延び、今は隠れ家で静養している。しかし、まだ傷が癒えぬ中、彼らは国の中心に向かわず、皆が回復するまで安全そうな場所に馬車を停留させていた。
だが、今は安心できる状態になったため、馬車を引くペガサスであるベレオンは、再び進み出している。
「そうだな。俺とフレナに至っては、十年以上の付き合いになる。生まれた場所が同じだから」
「なるほど、幼馴染ってことか。なんか羨ましい」
いくつもの部屋を周りながら、数々の織物を回収する。入る部屋一つ一つから鞣られた木材を使用した、高貴な家具の匂いが香ってくる。歩くたびに少しギシりと鳴く音も、品を感じてしまうものだ。
「そういえば皆メリアのこと姉さんって呼んでるけど、兄弟なの?」
「いや、血の繋がりはない。でも実際の姉よりも、姉として慕ってはいるな」
「……ん?」
実際の姉よりも。なかなか含みのある言い方だった。進がそのことについて聞こうかどうか悩んでいると、扉を開けて入ったダイニングから大きな声が聞こえる。
「おら! 4カード!」
「あーくそ! 負けた」
「おっしゃ! 罰ゲームだ! 上着一枚脱ぎな!」
女性三人が丸い絨毯の上で、ポーカーをしている。しかもかなりイヤらしい罰ゲームをルールに入れて。やはり、この世界にもトランプはあるらしい。カードを広げ、彼女らは興奮とともにゲームに没頭している。
「これ、勝ち?」
「あんたそれブタじゃないの……」
「ほら、フレナも一枚脱ぐんだよ」
「なんでポーカーの役すら教えてないのよ」
「情弱を脱がすのが気持ちいいからさ」
「この腹黒……」
二人の少女が上着を脱がされる。上半身はシャツと下着だけの薄い格好。その綺麗で艶のある肌を視認した青年二人は、思わず首ごと目を背けてしまう。
「トランプを元にした魔法に苦しめられたばかりなのに……三人ともよくポーカーなんかできるよ」
「これだけ図太くないと、テロリストなんてやってられないからな」
「ちょっと! 何勝手に入ってきてんのよ!?」
思わず両手で肩や胸を隠す、恥じらう赤い髪の乙女。それを見て、進の胸には罪悪感が芽生えるものの、正当性を主張する。
「勝手にって……今洗濯物を回収中だろ? 聞いてないの?」
「あん!?」
フォランはメリアを睨みつける。本日、全体の指揮係をしていた彼女は「あっそうだった」と軽く呟くだけ。少女の額に、小さな波が寄せる。
「私たち服を切られまくって、肌なんかとっくに見られてるだろ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「命の恩人なんだから大目に見てやりなよ」
人差し指をフォランに突きつけられて、進は時間の流れに取り残されたかのように静かに立ち尽くす。そもそも皆が使用するダイニングで何をやってるんだという話ではあるが。誰かの部屋でやるという選択肢はなかったのだろうか。
「あんた達もやりなよ。脱衣ポーカー」
「さっきから何言ってるのよ!」
「男側は一回でも負けたらパンツ一枚だね」
「まあ、それならいいけど」
いいのかよ、と進は心の中でツッコミを入れる。レートは滅茶苦茶ではあるが、正直そこまでの暴利を払ってでも参加したくなるほど、目の前の三人は見目麗しかった。
先日の死闘で傷が増えてはいるものの、それでもずっと見ていたくなるほどに。
「で、でもラハムは負けてもいきなり脱ぐんじゃなくて、半分ずつでいいわよ」
「……それって俺のは破くってことか?」
「えげつな」
「ち、違うわよ! 二回負けたら一枚ってことよ!」
「この子はもう、本当にこういう時はポンコツだね……」
「?」
こういう時という言葉に進は引っかかった。もしかすると、この二人かもしくは片方には、何か特別な関係性や感情があるのだろうか。
考えてみれば来たばかりで、この四人の人間関係を掴みきれていない。 彼らの間には、まだまだ解明されていない秘密や微妙な関係が潜んでいるのかもしれない。
「じゃあ一回だけやるか」
「まあ一回だけなら」
一戦だけなら、仮に勝っても誰かを全裸にすることはないだろう。そう判断した二人は座り、ゲームに参加する。慣れた手つきでポーカーの札が配られる。一体どこでメリアはカードの扱いを覚えたのだろうか。
「そういえば俺たちが城で出会った奴、結局あれって何だったの?」
「正確には分からないけど、多分ミルグのはぐれ狼ってとこね。たまによくあるのよ。ああいうのが狂気に侵されて出没すること」
「あそこは国境だけど、国の中心地からは遠く離れてるからほぼ反撃されない。遊猟にでも来たんだろうね。邪悪なこった」
あれだけ残虐なことをした理由が、戦争でも復讐でもなくただの狩り。魔力による狂気とは、相当に恐ろしいものだ。元々あの女王が歪んでいただけかもしれないが。
「あと、前から思ってたけどアークウィザードって何なの?」
「この世界の魔法使いのランクの一つよ。下からマジシャン、ウィザード、アークウィザードの順で強いの。それぞれ初級、中級、上級があって、そこでも格付けされてるわ」
「合計で九段階だな。それより上のランクもあるが、それはもう帝王や分国の統治者とかのトップレベルになる」
「へー……皆はどうなの?」
「私とフレナは上級のウィザードだけど、二人は初級のアークウィザードだね。フォランは出力だけなら、中級くらいまでいくんじゃない?」
「それってすごいんじゃ?」
「そうだねえ。アークウィザードになれるのは全人類の中で百人くらいだから」
「でも実際のところ、格付けは雑なのよね。一応認証してくれる存在はあるけど。基本的にタイマンで勝った相手のランクと同等か、それより一段階上になるわ。それがこの世界の暗黙のルールよ」
身分の格付けが決闘で決まるなど、この地の価値観は元いた世界の幾百年も昔のものか。進は静かに畏れと嫌悪感を抱いた。
「はい、交換終了だね。私は3カードさ」
「引き強いわね……わたしは2ペアよ」
「俺は1ペアか」
「ふん!」
「ふん! じゃないのよフレナ……あんたそれブタだって」
「進は?」
「フルハウス」
「げぇっ!?」
メリアが苦虫を噛み潰したような表情をする。彼女だけでなく、周囲の女性陣も。そんなに嫌なら変な罰ゲームなんて設定しなければいいのに。進は訝しんだ。
「はーあ。脱ぐか」
「言う前に脱いでんじゃないわよ、この痴女」
「あんたらも脱ぎなって。水着だと思えば恥ずかしくないから」
言ってる理屈は分からないでもないが、思わず目を逸らしてしまう。こういったときに、勢いで踏み込めないのが進の性格なのだ。仕方がない。
「いいよもう、どうせ洗濯物を干しに外に出るから」
「ふーん、そうなのね」
紳士と言えば紳士だが、ちょっと臆病かもしれない。だが、彼女たちにその姿は値踏みされていたようだ。最近入ってきた男は厚顔無恥ではないと。
「遠慮せずに堪能していきなって。フォランの下着を」
「なんで私限定なのよ」
「俺も、もう行くぞ」
「私も行こうか。手伝うよ」
「姉さん、服着ろよ」
「はいはい」と言いながら、脱いだ上着とインナーを着直し、作業を手伝い始めるメリア。どうしてこの人は二枚一気に脱いでいるのだろうか。
彼らは外の庭へと出る。風が心地いい。青空も透き通り、最高に気分がいい。数日前に誰かと殺し合いをしていたなんて信じられないほどに。
「進は私たちの中で誰が一番好み?」
「えっ!?」
唐突な質問に進が戸惑う。そのしどろもどろになる様子を見て、メリアはニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべ、対照的に好青年ラハムは軽くため息をついた。




