C3-0 英雄が死んで生まれた日 (歌姫アルジェ 挿絵あり)
小さな湖のある草原に一人、茶髪の少女が座り込んでいる。彼女の端正な顔は、何とも複雑な表情に歪んでいる。驚き、恐怖、愛情が均等に入り混じったような。
動揺を露わに少女は目の前の青年、多田進を見つめながら叫ぶ。
「どうして!? 私といればあなたは英雄になれるのよ!?」
急に強い風が吹く。ザァァっと揺れる草は、まるで彼女の叫びに反応するかのようだ。風により何枚もの木の葉が近くの湖に落ち、終わらない波紋を作り出す。まるで今の混乱した状況を表すかのごとく。
「そうかもな」
進は平然と言葉を返した。言葉自体は肯定の意味であっても、込められた感情は無音のごとく空虚だ。
「だったら……」
もしかすると説得できるかもしれない。少女がそんな淡い期待を抱いた瞬間、彼はナイフを強く握りしめる。刃渡10cmを超える真紅の色の持ち手のナイフを。
それはオーパーツと呼ばれる、古代に作られた特殊な武器。最上位の魔法使いを傷つけられるほどの。
「っ!」
驚く彼女にお構いなく、彼は振りかぶりながら駆け寄ってきた。悪意と敵意と殺意を抱いて。少女は恐怖のあまり、足が竦んでいた。
「それでも俺は、こう生きる」
ナイフは少女の小さな喉仏を、ズブリと貫く。
「あああぁぁぁ!?」
上がる悲鳴。倒れもがき苦しむ少女を、彼は汚泥でも見るかのように冷たく見下げている。
「お前みたいな悪魔と、それを統べる帝王を地獄に叩き落とす。俺がここに来た理由が、きっとそれなんだ」
ドドメは刺せなかったが、ちょうどいいと思えた。最後の瞬間まで、この子に痛みと向き合わせると誓う。死ぬまでに僅かでも罪滅ぼしの前払いをさせるのだと。
そしてこの瞬間に完全に決まった。いや、決めてしまったのだ。多田 進は大国への反逆者、テロリストとなることを。




