C2-14 彼女もまた英雄
「助かったわ、ありがとう」
フォランは気が抜けたのか、地面に座り込む。進も倒れ込むように、隣に腰を下ろす。二人とも傷口が開き、痛みと疲労困憊で気を失う寸前だ。
「他の三人は……無事なのか?」
「皆よくないわ。特に姉さんはまずいわね。あんたも私もだけど」
強気だった少女から、悲痛に溢れる小さい声が出た。よく見れば、彼女は少し涙を浮かべている。
「……」
進は何も言えなくなり、ただ下を向いた。地面は所々血で赤く染まっており、思わず目を閉じる。
「治させてくれ。私は回復系の魔法を使える」
「!?」
突如、背後から謎の老人の声が聞こえる。先ほど橋を跳ね上げ、全員を閉じ込めた老人だ。
「!? 一体どこから来た!?」
「城の裏に橋がある。それを渡ってきた。君たちも、そこから馬車を進ませられる」
「あんた、信じてもらえると思ってんの?」
「気に入らなければ殺せばいい。私はただの老人だ」
「やること全てが胡散臭いのよ」
フォランは彼に向けて手をかざす。その気になればいつでも焼死体にできるようにと。
「……分かった。厚かましかったな」
老人は背を向けて、とぼとぼと帰ろうとする。背後から見える、高級そうな革のジャケットをヨレヨレにしたままに。
「どうしてあの悪人の側についてた?」
進は声をかける。彼も決して許したわけではないが、このまま何も知らずに消えられるのは気持ちが悪い。要するに知的好奇心からの質問だった。
「私は元々この城で働いていた。孫を人質に取られていた」
「……」
二人の表情は怒気を含むものから一転、哀惜に満ちたものになる。納得はできる。それなりの理由はあったのだと。
「その子はどうなったの?」
「あそこに積んであった。首だけが」
「!!」
誰も彼も何も言えず、感情を失ったかのように表情が凍りつく。その言葉を言い終わると、老人は女王だった黒いモノを踏みつけ始めた。泣きじゃくりながら。
「この!! 落ちろ!! 地獄に!! うぅ……」
それは灰となり、風に吹かれて消えていく。最後には、地面に女王の影だけが残る。二人はただ黙って、その光景を見続けていた。
「完全に信じることはできないけど、頼むよ。あそこの金髪の人から直してくれ」
「ちょっと……」
「心得た」
「はあ……妙な真似したら、楽に死ねないわよ」
老人は青白い光ととも魔法でメリアを治療する。青ざめていた彼女の顔も、生気を感じられる肌色に戻っていく。その後老人は、重症に見える人間から順に全員を治していく。
元々老人の魔力は強くないので、全員に対して完全な治療はできていなかった。しかしおかげさまで、皆が命の危機からは脱したようだ。
「助かった……」
進は仰向けに寝転がる。空はどこまでも青く、空気が美味しく感じる。ようやく、心も晴れ渡る。
「私は許しはしないけど、追いもしない。次に悪事を働いたら、徹底的に苦しめる」
「……ありがとう」
老人は歩いて去っていった。彼もただの人間で、被害者だ。世界が狂っていなければ、素晴らしい出会いがあったかもしれないのに。
「まあ、文字通り九死に一生だったわね」
「どうして戦うんだ? たった四人で……こんなに強くて狂った相手に挑むなんて」
全てが終わった後、進の口から出た言葉は労いではなく、疑問だった。それはもう、今後彼女たちに傷ついてほしくないという想いから発せられるもの。
「死なせたくないの、罪のない人たちを。ここにいる仲間を。あんたも含めてね」
「でも、人数が少なすぎるだろ?」
「これでも多く集めてもらったほうよ。有能な人たちは、他の任務に出払ってるから」
進は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。帝国との戦力差は約十倍だと聞いていたが、それがこのように現場に反映されるのかと。
今まで働いたことはないが、初めて入った会社がブラック企業ならば、こんな気持ちになるのだろうか。
「それに、あの鏡は一日合計で十回くらいしか使用できない。だから往復含めて五人程度で限界なのよ」
「!!」
彼女はあの鏡をそんなに便利なものではないと言っていたが、そういうことだったのか。と、進は納得する。効果を知ったときは反則級だと思ったが、そこまで美味しい話はないようだ。
「まあ、あとは死んじゃった人たちに偉いって褒めて欲しいのよ」
「死んじゃった人たち?」
「父さん母さん、街の人たちにね。よくやった、お前は誇りだって。あの世で全く曇りのない笑顔を見せつけてやるのよ」
フォランは歯を見せながら不適な笑みを浮かべる。これが彼女の本来の姿なのだろう。幾度も侮蔑の言葉を放ち、敵を殺めようとも、詰まるところはただの女の子だ。
「要するに、英雄になりたいのよ。あんたと同じで」
「意外と純粋なんだな」
「意外とは心外ね」
目の下を真っ赤にしたまま、彼女は頬笑む。血だらけの彼女の微笑は美しく、とても価値あるものだった。進にとっては一生忘れられないほど。
二人は仲間たちを馬車に担ぎ込んだ後、程なく荷台で眠りに入った。二人だけではなく、全員が寝静まっていた。座り込んで待機していたペガサスのベレオンは、そんな彼らを見た後に、呆れるかのように欠伸をした。
この作品では、主人公たちが圧倒的なチート能力を得る予定はないです。
成長はしますが、敵のほうがスペックは基本的に上です。
チート能力がなくとも、知恵と度胸で格上に打ち勝つというのがこの作品のテーマです。
もしも応援してくださるなら、★評価やブクマなどをどうかお願いします。




