C2-4 不思議の国
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「何分か待たせたのに、向こうから攻めてこなかったわ。つまり、城の方に奴らが圧倒的有利になる仕掛けがあるってことね」
鏡から出てきた四人に、フォランが淡々と状況を説明する。慣れた表情だ。頼もしくもあるが、何度もこういった場面に出くわしてきたと考えると、悲しいものを感じる。
「慎重に行こう」
五人はゆっくりと歩く。まるで暗闇の中を歩くかのように、慎重に一歩一歩、歩みを進める。
「重たい……」
進が身につけた装備の重量は10キロを超える。部活で大量のボールとバットを抱えた時もこんな感じだっただろうか、懐かしい。進は先頭を行く四人を、瞬きせずに見つめていた。
そして、数分ほど進んだ先の庭の中に、背の高い、邪悪なオーラを放つ女が立っていた。赤と黒の縞模様の服を着た、女王が。隣には幸薄そうな従者の男、ブリタが猫背で立っている。
「あれが親玉か」
「ひっ!!」
進は思わず悲鳴を上げてしまう。庭の隅には、老若男女の首がまとめて積んである。腐りかけのものから、生気が残っていそうな新鮮なものまで。綺麗な芝と花が生えた城の庭に、気持ちの悪い血の匂いが充満していた。
「ほう、雌豚どもが三匹か。これは痛ぶりがいがありそうだ」
離れた場所から、女王の大きなダミ声が聞こえる。強く、禍々しく、自信に溢れた声だ。
「あんた、ミルグの魔法使いなの?」
「女王様と呼びな! 下民が」
フォランの問いに対して、正確な返事はない。だが、否定しないということは、おそらく帝国ミルグの出身だろう。それを裏付けるように彼女はミルグ特産の赤い宝石を、指や首などに多数つけている。
「あんた、どうして国境を封じて殺戮なんかしてるのよ?」
「下等な生き物が! 私に口をきいてもらえると思ってるのか?」
「本当に、それでいいのね? 遺言は!」
「あん!?」
フォランの響き渡る声。女王の眉間に皺が生じる。そこそこの年月を生きてきた女王だが、ここまで生意気な女に会ったのは初めてだった。男なら何人かいたと思うが。
「豚が! 礼儀を叩き込んでやるよ」
「品性の欠片もない奴が、礼儀なんて教えられるわけないでしょ!」
「こんのガキが!!」
フォランの煽りにはもちろん、戦術的な意味がある。基本的に怒っている相手は動きが単調になり、視野も狭くなる。戦い慣れしている相手には効かないことも多い。
だが、同格以上とのまともな戦闘経験が僅かな女王に効果は絶大だった。
「行きな、トランプ兵ども! あいつらの手足をぐちゃぐちゃにしてこい!」
2から8までの数字が刻まれた、七体のトランプの兵士たちが青白い光とともに召喚され、左右に分かれて突撃してくる。動きは直線的で単純なもの。
それぞれ高さ1mほどの大きさのトランプに、丸いのっぺらぼうな顔と細い細い手足がついている。まるで薄気味悪い落書きのような姿だ。それぞれ、槍や剣、弓など多彩な武器を持っている。
ーーあれは、トランプ!?
後方の影から様子を見守る進は驚きの表情を浮かべる。この世界でも、トランプという嗜好品はあるのだろうか。あったとしても、最悪の再会ではあるが。
「長弓!」
ラハムが魔法で長い弓を生成し、左翼のトランプ兵たちを三本の矢で素早く撃ち抜く。撃ち抜く瞬間、接触した箇所に結晶のようなものが生じ、ガキィと鈍い音がする。
これが、魔晶化という現象だと、進は理解する。魔力量に差があったため、一方的にラハムが打ち勝つことになる。
「M1!」
一方、フォランは矢のような炎を手から放ち、右翼の敵四体を焼き払う。その炎はトランプ兵たちを貫通し、女王の元へと向かう。
だが、火は赤色で半透明の、ハートを散りばめた丸いテントのような防御魔法に弾かれる。互いのその一手は、両者を驚かせた。
「!? 口だけじゃないようだね……」
ーーいや、それよりも何だ、この炎は!? どうして魔晶化が起きずにここまで届いた? 普通ならトランプ兵と炎が結晶化して、相殺するはず。
ーーなのに、この炎は魔晶化が起きないだと!? あの赤豚の炎は魔法じゃないのか!?
「いきなりルールを無視してるじゃないか……」
驚いたのは進も同じだった。メリアに騙されたのかと思ったが、敵の女王の驚愕した顔を見る限り、どうやら普通ではないことらしい。実は、この現象について、フォラン本人も含めて誰も理由をわかっていない。
だがそのおかげで、魔法で相殺できると思った悪党を何度も一方的に炙り殺してきた。相手の魔法を防げない分、フォランにも危険は及ぶが。
「なんなのあのテントみたいな防御魔法……どういうこと? あの女は魔法を複数種類持っていて、同時展開できるってこと?」
女王デスコヴィの魔法は、絵札の騎士。それ自体が一つの魔法で、兵士や防護壁など複数の種類の能力を同時に発揮できる。
だが、一度に使役できる兵の数には限りがある。加えて、上位の存在になればなるほど、同時に召喚できる数は限られる。
女王は女王で、魔法の多様性を活かして何度も相手を打ちのめしてきた。この世界のほとんどは意思伝達などの基本機能を除き、一人につき一種類の魔法しか所有していない。
ゆえに、トランプ兵しか出せないと予想した相手を何度も返り討ちにしてきた。術者を倒せば勝てると突っ込んできた敵を、防御壁ーー12で絶望させてきたのだ。
「あーイラつく……ブリタ! 魔法だよ!」
「は、はい!」
ブリタがラッパを吹く。全員が身構え、防御の姿勢を取る。だが、聞こえてきたのはただの間の抜けたパッパラという音色だけだった。
「ふう……こういう時こそ落ち着かなきゃね」
まるで風呂に浸かるかのような気の抜けた顔になる。女王だけでなく、その場に居合わせた皆の顔が緩む。
「なんだいこれ? なんかやけにリラックスしちゃうね」
ブリタの魔法は不思議の国。ラッパの音を聞いた相手を安心させ、脱力させる。ただ、それだけの魔法。だが、怒りっぽい性格のせいで後悔することが何度かあった女王には、重宝されていた。
全員の気は抜けたものの、しばらくの間は膠着状況が続く。互いに互いの情報を探り、咀嚼している。女王も例外ではなく、頭を激しく回転させていた。
ーーあの優男の魔法は武装魔法だね。パッと見の出力は上級のウィザードレベルか?
武装魔法。それはこの世界ではメジャーな魔法の一つ。武器を生成して戦う。基本的に出せる武器は一種類で、複数の武器を一度に生成できない。
ーーあの赤い小豚は謎の炎の魔法を使う。こっちの威力は初級アークウィザードくらいか? 生意気な。
炎を出す魔法。こちらもこの世界ではメジャーな魔法だ。しかし、フォランは常人よりも出力が並外れて強力。加えて、魔法で魔法を相殺できるこの世界で、そのルールが適用されないという希少な特性を持っている。
ーーあの後方にいる金髪と三つ編みはなんなんだ? さっきから何もしない。
フレナとメリアは、離れた後方からじっと様子を伺っている。どうやら、二人の魔法は、攻撃に特化したものではないらしい。
全員が様々な思考を巡らせる中、一人独特な考えを持つ男がいた。城の入り口の影から状況を見守っている、進だ。
ーーどうして兵士の番号は2から始まったんだ? 普通は1からじゃないのか?
些細なことではあるが、彼はトランプ兵の番号の開始順に、言い表せない不気味さを感じていた。
「絶対に何かの仕掛けがあるはずだ。突っ込んじゃだめだよ」
メリアが全員に静止の指示をする。近距離戦はリスクが高い。それは異世界でも同じこと。まして、今回は明らかに庭に誘い込まれており、罠がある可能性は非常に高い。ゆえに全員が、遠距離から周囲の様子を伺っていた。
「無闇に突っ込んで来ないか……戦い慣れしてやがる」
まだ完全に見破られてはないようだが、テロリストたちは仕掛けがあること自体には気づいている。そして女王は認める。目の前の連中は只者ではないと。
「ふん、行きな。9、10」
「!!」
黒い大砲を持つクローバーの9が刻まれたトランプの兵士。それに加え、ダイヤの10の番号を刻んだ兵士が召喚される。10は菱形の赤いハンマーを持っている。
全員に緊張が走る。今までの兵士たちとは格が違う魔力量、ここからが本番なのだと。
ちなみにラハムの魔法名は歴史上の戦争の名前からとっています。
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