C2-3 止まれぬ正義
時は数分前まで遡る。
「あんのジジイ……」
「すまない、すまない……」
フォランが睨みつけているのは、独り言のように謝罪をする謎の白髪の老人だ。先程までずっと隠れていたようだ。大した魔力を持ってないようで、すぐ近くに来るまで気づけなかった。
そこは国境に設けられた、関所と城を兼ねた施設だ。馬車は城へと繋がる、石造りの橋の上を渡っていた。橋は片側が跳ね上げ式で、老人により上げられてしまう。つまり来た道は崖となってしまい、戻ることができない。
残った方は城の大きな庭へと繋がっているが、明らかに誰かが待ち伏せている。おまけに周囲は断崖絶壁。空を飛べればいいのだろうが、生憎ペガサスであるべレオンの翼でも馬車ごと飛行はできない。
「この先に間違いなく、ろくでもない悪人がいるわね」
庭の方から敵意とともに、邪悪な魔力を感じる。魔法を実際に出すまで魔力の底は分からない。だが、本能的に凶悪な存在が待ち構えていると分かる。
「進に武装させて、連れてくる」
「!? 本気で言ってるの?」
フォランの表情には、怒りと呆れが同時に浮かんでいた。『素人を矢面に立たせても、死ぬだけ』と言わんばかりの冷たい目つきだった。
「閉じ込められたんだ。一人にさせても死ぬだけだよ」
「来ても死ぬでしょ」
「私たちから離れさせて、後方の監視をさせる。それなら危険は少ない」
険しい表情のフォランとは対照的に、淡々と話すメリア。真昼、太陽が照らす石畳の橋の上で、鳥の鳴き声だけが聞こえる。
「私たちの家に逃すのは? 鏡を壊せば追えないわ」
「あの家は辺境の中でもさらに辺境にあるのは知ってるだろ。食料のストックもほとんどない。あの子だけならいつか野盗や獣に襲われて死ぬ」
「……愚問だったわね」
——————
そして、今に至る。
「姉さん、何が起こったんだ?」
話ながら、ラハムはリビングの籠に置いてあった武装を装着する。フレナも自室に戻って早々に準備を整え始める。二人とも疑問は持っているものの、慣れた顔つきだ。
「国境の城に敵がいる。今は橋の上にいるけど、片側が跳ね上げられて戻れない」
「待ち伏せされてたってことか」
「多分、私たちを狙ってるわけじゃなく、無差別にやってるね。血の匂いがあちこちからする」
「……やりたい放題か、ふざけるなよ」
先ほどの温和な表情と雰囲気から一転し、激昂するラハム。怒りを燃やすラハムとは違い、進は衝撃のあまり何も考えられず、頭が真っ白になる。
昨日の今日でこんなに争いに巻き込まれるとは。この世界はあまりにも狂っている。
「進も武装するんだ。私たちの後ろを、馬ニ頭分離れてついてくること。背後から敵が来たなら叫んで教えて」
メリアはリビング端の箱から、先端の細い筒状の何かと刀に近い形状の剣を取り出す。筒状のものは銃だろうか。引き金と持ち手が見える。加えて、鎖帷子のような防具もだ。そして、それらを進に差し出す。
「気をつけないといけないのは、銃は三発しか打てない。その上、威力も大したことはない。頭に当てれば気絶くらいはさせられるかもしれないけど」
「え!? いや、ちょっと……」
「あと、剣の方はちゃんと何かが切れるのは数振りだけ。攻撃時は柄のトリガーを握って、魔力を刀身に巡らせる。誰かが魔力を込めれば両方とも、また使える」
「待ってよ! 俺は戦えないよ!」
「戦わなくていい。その武器も飾りだ。危なくなったら私にしがみついてな」
「いや、この家にいようよ! 鏡を壊せば追ってこれないだろ?」
一瞬、その言葉で全員が沈黙する。もしかすると全員が本当はそうしたかったのかもしれない。オアシスを夢見るような儚い表情になる。だが、皆がすぐに現実へと戻り、鋭い目つきになる。
「確かに不利な状況は抜け出せるだろうさ。でも、この家からこの国境に戻るには何週間もかかる。その間に、橋を通る人たちがどんな目に遭うか分からないよ」
「じゃあ橋や城を破壊して逃げれば……」
「敵が黙って見てるわけない。それに、根本的解決にならない。あんたも分かってるだろ」
メリアの鋭い視線と言葉。進は何も言えなくなり、固唾を飲む。
「俺たちは偵察も何もせず、悪人から逃げるわけにはいかない」
「それに、今までも不利な状況なんて何度もあったからね」
自身の危険も顧みない、彼らの正義の心。思わず胸が熱くなる。たとえこれから死地に赴くことになろうとも。
「怖いなら、隠れてていい。鏡、壊していい。私たちだけでやる」
自室から戻ってきたフレナ。胸や首、要所要所を硬質の素材で固めた戦闘服を着ている。先ほどまでの、のほほんとした表情とはうって変わって、覚悟を決めた凛々しい戦士の顔つき。
可愛らしさに似合わない、強く鋭い眼光が彼女の両目に灯る。
ーー大丈夫、進はきっと特別になれる
頭の中で祖母の声が聞こえる。
「……俺にできそうなこと、全部教えて」
多田進は度胸がないわけではないが、どちらかといえば臆病な人間だ。だが、自分と歳がほぼ変わらない人たち。まして、女性たちを戦わせて一人逃げるような腰抜けではなかった。
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