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異界英雄物語  作者: mania
Chapter1 英雄
15/73

C1-15 作られる英雄


——————————

 


「あんたにお客さんみたいよ」



 村を見回って帰ってくると、元いた木造の小屋の前で待っている人がいた。あの森で進が助けた赤毛の親子だ。



「無事でよかった」


「お互いにね」



 進は膝を曲げ、女の子と目線を合わせる位置まで高さを合わせる。そして女の子を思わず撫でる。喜んでくれているのか、笑顔で体を左右に揺らす。



「今更だけど、あのとき魔法で相手の場所がわかるなら一緒に逃げたほうがよかったんじゃ?」


「私の魔法は殺意とか負の感情を持っている人間の場所が半径15mくらいの範囲で分かるだけ。だから、あの男がすぐ近くに来るまで気づけなかったの」



 つまり、気づいたときには手遅れだったのだろう。不便な魔法だ。おそらく一般人の魔法の質はそんなものなのだろう。



「それに、野生の勘とでもいうのかしら。正確に私たちの方へ走ってきてたわ」



 足跡、あるいは匂いでも追ってきたのだろうか。一度フォランから逃げ延びたように、泳ぐのも早かった。


 おそらく長い間、自然の中で暮らし、狩りなど野外活動が得意だったに違いない。もっとも、その能力をまともな事には使えなかったようだが。



「しかも、私もこの子も足を捻って早く走ることはできなかったのよ」


「!! もしかして、あの台車で滑ってきた時に?」


「……」



 女性は言うべきではなかったと、ハッとする。安心してつい、喋ってしまったのだろう。



「ごめんなさい」



 進は立ち上がり、二人に向かって頭を下げて謝る。 腰を綺麗に九十度に曲げて。



「あなたのせいではないわ。選んだのは私たちだし」



 焦っていたとはいえ、軽率な行動をとってしまったのかもしれない。二度とあんな目には遭わないことを願うが、次はもっと慎重に計画を立てなければ。



「今更だけれど、あなたはどこから来たの? 見たこともない服装と顔つきをしているわ」


「日本……全然違う国から突然飛ばされてきたんだ。今のところ帰り方も連絡手段もわからないけど」


「そんな現象聞いたことないけれど、あるとすれば魔法くらいかしら。あなたを呼んだ意味は、分からないけれど」


「確かに……」



 そもそもどうして自分はここにいるのか。魔力も何もないのに。単なる事故なのか、何かしらの意図があったのか。しかし、今は何も分からない。呼び出された場所には誰もいなかったし、何もなかった。



「よければ、私たちと暮らさない? 夫が亡くなって、男手が足りないのよ」


「え?」


「この子もあなたに懐いているようだし」



 女の子は目を輝かせている。どうやら母親の言っている意味は理解しているようだ。兄か父かは分からないが、新しい家族ができると考えているのだろう。



「暮らすって、ここは無法地帯じゃないか。危険なんじゃ?」


「そうね。今回はたまたまテロリストの人たちが間に合っただけ。あんなに強い連中が来たのは初めてだけど」


「じゃあ、どうしてもっと安全な場所に行かないんだ?」


「ほかに行くところがないからよ。誰でも好きに色んなところへ行けるわけじゃない」


「テロリストに頼んでみれば……」


「もうやったわ。この子だけでもってね。でも、どうしても行ける場所がここしかないの」


「俺からもう一度頼んでみるよ」


「無意味よ。あの人たちのいる国の中心部は、一度入場を断られたら終わりなの。例外はないわ」



 審査を一度しかしない街などあるのだろうか。そもそも普通は必要な書類などがあれば許可されるはずでは? と進は思う。


 しかし、女性の表情は暗く、重く、疑問を投げ返せるような雰囲気ではなかった。



「もしもあなたが同じように、他に行くところがなければ一緒にいましょう」


「……ありがとう、考えてみるよ」



 確かにどこにも当てがないなら、ここで暮らすのもありかもしれない。顎に手をあて、そう考えている進の様子を少し離れた場所から伺っている人間がいた。それはメリアだった。


 

——————————

 


 女性と話してから数時間ほど経過した。日はとっくに暮れ、夜闇の中をランタンと月明かりが照らす。三人は食事をしている。手のない進の代わりに食事を作ってくれたのはフォランとメリアだ。



「美味い! 人生で一番美味しいかも」


「大袈裟ね」


「はは、ありがとね」



 野菜や鶏肉を入れて塩で煮込んだ鍋、それとただのパン。中世の質素な食事ではあるが、空腹で疲労困憊の進にとってはこの上なく染み渡る食事だ。間違いなく、今日は人生で一番苦しかった日なのだから。



「はい、あーん」


「え?」


「手がなくて大変でしょ?」



 フォランがスプーンで煮鍋の具をすくい、進の口元まで持ってくる。これはカップルとかがよくやるやつだろうか。女性とまだ付き合ったことのない進は赤面になりながら食べようとする。



「えっ、あっ、いただきま——」


「ぱくり」



 フォランが進の口元まで持ってきたスプーンを即座に自分の口へと移動した。つまりは、ただのからかいだ。



「ははっ、残念だったわね」


「……」



 進はフォランを細い目で見つめる。どこまで人を演技で弄ぶのだろうか。命の恩人でなかったら、今頃食べている鍋をひっくり返していたかもしれない。



「可哀想に。じゃあ私があっついのを食べさせてあげよう」


「自分で食べるよ、もう!」


「あはは」



 腹立たしくはあるが、彼女らの本当の姿を見れて嬉しい気持ちにもなる。こんな世界でなければ、ただの女の子でいられたろうに。



「私は後片付けしておくから、フォランは先に帰ってな」


「……分かったわ」



 フォランは何かを察したのか、少し間を置いてから返事をする。そして、その後すぐに扉を開いて出ていった。



「進、ちょっといいかい」


「うん?」


「あんた、私たちと来ないかい?」


「え?」


「ちょうど一人、雑用とかいろいろやってくれる人が欲しかったんだよ」


「いや、その.……まず、二人とも何をやってるか教えてほしいんだけど」


「んー、内緒にできる?」


「それはもちろん。命の恩人だし」



 というよりも黙ったまま連れて行こうとしていたのか。なかなか狡猾だ。数時間前に会った婆やに腹黒と呼ばれるだけはある。



「じゃあ言おうか。一言で言えば、私たちは帝国ミルグに仇なす組織だよ。どこに所属しているかはまだ言えないけど」



 さらっととんでもないことを言われて進は驚く。テロリストと呼ばれていることから、ある程度の予想はしていたが。



「帝国に刃向かうってこと?」


「そうだね」


「帝国って、どれくらい強いんだ?」


「私たちの国より十倍は強いかな」



 絶望的といってもいいほどに圧倒的な差だ。それならなぜ刃向かうのだろうか。



「どうしてそんなことを?」


「ミルグは従わない人間はどんな目にあっても無視する。その上、非国民は平気で虐殺する国だからさ。この村の周辺はミルグが勝手に領土だって宣言してるだけで、村人は従属してない。だから無法地帯になってる」


「そんな……」


「もちろん私情も入ってる。私たちは家族や友人をミルグの連中に殺された」



 先ほどまでの明るいメリアから一変し、重く暗い表情と雰囲気を醸し出す。それを見ている進も、思わず全身が強張ってしまう。



「でも、俺は戦力にならないんじゃないか? 雑用係だとしても、雇うならせめて魔法を使える人にしたほうが」


「信頼できるからさ。見ず知らずの人のために行動できるなんて、立派だよ」


「いや、でも、俺だって出会ったばかりで信頼できるとは限らないんじゃ」


「魔力がないってだけで狂気に駆られることがないから安心できるのさ。気分とか曖昧なものでなく、構造的にあんたはまともなんだよ」


「安心……」


「戦うだけが能じゃない。進にしかできないことが、この世界にはある」


「!!」



 またもやかけられる、自分は特別な存在という意味の言葉。大したことはしていないし、できない。それは自分でもわかっている。だが、どうしても胸が高まってしまう。



「ちなみに、あんたが戦力になるかどうかは戦い方次第だよ。暖簾(のれん)に腕押ししても意味はないけど、燃やせば消えてなくなるようにね。無理やり殺し合いをさせる気はないけど」



 殺し合い。今までフィクションの中では飽きるほど見てきたこと。だが、実際に自分に他人の命を奪えるのだろうか。例えそれがどうしようもない悪人だとしても。



「ごめん、すぐには答えが出せない」


「それもそうだ。でも明日には出発しないとならない。私たちは自分の国へ帰るよ。この村よりも安全で発展しているところさ」



 国名はまだ教えてもらえないようだが、どうやら彼女らはミルグという国の出身ではないらしい。テロリストなのだから、当然といえば当然だが。


 となると、消去法で村長が言っていたエディティアという国から来たのだろうか。もしかすると、この大陸には他にも様々な小国があるのかもしれないが。



「仲間になるかどうかは置いておいて、とりあえず来てみたら? 行き交う人や情報の量も多い。元の国へ戻る手がかりも見つかるかもね。この村に戻りたければ戻ってもいいし」


「……まあ、考えてみる」



 そしてメリアは扉を開けて出ていく。だが、出てすぐ近くにフォランがいた。会話は聞かれていたようだ。



「惚れ惚れする口説き方だったわ。でっち上げの理由も妥当なところね」



 二人は進に聞こえないよう、元いた小屋から歩いて離れながら話す。村人の姿ももう見えない。皆、家の中で団欒としている時間だ。



「あんまり褒めるんじゃないよ、照れるだろ。誰かさんが勝手に逃がそうとするから、熱弁を振るわないといけなくなったよ」



 先ほどちょっと刺々しい態度だったのは進を逃がそうとしたのが原因かと、とフォランは呆れて脱力した表情になる。



「はあ……ラハムとフレナを呼ばなかったのはこういうことだったのね。あの二人は多分止めるだろうし」



 そうかもね。メリアはそう言いたげに、目を閉じてふっと笑う。



「あいつの価値は分かるわ。させたいことも大体予想がつく。でも連れて行くのなら多分死ぬわよ」


「そうならないよう尽くすさ。ただ、あの子がいないと詰む場面があるかもしれない。それだけは避けなきゃいけない」


「だとしても、罪のない人間を巻き込んで戦う理由がどこにあるっていうのよ?」



 フォランの言葉は口調こそ冷静だが、怒りや戸惑い、複雑な感情がこもっている。



「あいつはいい奴よ。危険を承知で無関係な人間を助けるくらいに。生かすべき人間よ」


「だけど、本人は英雄になりたがってる。目の輝きを見ればわかるさ」


「英雄なんて勝ち残った人間だけがなれるものでしょ」


「あの子を確保しなかったせいで負けたら、今まで死んでいった人たちにどう言い訳するつもりだい?」



 今度はメリアの言葉に憤りや不安など、複雑な感情がこもっている。背に腹は変えられぬという強い意志を感じる。果たして、進の何がそこまで彼女を突き動かすのだろうか。



「他人を都合よく利用するなんて、私たちが殺してきた相手と大して違わないわよ」


「本人の許可なく危険な場所には出さないし、死ぬような危険が迫れば逃す」


「一緒に旅に行かせる時点で破綻してるわよ、そんなの」


「責められるのは私だけでいい。あんたたちに重荷は背負わせない」



 僅かな間、二人は立ち止まり、沈黙が流れる。それは十秒ほどの短い時間だったが、両者ともに頭の中は洪水の如く、様々な情報と感情で溢れかえっていた。



「姉さんだけに責任押し付けて、能天気に生きられるほどよくできた人間じゃないわよ。私もみんなも」


「結局決めるのは本人だよ。もう行こう」


「そうね……」



 二人は集合場所の広場へ向かって歩き続ける。その時にはもう、月は雲と夜闇に隠れて見えなくなっていた。  

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