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異界英雄物語  作者: mania
Chapter1 英雄
14/73

C1-14 希少性

 

 その一言を言った瞬間、メリアの黒い瞳が狩りを行う猫のように楕円形になる。今までにいたはずの明るい世界が暗転する。背筋がゾクりとする。



「魔力から生じるアルコールみたいなものよ。耐性のある人以外は、異常な殺人や破壊の衝動に駆られるの」


「私の体感、魔法使いの三割強はこの狂気に耐性がないね。治療法もろくなものが見つかってない」


「まぁ、端的に言えば呪いね。タチが悪いことに、持ってる魔力が強く大きいほど、発症したときは残酷になる。悪魔と変わらないわ」



 進はごくりと唾を飲み込む。思い当たる節はいくらでもある。



「あの野盗たちが人を襲ってたのも、もしかして……」


「多分魔力の狂気にあてられたのよ。終わりのない紛争を続けてたから。ある意味では被害者かもしれない」



 まるで他人事。当の本人たちはどうなのか。恐る恐る尋ねる。



「二人はどうなの?」


「どうだろうね」



 メリアもフォランも無表情になり、数秒の間沈黙が流れる。はじめてここに連れてこられたときのように、進は冷や汗を流す。



「なんてね、冗談。はい、これで授業は終わりだよ」



 唐突にメリアに笑顔が戻る。これは本当に冗談だったのだろうか。彼女らはまともなフリをしているだけかもしれない。少なくともフォランは、正当防衛とはいえ人間を簡単に焼き殺せるくらいには狂っている。



「それで、魔法も帰る場所もない進はこれからどうするのかな? 私は少し学がある方だけど、あんたのいた国の名は聞いたことがないね」


「少しなんてもんじゃないでしょ。姉さんが知らないなら、大陸の九割九分以上は知らないわよ」


「俺みたいな顔とか服装の人は会ったことがないの?」


「ないね。見たことも聞いたこともない」



 今のところ、元いた場所に戻るための手がかりはなさそうだ。だが、考えながら思う。そもそも自分は戻りたいのかと。


 戻ったところで、結局は死んだような人生を再び歩むだけだ。殺される心配をしないくていいだけ、ここよりはマシかもしれないが。



「まあとりあえず散歩でもしようか。あんたの生い立ちを聞かせてよ」



 そして進は二人と一緒に村を見回った。悲惨な事件があったので、村人全員が浮かない顔を浮かべている。


 だが、それでも生きるための営みは止めるわけにはいかない。あちこちの煙突から煙が上がり、今確かにこの村が生きていることを感じる。


 進はこれまで自分がいた国、育ってきた環境をメリアとフォランに包み隠さず話した。二人は最初の方はありえないと茶々やツッコミをいれてきた。


 だが、呆れたのか考えこんでいるのか、途中からもう黙って聞くだけになっていた。きっと、数百年前の人たちに現代の話をしたら、こんな感じになるのだろう。



「——それで今に至るってわけ」


「妄想も、そこまでいけば、芸術ね」


「妄想じゃないって」


「走って空を飛ぶ鉄塊に、誰でも使える手のひらサイズの通信機。面白いね。そこまで科学が進んだ世界なら、不自由しなさそうだ」



 二人とも、空想世界の物語を聞いていたと思っているのだろう。実際この世界との差が激しすぎて、そう感じられても仕方ない。自分だって魔法があると聞いて、冗談だと思ったのだから。



「確かに、生活が不便だって思ったことはあんまりないな。むしろ人間関係のほうが遥かに不自由してたよ」


「皮肉な話ね」



 身体能力、学力、財力、フォロワー数などで優劣を決めるヒエラルキー。一体なぜ皆あんなに不自由な生活を押し付け合って、それを受け入れているのだろう。あれで幸せになれるのは、一体参加者の何分の一か。



「お、婆やじゃないか。無事だったんだね」


「久しぶりだね。腹黒のメリア」



 村の端でメリアが老婦に話しかける。どうやら二人は知り合いらしい。彼女は年こそ老いているが、声はよく響き、まだまだ活力を感じる。



「ちょうどよかった。婆やの魔法(オラクル)でこの子の魔法の種類を教えてよ」



 メリアは進を婆やの前に軽く押し出す。緊張した面持ちの進を、婆やはじっと進を見つめる。



「……あんた、なにか悪戯でもしてるのかい? この子の魔法の影も形も見えないんだけど」


「何もしてないよ。本当に」



 婆やは驚愕の表情を浮かべる。瞳孔は大きく開いている。それは徐々に哀れみに満ちたものへと変化していく。



「それがもし事実ならこの子には魔法の形、そもそも魔法がない。こんなの初めてだよ」


「……」



 やはり進には魔法が使用できないようだ。分かっていたとは言え、ショックではあり、暗い表情を浮かべてしまう。この世界でも自分は落ちこぼれなのだと。



「ほら、落ち込んでないでとっとと戻るわよ。お腹空いたし」



 見かねたフォランが進の背中を押して、元いた小屋へ歩かせる。一言余計ではあるものの、彼女なりの気遣いなのだろう。



「いまだに半信半疑だけど、あの子は可哀想だね。魔法が弱いほど差別が酷くなる国で、そもそも魔法すら持ってないとしたら」



 進には聞こえないよう、婆やがメリアに向かって話す。不治の病を患った子供を見るような表情を浮かべながら。だが、メリアは婆やとは全く違う感情を持ち、冷静な面持ちでこう言った。



「そうでもないさ。希少性は価値だからね」

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