虹の橋の先にある場所で。
武 頼庵さまの春企画『イラストで物語書いちゃおう』企画参加作品で、テーマ(3)から書いたお話です。
「にゃーーーーあ」
オレンジ色の毛をしたネコがあげるその声は、だるーんと伸びたような声。体もだるーんと伸びています。
「ミャッ、ミャッ」
ほんのりピンクがかった白い毛を、一生懸命毛繕いするネコもいます。
「お日様ぽかぽかにゃーーーあ」
「だみゃーーーー」
ぽかぽかまどろむ陽気。
土と草の匂い。そしてそばには大きな桜の木。
「けどにゃ……」
「みゃ?」
オレンジ色の猫は起き上がって、4つの足を地につけ、ぐいーっとお尻を突き出して伸びをします。
「にゃんだ、これ……」
「あたしも、すごく気になってるみゃ」
猫の背中からは木の枝が生えていて、自分の意志でわさわさっと揺らすことができました。
ピンクの花が少し舞うけれど、痛いとかはありません。
白猫には、オレンジ色の花がついた枝が生えているようです。
「それよりも、しっぽにゃよ!! ぼくのふっさふさしっぽが、にゃんかお花ににゃってる!!」
「あたしのかぎしっぽも、おんなじお花みゃ!!」
自分の姿に動揺する猫たち。
そこに、ひらひらと草が落ちてきました。
「にゃっ!」
「みゃっ!」
本能でヒラヒラした草にねこぱんち! しかし、草はひらりとその身をかわすように、猫の前足を横切って、地面に落ちました。
「ほほー。ほほー」
笛の音のような音が響く。猫たちは上を見上げると、緑色の何かが桜の木に腰掛けているように見えます。
「にゃにものにゃ!?」
「緑の玉がいるみゃ!」
まるまるとした、緑の玉と呼ばれたのは、おそらくフクロウ。しかし、フクロウを知らない猫たち。
「ボクは、フクロウだよ。よろしくね、猫さんたち」
「猫さんじゃにゃーよ! しらたまって名前にゃーよ!」
「おなじく、猫さんじゃないみゃ! みかんって名前みゃ!!」
猫たちは名前を名乗るが、オレンジ色の猫がしらたまと名乗り、白色の猫がみかんと名乗りました。
「……なんて?」
フクロウはつい聞き返してしまいます。見た目の色と名前が逆なんですから。
もう一度猫たちは名乗りましたが、どうやら聞き間違いではなく、名前と体の色があべこべ。
「まぁ、いっか。ニンゲンの付ける名前って、よくわからない時あるもんね……」
フクロウは深く考えることをやめました。
「んで、フクローさんは、にゃにをしてるのにゃ?」
しらたまが今度は質問をします。
「ここの案内鳥なんだ。君たちは虹の橋を渡ってやってきた子たちだよ」
「にゃん? そんにゃもん、渡ってにゃーよ」
「川を泳いできたみゃ!」
「まさかの川の方……」
ペットが旅立つ時に使われる表現の虹の橋。
フクロウはそれを伝えるも、猫たちは三途の川を泳いできたようです。
ここは死後の世界と呼ばれるところ。
そして、案内鳥であるフクロウは言葉を続けます。
「いつものパターンなら、ここからゆりかごに乗って、次の世界に旅立つんだけどねぇ……」
フクロウが言いづらそうにしているが、猫たちはきちんと前足を揃えてお座りして、次の言葉を待ちます。
「君たちは、生まれ変わらずに、元いた場所に戻って、地域神になるようだ」
「チーキガミ?」
「お地蔵さんになるみゃ?」
フクロウは頷きも首を振ることもせず、ふーっと息を吐いて言葉を続けました。
「君たち、取り憑かれてるからね」
「……んにゃ?」
「はみゃ?」
スッと素直に入ってくるとは言いがたい言葉が、猫たちの耳に届いたようです。
「君たちは、桜とアカシアに好かれているようだよ。その証拠に背中と尾が……ね? 天国に行くのは、その木たちの思いが強すぎて、ちょっとムリ……かなぁ」
「…………にゃ」
「みゃー…………」
フクロウの言葉を、噛みしめ。噛みしめ。かみかみかみ。
「にゃんですとーーー?!」
「うそみゃーーーん!?」
猫たちの毛がおどろきでブワッと逆立ちました。
毛の長いオレンジ猫のしらたまは、まるまるとした毛玉のようです。
みかんは、フクロウを見て、疑問を投げかけます。
「あたしのお背中は、桜に見えないみゃよ?」
わさわさっと枝を揺らすと、落ちてくるのはオレンジ色の花びら。
「夕焼けの桜さ」
「ありえんみゃ……。夕焼け小焼けなお空でも、桜さんはピンクみゃー……」
謎のこじつけで、オレンジの桜が取り憑いてしまったようです。
「ところで、あかしあって誰にゃ?」
「君のしっぽにあるような、お花を咲かせる木だよ」
ねこたちは耳をパタンとたたみ、しょんぼり顔だ。
取り憑かれているのは、こわいです。
確かに木で爪とぎをしました。登って遊んだりもしました。
けれど、自分以外の猫もやっていたのです。
「大丈夫。君たちは木に好かれているんだよ」
「木の怨念じゃみゃーの??」
「もっとそばにいてほしいって想いだよ」
「よかったにゃー」
その言葉を聞いて、猫たちは安心します。
「君たちが生きてきた場所に好かれている証だよ、わかりやすく取り憑かれているって言ってしまって、怖がらせたようだね、ごめんよ」
「大丈夫にゃー!」
「桜さんとアカシアさん、あたしのこと大好きってわかって嬉しいみゃー!」
大好きは嬉しいです。猫たちはにっこにこ。
「住んでいた場所に好かれている君たちは、地域神として、少しの間、生きていた頃に住んでいたまちを見守ってほしい者として選ばれたんだ」
地域神のいる場所は、活性化――とまではいかないけれど、そこにいる人らが、心穏やかに過ごせるようになるそうです。
「まー、もともと地域猫にゃし、いっか!」
「みゃ、しらちゃんも、ちーきねこだったみゃん?」
「そうにゃん」
しらたまは元々地域猫だったので、町内の人間とは顔見知り。
ついうっかり木から落ちたのを人間に目撃されてから、どこかの家が保護をしてくれた。
みかんも同じような境遇だったそうです。
「いっぱいご飯やおやつをくれたみゃ! 恩返しみゃ!」
「それにゃー! ちぇーるってのが、美味しかったにゃん!」
「あたし、もんぷっちが好きだったみゃ!」
顔見知りでもなんでも無いふたり。
しかし、地域猫あるあるで、お話は盛り上がります。
たまたま同じ時期に、三途の川を渡っただけのようで、名前があべこべに感じるのも、ただの偶然でした。
いっぱいお話をして、笑い合った猫たちに、頃合いを見てフクロウは声をかけます。
「桜とアカシアに好かれた猫さんたち、ほんの少しの間、故郷に恩返しをしておいで」
「「はーい」」
ほー、ほー、と軽やかに鳴きながら、フクロウは猫たちに告げると、元気よく手(前足)をあげてお返事をしてくれた。
「「いってきまーす」」
「ほー、ほー、いってらっしゃい。再びここに戻ってきた時、また案内してあげよう」
ねこたちは、ふっと消えていく。
『ところで、フクロウくんや』
「なんだね、桜の木さん」
桜の木が、フクロウの頭の中に向かって話しかけます。
『君こそ、いつまでワタシに取り憑いているんだい?』
「ほー、ほー! ボクは桜の木が好きなんだ。そこは見逃してもらえるとうれしいなぁ」
そうです、ここは虹の橋を渡った動物たちがくるところ。
とうぜん、ここにいるフクロウも虹の橋を渡った子なのです。
木に座っているようなフクロウでしたが、取り憑いているので、桜の木からにゅっと生えているのです。
桜の木に取り憑いていると、いつのまにか、胸元には桜の花が咲くようになっていました。
ここに来るのは、体を持たない魂の状態です。
桜の木も、まさか自分にとりつく動物がいるとは思いませんでした。
『まぁ、いいけどね。君がきてくれてから、ここに来る動物たちに、色々教えてくれる者が現れた状態で、言葉を伝えることができるようになって、とても助かるよ』
桜の花びらが、ひらひらと舞い降ります。
喜びを表すように、踊るように、ひらりはらり。フクロウの頭に花びらがふわっと乗りました。
フクロウは振り払うこともなく、にっこり笑います。
「お役に立てているなら、何より!」
『けれど、君は天国に行って、生まれ変わるためにここに来たはずだよ』
「ほほほー。こまっている桜さんをお手伝いするために、もう少しここにいようと思ってね」
『まぁ、ワタシは喋れないから、助かっているよ』
桜の木に取り憑いて、桜の木とお話をしたフクロウ。
桜の木が、ここに来るみんなに、この場所の意味を伝えられずに困っている事を知りました。
飽きるまでお手伝いするよ、と桜の木に伝えて、ここにいる事にしました。
取り憑かれたとはいえ、お話し相手ができた桜の木は、心がポカポカになりました。
――みてみて、桜さん!
草に取り憑いてみたら、羽と合体したよ!
あと、体も草色になった!
――――なに遊んでるんですか……。
――ってことは、桜さんに憑いて、お花欲しいって思ったら……?
――――え、ちょっ……!
――わー! お花生えた!!
――――まったく……まぁ、君が楽しいならいいか。
さみしさが減った事で桜の木は、たくさん桜の花を咲かせるようになりました。
ここを通る動物たちの、新しいスタートを応援します。
出会ってすぐに別れるこの場所。
桜の木にとっては、すぐのお別ればかりの、さみしくて悲しい場所でしたが、いまはそばにいてくれるフクロウのおかげで、さみしくありません。
ここは、別れの場所ではなく、新たな旅立ちを見守る場所なのです。
『おや、虹がかかったね。また新たなお客さんだ』
「ほほー。ご案内しましょうか」
今日も虹の橋を渡ってきた動物に、桜の木にアドバイスをもらいながら、フクロウは案内鳥と名乗って、天国への道を教えてあげます。