夜の呟き・女と門
とある夜、女は怒っていた。
何のことはない、目の前にある門を通れないからだ。
門は大きく開いている。
だが、その前に一人の男が仁王立ちしていて、これがどうあっても通してくれないのだ。
「ねえ、通してよ!」
「だめだ」
「なんで通してくれないのよ!」
「お前はまだここを通るべきではない。来た道を戻れ」
「はあ…?あのね、私は急いでるの!あそこに行くには、どうしてもここを通んなきゃないのよ!あんたのせいで遅れたら、どうしてくれるの!?」
女がどんなに喚いても、男は動かなかった。
女はいろいろやってみた。
男を誘ったり、物を差し出したり、思いつく限りのことをやった。
しかし、そのどれもが失敗に終わった。
女はどうすることもできず、門の前で座り込んでしまった。
そして、それからしばらく待ってみる事にした。
時間が経てば、男もどいてくれるかもしれないと思ったからだ。
しかし、それも無駄だった。
男は石像のように立ち尽くし、門の前から一歩も動かなかったのである。
絶望した女は、地面に倒れた。
それから、長い時間が経った。
今は、すっかり夜が更けている。
おそらく、今は深夜…それも、日付が変わる頃だろう。
女は痩せ細り、白髪頭になり、嗄れた声になっていた。
本能的に感じた。
もう、自分は長くないことを。
意識が朦朧とし、足元がふらつく。
まともに立てず、全身が痛い。
いよいよだ。
女は門の前に立つ男に手を伸ばした。
せめて、最期にこの門をこえたかったと。
「通れ」
男は、門の前からどいた。
「えっ…」
「通れと言った。聞こえなかったか」
「いや、聞こえたよ。でも、どうして…」
「時がきた。ただそれだけだ。この門は、皆の前に平等にあるものだが、お前は予定よりも早く通ろうとした。
故に、俺はここでお前を止めていたのだ」
女は、やっと全ての意味を理解した。
門の前に立ち、飛びゆく意識の中で言った。
「あんたは…」
男は、無機質に言った。
「俺は門番、ただ、それだけだ。
さあ、行け。俺とお前とはこれっきりだ。だが、もしかしたら、お前がこちらへ返ってきて、また戻る時、会えるかもしれない。
この先で何を見ても、何を感じても、それは確かな事実だ。
お前は故郷に帰る。だが、お前はここにくるのが早すぎた。
お前は、してはならない過ちを犯したのだ…」
そして、男は門を閉めた。