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悪役令嬢の愛は物語の呪いを退ける【短編完結】

作者: 蜂前 鹿野(はちまえ しかの)

スパダリ溺愛短編をお手本にして書いてたら、ヒロインが強くなりすぎな別物になったので、そのままハッピーエンドまで頑張ってもらうことにしましたわ!

記憶の物語において、私は悪役の令嬢とでも言うべき存在だった。


幼いころから自分の中にあった違和感。何か記憶に蓋がされているという感覚。

それがある日突然に開かれた。


そうして思い出したのは、何か長大な物語の多数の断片である。


私はリデア・フェスカ。侯爵家令嬢。

古い王家の分家筋として、王国内で地位をもつ家柄に生まれた。


私は、この世界で物心がついたころから、既視感を感じ続けていた。

見覚えのある人々、街並み、風景、場面。


そして、恐れてもいた。

いつか自分は、誰かに対しての悪役になるのだ。という、確信めいた予感があったからだ。


だから、記憶の物語が私に開かれ、それを決定的な将来の予言だと知った日、眠る前にお祈りをした。


── エクセルセ・エクセルセ

── 弱い影を出て行かせてください。私が間違いを犯さないように

── 私を、私の心を強くしてくれますように。


と──……


***


5歳になる頃には、周囲から大人びていると言われていた。

口にはけっしてしなかったけれど、自分でもそう思っていた。今私は11歳。来週には12歳になる。


私はひとり、寝室で鏡の前に立ってみた。涼やかな眼差し、ミルクティのようなベージュの髪は艶やかで長く、癖はない。


手足はまだ伸び切っていないけれど、私は侯爵家の令嬢として美しく成長している。


自分のことを美しいと表現することに、自惚れも抵抗もないのは、どこか客観的に自分の姿を見ているからだろう。私は自分の身体を、借り物の器のように感じている。


私は鏡の前に椅子を引いて来て、腰かけて目を閉じる。


── 覚えているのは断片を継ぎはぎしたような物語


私はこの国の王子と婚約関係を結ぶことになる。

それは様々な理由によるのだろうけど、その過程は良く分かっていない。


私にとっての問題は、ある事件によってその地位を追われ、最終的に、私は罪人として裁かれる身になるということだった。


まだ見たことも会ったこともない、とある少女。

聖なる力を身に宿すその少女を、私が殺そうとする、という事件の罪によって…。


何度も見た悪夢だ。

多くの群衆を前に、その少女の肩を抱いた王子が私に告げる。


「リデア嬢、あなたとの婚約は破棄させて頂く」


──…


私はゆっくりと目を開く。もう冷や汗が出るようなことは無い。

何度も超えてきた悪夢だ。


── 行動しよう。私を救うために


***


春の晴れた日。私の誕生日パーティーが催された。


こうした子息令嬢の誕生会というのは、子供たちがデビュタントを飾る前の練習としても、都合の良い機会であった。私はそこで、ひとつの考えを持っていた。


── 出来るだけ早く、婚約者を見つけるとしましょう


爵位の上位であり、かつ、遠いとはいえ、王家とも血縁にある侯爵家であっても、王子との接点を持つことになる機会は、16歳のデビュタントまではないはずだ。それまでに他の婚約者を見つけてしまいたい。


記憶の物語では、王子の婚約者という立場が、私の破滅に強く影響しているように感じていたからだ。


── まずはその前提を変えなくては


経緯は不明だけれど、仮に王族から婚約の要請がなされた場合、侯爵家である我が家がそれを拒否することは難しい。その相手が記憶の物語の通り、我が国の第二王子ならば、なおのことである。


しかし、婚約者が既にいるとなれば話は違ってくる。我が国の王家は充分に賢明だ。先約があるとなれば各貴族達への配慮は相応になされるだろう。


── でも、誰でもいいという訳には、いきませんわね


出来るだけ、高位の子息と婚約を結んでおくことで、自分の身を守れる可能性は上がるだろうから。国外貴族も含めて広く候補を見つけておきたい。


私に婚約者を選ぶ決定権などないけれど、たまには子供らしさを武器にして、「誰それ様が好きです」などと、親に伝えることで、多少は未来が変わるかもしれない。


***


── この作戦は失敗でしたわねぇ…


誕生日パーティーが終わり、応接室(サロン)でひとり私は頭を抱えていた。


集まった子息、少年達は── 無理もないことだけど── 端的に言って子供っぽい。とても彼らの内から、誰かを婚約者に選ぼうとは思えなかった。


── でも、彼らが成長するのを悠長に待つわけには…


「リデアお嬢様。グロウラス公爵家のご子息、エラン様がご挨拶に。どうやら、パーティーには出られなかったようで…」

「そう。すぐお通しして」

使用人にそう言いながら、私は溜息を我慢した。もう、親を伴った少年とは会いたくなかったけれど、公爵家では仕方がない。


私は残りの紅茶を飲み干して、最後の訪問者達が入って来るのを待った。


そして、彼と対面して驚いた。

まず、私は彼を知っていた。彼は記憶の物語に登場した人物だ。


── でも確か…エラン様って


記憶の中の彼はがっしりとした体形で、騎士のような精悍な姿だったはずだ。いま目の前にいる彼は、今日会った誰よりも、ひ弱そうに見えた。背も随分と低い。


次に、唯一彼は社交的に完璧なふるまいをした。もちろん、両親を引き連れて来るようなことはしなかった。


最後に、私が「私たちは同い年でしたわね」と言ったことに対して、一瞬身体が強張ったように反応したけれど、彼はふっと、柔らかく笑って答えた。


「そうは見えないでしょう? 周りからチビだと思われているのが分かります。もう慣れましたよ。ただ、ここだけの話、実は…いずれ伸びると期待しているんです」


何気ない答えの中に見え隠れする。少年のコンプレックス、周囲に対する諦め。怒りもあるかもしれない。それを、彼は抑えようと努めて、下品にならない冗談を交えて答えて見せた。


「ごめんなさい。そんなつもりで言ったのではありませんの。エラン様が、他の子達に比べて、ずっときちんとしていらっしゃるから、私、嬉しくなってしまって」


本心だった。彼は気取った風も、無理をした風でもなく、自然と振る舞えている。まだ少年である彼は、どれだけの研鑽と訓練を積んだのだろう。


少年は、私の真剣な答えが意外だったらしい。すこし拍子抜けしたような、嬉しさをかみ殺すような、複雑な表情をした。そこで私からもうひと言、こんなことを言った。


これが分岐点だったのかもしれない。


「あと、根拠は申し上げられませんけれど…、私もエラン様はがっしりした体系になることを予言させて頂きますわ」


私がそう真剣に囁くと、少年は、ぽかんとして、それからくすくす笑い始めた。


「それは…予言に応えなくてはいけませんね」


彼は長居するようなことはせず、部屋を出て行った。ただ、去り際に、真剣な面持ちでこう聞いてきた。


「リデア嬢。また近いうちに、お会いして頂けませんか」


私は少し微笑んで、「ええ」とだけ答え。その後に、「是非」と付け加えた。


***


エラン様とはそれから、何度も会うようになった。


赤みがかった茶色の瞳、スッキリとショートカットにしたブロンドの髪。まだひ弱さは残っているけれど、会うたびに健康的になっているようにも思う。


エラン様は子供ながらに、きりっとした表情を保つように努めていた。公爵家は元々武芸で身を立てた一族の末裔だから、両親の教育かもしれない。


一方で私と会っている時の彼は、いつも朗らかに、明るい表情で私に接した。ある日、それを見ていた私のお母様が、感慨深げにこう言った。


「エラン様は、随分変わったわね。以前は寡黙で、ムスッとしていて、周囲を警戒している様な子だったのよ。…周囲に侮られて見られたせいでね。生まれつきお体が弱くて、身長が伸びなかったから」


私は、エラン様がいつか立派な騎士然とした好青年になることを知っている。


── そう、これは私だけの密かな楽しみ


周囲がエラン様の成長に驚く姿を見ては、自分のことのように喜ばしく思ったのだ。


「エラン様は本当に頑張り屋さんですね」

二人で一緒に庭園を散歩している時、私は率直に彼に言った。


「そうしないと、いけないだけです」

「あら、もう少し自信を見せられたらいいのではないかしら」


なんだか可愛らしく感じて、私は彼の頭を優しく撫でた。すると、彼はハッとした様子で、私の手を優しく取って、真剣なまなざしで私を見る。


「リデア嬢。私はあなたに初めて会った日、心に誓ったのです。あなたに相応しい男になろうと。だからどうか…今はまだそう見えなくとも、私を弟のようには見ないで頂けませんか」


私はドキリとした。


── これは、ほとんどプロポーズではないかしら


***


それからしばらくして、思いがけないことが起こった。

まだデビュタント前に、王子との交際の機会になり得る、お茶会が企画されたのである。


私は大いに焦りを感じた。ところが、私はその数日前になって病にかかって、お茶会を休むことになってしまった。


実のところ、あまりにも心配したせいでよく眠れず、ひどい不眠症状態だったのだ。


なんとか危機を乗り越えて、ほっとしていたものの、そのお茶会では特に王子の気を引いたらしいという少女の噂は聞こえてこなかった。


── またこうした思いがけない事態は、起こり得るということよね…


やはり早急に婚約者の存在がなくては、将来の危険を排除できない。


私がそんな焦りを感じていた時、噂好きのメイドが、私にぽろりと重要な事実を漏らしてくれた。

それは、エラン様のご両親と私の両親が、二人の婚約について真剣に話し合いの場を設けたということだった。


── これは運が向いてきましたわね!


両親が数日家を空けて戻ってきた日、私は夕食の後になってお父様の部屋に呼ばれた。そして、ついにグロラウス公爵家との縁談について、気持ちを聞かれたのである。


聞けば、相手方の両親は決定権をこちらに委ねてくれたという。家格が上の家からなされた婚約の誘いを蹴ることは、貴族社会ではかなり難しい。そうしたこちらへの負荷を見越しての配慮だ。


私は自分の身の安全を確保するために、婚約者を求めていた。しかし、それ以上の機会に恵まれたことに内心の喜びを隠しきれなかった。


「お父様、私、喜んでお受けいたしますわ」


家格も上で、家の名誉にもなるし、相手の両親も人格者として信頼が置ける。なにより、あの少年が、このままその本質を変えずに成長してくれるなら、私にとって最良の選択ではないだろうか。


それからの流れはあっという間に決まり。二、三通の手紙のやり取りと、一家の顔合わせとしての晩餐会が両家でそれぞれ行われた後、正式に婚約者となった。


***


1年もすると、エラン様は身長が伸び、以前のひ弱さはすっかりと消えていた。もう私よりも数センチ身長が高いし、身体付きも変わってきている。


私もその変化には、以前にもまして驚きと喜びを感じて見ていたけれど、彼の周囲の人々が、私に会うなりこう言ってくるのには不満を感じた。


いわく、

「エラン様はリデア嬢と出会って変わりましたな! 明るくなったし、体格もよくなられた。元々の聡明さもますます伸びられている。愛の力ですかな? はっはっは!」


── そんな訳があるものですか


彼自身が良く食べ、良く動き、良く学んだにすぎない。

とうとうエラン様自身からまでも「君のおかげだ」などと言われたものだから、私はつい彼に詰め寄って言った。


「エラン様が自分で頑張ったんじゃありませんか! みんなあなたをそのまま認めるべきだわ。もちろんエラン様ご自身もですよ」


すると、エラン様は優しく微笑んで首を振る。


「他人が言うことは良いんだ。リデアがはじめに信じてくれたから、僕は変わる努力をできた。それを続けることも」


エラン様は私の手を取り、手の甲にそっとキスをした。


「今だって僕は自分を信じきれないことがあるけれど、君が望むなら、どんな勇気も出せると思えるんだ。そして、思えるだけにしたくない。本当に証明してみせたいんだ」


キラキラという擬音がこんなに似合うことがあるだろうか。エラン様のお顔は、本当に星が瞬いているみたいだった。


── 消し飛んでしまいそうですわ


私はすっかり文句を言う勢いを削がれてしまって、ただそっぽを向いて、顔の火照りが収まるのを待つしかなくなってしまったのである。


***


私たちはパーティーでもほとんど二人一緒に参加していた。そんなある日の夜会で、友人達とテーブルを囲んでいた時のこと、エラン様の従兄弟が、こんなことを言った。


「いいかい、リデア嬢。君に声をかけてみたいと思っている男は想像以上に多いんだ。けどね、エランが見えないところで牽制してるんだよ。彼は君の見てないところでは、結構大人げないんだぜ?」

「余計なことを言うな!」

「おっと!エラン閣下。やめてくれよ。君の威圧は本当に迫力があるんだ」


帰りの馬車に二人で乗ったあと、私はエラン様に寄り掛かって、聞いてみた。


「ふふ、エラン様。大人げないんですか? 」

「仕方ないだろう…君に会釈されただけで勘違いするような奴もいるんだ」


── そんなこと……あったかもしれないわね


「でも、威圧的に見られるのは得策じゃありませんわ」

「そうだね…余計な敵が増えるだけだ」


エラン様はうーんと唸ってから言う。

「威厳がほしいな」


ぷはっ

「リデア!笑わないでくれよ」

「うふふ、ごめんなさい。エラン様が真面目なお顔で言うんですもの」


寄り添うと良く分かるように、彼の身体は、すっかり騎士然とした青年のそれだ。エラン様は内面と外面の両方を、共に向上させようと努めてきた。誰よりもそばでそれを見てきた私が認める。


「大丈夫。エラン様はもっと良くなりますわ」

「リデアに認められるのは大変だな。実際、君の社交界での評価の高さには、まだ追いつけそうにない」

「私のそれは、お世辞がほとんどですわ。…認めていますよ。誰よりも」

「…それなら、応えないわけにはいかないな」


馬車が速度を落としはじめ、私の家、侯爵邸が近づいたころ。名残惜し気にエラン様が私の手を取り、指を絡ませる。


「僕の行動原理は君なんだ。リデア」

「分かっていますわ。エラン様」


見つめ合って、口づけをして、また寄り添う。

私たちには、馬車の中で寄り添うこの時間が、とても大切だった。


***


ついに、15歳となって私たちは王立学園へ入学した。


私ははじめ、めまいがするほどの既視感に苦しんだ。あらゆる場所、あらゆる人に見覚えがあったのだ。長く忘れていた恐怖心と焦りが、蘇ってきた。


── 落ち着きなさいリデア。大丈夫、もう記憶の物語からはずっと離れた人生の流れに私はいる。エラン様も一緒に


私はまず、新聞や王宮から出される第二王子の近況を、よく注意して探った。王子の婚約者はまだ決定的に告知はされていなかったけれど、友好的な隣国の姫が最有力だろうとされていた。


それを見て私は安心した。そもそも、隣国との外交関係を構築するためにも、王子が選ぶ婚約者として、その方が正しい。国内の侯爵家から娶るメリットはほとんど無いのだ。


次に調べたのは、記憶の物語で見た聖小女。彼女が学園のどこにいるか、ということ。私もエラン様も学園内では衆目を集めてしまう。それとなく探るのも一苦労であった。


けれど結果としては空振り。それらしき少女は、学園にいないということだった。



***


学内で催された、退屈な昼のお茶会の時、令嬢たちによる恋愛話に花が咲いた。その話の中では、意外な男性の束縛癖とか嫉妬、独占欲という赤裸々な話までも漏れ聞こえることがある。


── 危なっかしいご令嬢たち…あまり巻き込まれたくありませんわね


話には興味を示さないように、かと言って不快感を気取られないように。そうしてやり過ごそうとしている時…ふと、エラン様からそういうことを感じたことはないな。と、思い当たった。


エラン様との仲はもうずいぶん長い。ここ最近では、私たちのことは青年貴族社会においても広く知られるところとなっている。


その為、私も彼も周囲の人々から、パートナー漁りの目的で近づかれるようなことは無くなっていた。


── それ自体はいいことよね。余計な面倒がなくて


ただ、問題がないわけでもない。副作用的に、他のまっとうな良識を持ち合わせた人々との間にも壁が出来上がっていた。


貴族社会というのは元々閉じた世界だ。その中に入るのは容易なことではないし、出ることも本来許されていない。家格の差は常に意識されるため、上位貴族に列している私もエラン様も、必然出会う顔ぶれは固定されていた。


そんな閉じた世界で、さらに安定という閉じた部屋に閉じこもると、情報から遮断されてしまう恐れがある。事実、この前の聖少女探しにおいて苦戦したのは、情報の流入ルートが少なすぎたことに起因していた。


手下のような者を自分達の下につけて、統率し、情報を集め吸い上げる。そんな手法を覚えるのは、まだ学生の私達にはリスクが大きいことだ。


「エラン様、次のお茶会には、私ひとりで参加しようと思います。エラン様も来週の催しには、私をお連れにならないで下さいませんか? 」

「ひとりで? それは──…君の事だから考えがあるんだね? 」


私は聖少女のことに触れない程度に、現在の自分が持つ危機感を彼に告げた。


「そうか…確かに僕の存在が、君の交友関係を狭めているなら、それは問題だ」

「逆も同じですわ」


エラン様は、あぁ…と呟いた後、珍しく次の言葉が繋がらず黙ってしまった。


「エラン様、私たちはまだお互いを、小さな馬車の中で手を握り合っていないと、失うように思うでしょうか」

私はこの質問が下品なものを連想させやしないかと少し恐れた。そんなもので、あの大切な時間を汚しはしないかと。


「…難しい質問だね。それは僕の…いや男としての欲望だ。それを抑えることで君が自由になれるなら、僕はそれを抑えたいと思う。自由になった君に選ばれなければ、意味はないんだ」

「私もですエラン様。あなたをすっかり虜にしておきたいと思うことはありますけれど、それを実感できるのは、あなたが私を選んで下さる時なんですから」


私たちは肉体が近くにいなくても、互いに手を取れる関係を目指そうとしている。それが困難な道であっても、未成熟な子供の愛を、成熟させていきたいと願い合った。


エラン様は少し目を伏せ、ややあってから、小さくため息をついた。

そうして私を引き寄せて囁く。


「でも…本当は、抱きしめて離したくないってことは覚えていてくれよ」


エラン様の大きな手が腰に回され、抱き寄せられる。キスをして、その腕の中にいると、首筋から熱を帯びたように身体が火照る。


── あぁ、これはなかなか大変だわ


そうして、この甘い感覚の中に、今はいようと目を閉じた。


***


私たちは進級して、二年目の学園生活を送っていた。


私の交友関係は以前よりもぐっと広がった。お茶会や、学内の役職など、多少面倒事は増えたけれど、生活の変化は、補って余り得る利益を私にもたらした。


それはエラン様も同じだった。より積極的に公的な場に出ることで、若き新鋭として目され、彼の周囲には、いよいよ公爵家の威光が輝き始めた。


そんなおり、私は一枚の書類に目を止めた。時期外れの転入者届である。


── 聖少女。間違いない。この子だ


緊張した面持ちで撮影された少女。プロフィールには男爵家に迎えられた養子と記載がある。


── メリッサ・ランダーヘルン


学園内において生徒は平等という理念から、もちろん接触の可能性はある。私にはひとつの危機的仮説があった。それは、聖少女メリッサも記憶の物語を見ているのではないかという仮説だった。


学園入学以降、記憶の物語とはまったく違った環境に身を置いているとはいえ、

王子も同学年に入学してはいるし、既に面識も持っている。

そこに聖少女メリッサが来るとなれば、いよいよ役者は揃ったことになる。


── 今の生活、いえ、私の人生の流れが変わる事だけは、絶対に避けなくては


最も無難な方法は、彼女と関係を持たない様にすることであろう。できれば面識を持つことさえも避けたい。


── そう…上手くはいかないものね。


ある日の放課後のこと。


エラン様と二人の時間を学内で持ったあと、一人で中庭を歩いている時のことだ。その聖少女は、慌てた様子で突如現れた。


そして私は戦慄した。


彼女の傍らに立つ《影》があるのを見たからだ。


***


影は明らかに聖少女メリッサにまとわりついていた。

そして私の中で、その影への強烈な嫌悪感が沸き上がった。


── なんてこと…これが記憶の物語に引き戻す力なの。なんて醜悪な…


聖少女メリッサが、こちらを見る。そしてその影も…


── 関わっちゃダメだ。私は物語のリデアになりたくない!


そこに、数人の女子生徒がメリッサを追うように現れた。幾人かは見覚えのある令嬢たちだ。皆一様に普段の様子とは違う、嫌悪の表情を顔に貼りつかせている。ただ、彼女達の視線はメリッサに注がれていた。


── あぁ、彼女達には影が見えていないんだ。


このままにしておけば、目の前で何が始まるのか容易に想像がつく。記憶の物語のなかの私がメリッサにしたような…。でも、だったら好都合…


── 彼女達がそうなれば、私は完全に、物語の筋から外れることが出来る。


そう思って、私は右足を引いた。


「リデア。言い忘れたことがあったんだ」


驚いて振り返ると、そこには歩み寄って来るエラン様がいた。


「──… どうしたんだい?」

エラン様は私の顔を見て、不思議そうに小首をかしげて尋ねる。最近の彼にしては珍しい、幼げなジェスチャー。


彼は誰が見ても素晴らしいと思う青年に変化しただろう。

でも、エラン様の本質はずっと変わらずにあったことを、私は知っている。


── 私を、私の心を強くして

── 私を救うために


いつかの願いと、私の行動原理は、ただ恐怖と危機から逃れるためか。


── そんなはずはない。


「私はリデア・フェスカ」


私はエラン様を見上げて言った。


「私は今も、あなたの愛するリデアでいられますわ」


── 私は愛されるに値すると、私自身に言えるように。

── 恐怖に、あの影に、私を悪い方に変えてしまう力なんてないのだ。


「みなさん」


私は歩み寄って、令嬢たちとメリッサの交錯する視線に割って入った。


「ごきげんよう。私、メリッサさんに委員会の事でお話がありましたの。生憎今しか時間がなくて…もしよろしければ、彼女との時間を譲って頂けませんか?」


可能なかぎり物腰を柔らかに、あまりメリッサに肩入れもしすぎないように。私は言葉を慎重に発した。


***


令嬢たちは突然の私の登場に狼狽えた。

「え…えぇ。はい。もちろん。リデア様がそうおっしゃるなら」


そうは言っても、まだ去るきっかけが無いようで、令嬢たちはおろおろしている。

私やエラン様の存在は、過度に振る舞えば威圧感が強すぎる。出来るだけ、なんでもないことのようにしなくては…。


「ありがとう。えぇっと…転入生のメリッサ・ランダーヘルンさんね。あなたのご家庭から出された書類についての質問があるので、ついて着てちょうだい」

「はっ…はい」


令嬢たちはその言葉を聞くと、目くばせをした後、一礼して去って行った。おそらく、これなら妙な噂が立つようなことは避けられるだろう。


ふと見ると、メリッサに纏わりついていた影が、彼女から遠ざかっていた。


── もしかしたら、常に一定の影響を与えている訳では無いのかしら


その時、私とメリッサの間にエラン様が割って入った。メリッサは突然の大男の登場に驚き、尻もちをついてしまう。


「エラン様?」

「あっ…いや…すまない。怖がらせたかったわけではないんだが」

私がちょいちょいっと服の裾を引くと、エラン様は我に返ったようになってメリッサに謝った。


エラン様が手を差し出すも、メリッサはそれを辞退して立ち上がると、何度もお礼を言った。


「あの…それで、書類の件は…」

メリッサから上目遣いに問いかけられる。

「あぁ…そうね。ひとまず…職員室に行って、入学時の書類の複写を貰ってきて。あと保健室で膝に絆創膏を貼ってもらいなさい」

形だけでも、彼女が私の指示でどこかに行った事実が必要だろう。


メリッサはハイと返事をして、素直にそれに従い中庭を去ろうとする。


彼女は見送る私達の方を振り返って、もう一度礼をして言った。

「助けて頂きありがとうございました。リデア様」


メリッサが去った後、エラン様が私に聞いた。

「リデア…さっきこの場には、僕達だけ…だったよな」

「…何か、気になられたことが?」

「…いや、きっと見間違いだろう」


***


私は決意をした。根本的な解決を図ろう。と。

私は記憶の物語に、対処的な方法でこれまで動いてきた。つまり、危険なものには近寄らないという行動だ。


しかし、問題そのものが目の前に現れてうろちょろするのを傍観し、距離を取って安全を確保する…そんなのは、本来の安全行動ではない。


とはいえ、対処すべき問題は、得体のしれない影である。下手に踏み込めば、物語に引き戻されかねない。


それから、幾人かの信頼できる下級生や友人を頼って、私は聖少女メリッサの日常について調べ上げた。


その報告が届き、私は学園役員室で資料を見ていた。まず興味を引いたのは彼女の友人達だ。影に纏わりつかれている彼女とて、友人は数名いる。


── メリッサの友人達…面識のない下級生なのに、私ははっきりと覚えている。彼らも物語の登場人物なんだ…。もしかして、影の影響を受ける度合いには違いがあるのかも


もしそうならば、私は相当強く影響を受けるはず。相性の悪さは最悪だ。


「リデア。ここに居たのか」

「エラン様…!まぁ、ごめんなさい。もうこんな時間」


エラン様との約束をも忘れて資料を読みふけってしまったことに気づき、慌ててソファから立ち上がる。


その時だった。久しぶりの強烈な既視感。


それは、聖少女メリッサとエラン様が仲睦まじげに会話をするシーン。ずっと私に向けられてきたエラン様の眼差しが、あの少女に向いている。


私は突然のことに混乱し、足元をぐらつかせて倒れ込んだ。

──が、気づいた時には、私はエラン様に抱き留められていた。


「大丈夫か!リデア!」

「えぇ…ちょっとその…立ち眩みがして」


私はいくつかのことを思い出す。記憶の物語は、ひとつの道ではないのだということを。幾つかのありえた物語の束のような、それが記憶の物語の特殊な構造だと気が付いた。


── 今幻視したのは…記憶の物語の別の道


断片的で矛盾のあったストーリーが、別々の道に並べた時には……


「エラン様」

「何だい?」

「私のことを愛している?」

「もちろんだ」


それでもう十分だった。私はぐっと背筋を伸ばして立ち上がった。


「協力してほしいのです。助けたい子がいるわ」

「…それは、君を危険にさらすことにはならないのかい?」

「私の尊厳の為に、しなくてはならないの」

「わかった。いや、なんだか良く分からないけれど」


そう言って、エラン様は跪いて私の手に口づけをした。


「僕の力は全て、君の力だ」


***


それからはとても忙しかった。でもとても充実していた。


ことあるごとにメリッサを呼び止めて会話を試みたのだ。エラン様と協力して、偶然を装ってメリッサとの時間を作ったこともある。


── 悪役令嬢ならぬ世話焼き令嬢になってる自覚はありますけれど、致し方ありませんわ!


出来るだけ彼女が彼女の友人といる時を狙って、私たちは交流した。なぜなら、影の出現には、誰と対面しているかが起因すると踏んだからだ。


読みは殆ど当たっていて、彼女の友人や、エラン様といる時に影は姿を隠していた。私とだけいる時には時折現れたけれど、意外にも、随分遠くから様子を窺うようにだけだった。


私自身、影からの影響は無くなっていた。メリッサは礼儀正しく、心根の優しい下級生であって、本来は控えめで目立たない存在だ。


そうして、このまま彼女から影が消えるのではと思った矢先のこと。私と昔から面識のある下級生の子爵令嬢が、メリッサに突っかかっていると知らされて現場に急いだ。


その子爵令嬢は私の事を小さい頃から慕ってくれていた子だ。メリッサの調査も手伝ってもらったくらいに信頼している。その子が学園内でこんな騒ぎを起こすなんて、通常では考え難い。


しかし、現場についてみると、そこには怒りの表情で立つ子爵令嬢と、うずくまるメリッサ、そしてメリッサに巻き付いた影の姿があった。


「あなたなんかがリデア様に目をかけてもらうなんて!」


── ああ、ああそうか。なんてこと。


その時、私は影の性質を理解した。その影は、人の心にある憎悪の増幅装置だ。メリッサに向かう負の感情を抱いた者に対して強く働きかけ、増幅し、それをメリッサに負わせる。


私は群集をかき分けて走り寄り、子爵令嬢の子を抱きしめた。

「ねぇ聞いて、あなたの事を大切に思っている。だから今は私の言うことを聞いてちょうだい。こんなことはもう止して」


── ごめんなさい。あなたは私の身代わりにさせられたのね


エラン様やメリッサの友人達もやって来ると、影は急激に小さくなった。子爵令嬢の子もぐすぐすと泣きながら、私に縋りつくだけになった。


── どうやって説明すれば


エラン様がその場に集まっていた生徒達を教室に戻るよう指示を出し、なんとかその場は収めることが出来た。


私は、メリッサを彼女の友人に任せて、生徒役員会が利用している学内邸宅に連れて行くよう指示した。


***


「落ち着いたかしら」

私は学内邸宅、通称・白薔薇館のサンルームで、メリッサと紅茶を飲んでいる。学内使用人や、エラン様と彼女の友人達には、別室に控えてもらった。


「ありがとうございます」

メリッサは努めて微笑もうとするが、それはどうにも疲れた苦笑いにしかならなかった。


── 無理もないわ。 この子は時折、ああして強烈な嫌悪感情を向けられてきたのでしょうね。たとえこの子に非が無かったことでも…あの影は人の感情を捻じ曲げる。


「ねぇメリッサさん。あなたに聞きたい事があるの」

「はい…」

「おかしな質問に聞こえるかもしれないけど教えてちょうだい。あなた、何か自分に特別な力を感じた経験はある?」

「…いえ」

メリッサはこちらの真意を測りかねているようだった。


── 否定や警戒ではなく、困惑。嘘をつくのが上手いという風には見えないけれど…


「なら…これまでに何度も、強烈な既視感を感じていたりはしない?」

私にとって、これはかなり核心に迫る質問だった。彼女も、私と同じ記憶の物語に影響を受けているのだろうか。


「いいえ」

その力ない声に、とても嘘が入り込むような精神的余裕がないことは明白だった。


── そう


と、言いかけて、彼女が言葉を継いだ。

「ただ…たまに、私の意思とは違う心があるみたいな──…」


「もう少し詳しく聞かせて」

私は身を乗り出した。


「……嬉しくもないのに喜ばなければと思ったり、恐ろしいのに、勇気が湧いて行動しなければすまない気になったり」

メリッサは今までに見せたことのない、苦痛を噛みしめるような表情で、つぶやくように話す。


── 間違いない。この子もまた、私と違う形で物語に囚われている。


「意味わからないですよね。自分の心のことなのにこんな……私は、私の事が…」


【返せ】


サンルームの外に、突如、影が現れた。


***


【その娘を返せ】


「エラン様!」

私は反射的に助けを叫んだ。


── なんでここに…いや…そうか。まずい。


私はメリッサと影の間に入る。


この影は、この影が現れる原因になった嫌悪は、メリッサ自身が自分に向けたものだ。ずっと押し殺していた、自分自身への不信だ。


── どうすれば、誰にも見えていない影を相手に…


影がサンルームの中に入って来る。


【我々の呪いは消えはしない】


── そんなのは、あんまりだ


影がサンルームの隅に立っている。

影は勝利を確信したのか、その顔らしき部分に半月型の口が浮かぶ。影はにんまり笑って言った。


【王家の血でなければ、我々を払うことはできない】


その時、サンルームの窓ガラスが吹き飛んだ。


「リデア!」

「エラン様!そこに!」

私は飛び込んできたエラン様の腕を取って指をさす。


「なっ」

エラン様は儀礼用の剣を抜き放ち、影に向ける。


── 見えている!


そうだ。初めてメリッサに会ったあの時も、袖を引いて、彼に触れていた…!


「まさか魔法の類か…刃物が効くかどうか」

「私に触れていてください!あれが見えなくなってしまいます!」

一足飛びに飛び掛かりそうなエラン様を制止して、彼の背中に手を触れる


「…あれが見えていたのか」

「ええ…でも、どう対処したらいいのか分からなくて…こんなことになるなんて」

「ははっ…まったくリデア、君は聖女のようだな」


── !


【無駄だ】


私はメリッサを片腕で抱きしめた。


「な…に……あれ」

メリッサは恐怖で凍り付いた。自分を求めて手を伸ばそうとする得体のしれない影を見たのだ。エラン様が影の指先を剣で斬り散らす。


「メリッサ!しっかりなさい!私に力を貸して!あなたが必要なの!」


── 私にできるのはもうこの子を信じることだけだ


「あなたの事を多少は知れたと思うわ。そうでしょう? この数週間だけじゃないの。私はあなたの過去も調べたわ」


「……」

「あんまり人に知られたくなんて無いわよね。ごめんなさいね。でも、私、あなたに会ってみて、あなたを尊敬できるって思ったのよ」


── お願いよ


「 あなたはずっと他人から向けられた敵意を、他人に返しはしなかった。あなたの心根の優しさを、あの影に、捻じ曲げさせはしなかった!」


── どうか届いて


「 誇りなさい! 私があなたを誇るのだから、あなたは私を信じて、あなた自身を誇りなさい!」


メリッサの瞳から涙がこぼれ落ちる。ボロボロと。


私が恐れたこの少女は、今までどれだけの我慢をひとり抱えて、夜を超えてきたのだろう。


── 胸の中に熱を感じる


「影よ。私達を操れるなどと思うな…私の名はリデア・フェスカ。王家の血に連なる者!」


── あなたと共に涙しよう


立ち去れ(エクセルセ)!」



瞬間、眩いほどの光が周囲を包んだ。


***


── …今のは


目のくらみが収まった時、サンルームには穏やかな午後の光が差し込んでいるばかりだった。


「メリッサ…」

彼女は、私の腕の中で気を失っている。

「リデア…大丈夫か」

「ええ、エラン様は…」

「大丈夫だ。それより今の光は、君が?」

「いえ…たぶん、この子の力だと思うのですけれど」


私が唱えたのは、いつか覚えた、お祈りで捧げるお守りの言葉。当然いまのような効果を見たのは初めてだった。エラン様も不思議そうにしていたけれど、ひとつ溜息をつくと言った。


「リデアの言うことを疑ったりしない。でもそれは、絶対に言わないようにしてくれ。後の事は任せて欲しい」

「ええ…ありがとうございます。エラン様」


サンルームを後にすると、メリッサの友人達が駆け付け、謎の光を見た学生達まで集まってきた。


しかし、事態は急変する。


第二王子、アルスター様が人波を割って、現れたのだ。


私たちの前で、エラン様がアルスター王子に、事態についての簡易的な説明と、区画の封鎖、関係者の身柄安全確保などを、公爵家主導で任せてもらいたいと直言した。


学園内でアルスター王子と親密な関係を築いているエラン様以外には出来ないことだったろう。


エラン様の要望はその場でアルスター王子の名によって承認され、数日のうちに大規模調査が始まった。


***


あの日の出来事は、瞬く間に王国中の知るところとなった。


詳しい調査がなされた結果、メリッサに聖女の能力があることが正式に認められたからだ。


彼女の本来の母は東の小国出身で、遠い昔、我が国から嫁いだ王女の血を引いていた。戦乱の中を逃げまどい、幼いメリッサだけが我が国まで流れてきたのだった。


メリッサの身体に纏わりついていた影は、前の聖女によって討伐された、とある魔女の呪い。ということらしいが、詳細はよく分かっていない。


とにかくも、聖女の出現は過去数百年なかったという大事件で、しばらくはその話題が新聞を埋め尽くしていた。


また、浄化の光という奇跡として、教会が認定したあの光は、王家に伝わるところによれば、王族の血や涙を媒介に発動する退魔の奇跡だという。


ただ、今回のものはその規模や威力において、過去の文献で見ても比類ないとされている。

まるで──


── まるで…《ふたつの星》があったかのよう…ね


私は上位貴族にのみ公開された報告書を閉じた。


私は、他の関係者同様に事情聴取を受けたほかは、特別な調査などを受けずに済んだ。どうやら公爵家と侯爵家が、揃って私の調査を断固拒否したことによるらしい。


「メリッサは今も王宮に?」

私はエラン様に声をかける。彼はここ数週間この件で奔走していた。やっと落ち着いて、こうして侯爵家の小さな別荘で、二人ゆっくりとくつろぐ時間を得ている。


「ああ、メリッサ嬢のプロフィールは根本的に変わってしまったからね。当面は王宮暮らしだろう。彼女から君に手紙を預かってきたよ」


エラン様から手紙を受け取り封を開ける。

そこに書かれた内容は興味深いものだった。慣れない王宮での暮らしに困惑していること、何故か第二王子がぐいぐい来ること。早く学園に戻りたいということ。私とエラン様への感謝…私に会いたいとか、私が好きとか、私の好きなものを教えて欲しいとか……後半の様子がおかしいわね。


── もしかして、これは第二王子とメリッサの婚約もあり得るのかしら…ふふ


もしそうなら全力で応援したい。断罪されるはずだった悪役としては、みんなまとめてハッピーエンドを、あの記憶の物語を考えた誰かに見せつけてやりたいくらいだ。


「まったく、まいったよリデアには。僕なりに努力はしてきたつもりだけど、《ふたつ目の星》に見合うようになんて、どうしたらいいんだ?」


── ふふ

エラン様の寝ぐせのついた髪をくしゃくしゃっと撫でまわす。彼はもうそれを嫌がったりしない。


「…本来なら君は、一国の王妃にだってなれる。世界中が君を欲しがる」

「私はそれを望まないわ」

私はエラン様の首に手を回す


「ねぇ…あなたは私を愛してくれる?」

「もちろんだ。僕は誰よりも…」


エラン様が言い終わる前に口づけをした。


「私にも、あなたを愛させて。誰よりも…」

「僕はもう命を失ったよ。君から得たこの光栄の為に」


私たちは何度も口づけを交わす。


「ダメだわ。そんなの。生きて、愛せなくちゃ」

「ああ、リデア。君の言う通りだ」


── あなたが私を愛せるように、あなたを愛そう


私たちの長い長い物語は、こうして一時、幕を下ろした。



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