再び、リリーア
「どうしてこんなことになったの?」
答えは返ってこない。私は、そっと自分の体を抱きしめた。
300年ぶりに訪れた魔族の襲来に対して、私達は、危機感なく、余裕を持って見ていた。
こちらには、女神が残した武具。兜、鎧、手甲、足甲、盾がある。これを使えば、魔族など恐れるに足りない。そして、エンチャント工房をフル稼働させて、女神の祝福がこもった武器を大量に生産すれば、襲来前に決着すると読んでいた。
気が早いもので、まだ、準備も終わっていないのに、戦勝パーティを開き、いかに魔族の領土を分配するかを話し合っていた。
私もその一人だった。各国の戦勝パーティに招かれて、そこで、聖女として上にも下にもつかないもてなしを受けた。完全に私は舞い上がり、もう、戦争は終わり勝ったものだと思っていた。
そう、出陣の日が来るときまでは。
出陣の日、女神の武具の封印を解くことになった。武具を持つ5国が一堂に会し、精鋭を集めた式典が華々しく開かれた。手順では、式典の最後、私、女神の聖女が、武具を各国の女神の勇者に渡すことになっていた。
滞りなく、式典は進み、武具の封印を解く作業も大詰めに差し掛かった。一流の魔法使いが総出で、武具の封印を外していく。
「では、武具の最終封印解除します」
最後の封印が外され、武具が、外気に触れたその瞬間だった。
「な、なんじゃこりゃ!!とまれ!!とまれ!!」
「何が起きているんだ。こんなの聞いていないぞ!!」
「女神様、お願いです、お怒りを鎮めください!!」
まるで、長い年月が、一気に過ぎたように、武具が風化を始めた。さらさらと音を立てて、兜の飾りが崩れ、その砂にあたった兜本体に大きな穴が開いた。鎧は、支えを失って、地面に落ち、どこからが鎧でどこからが地面なのかわからなくなった。手甲と足甲は、魔法使いたちがもたもたとする手元で、崩れてあっという間に、その両手には砂だけが残った。
「おい、どうなってる!!女神の盾が!!俺の……女神の盾が!!!」
ジャンの声が響いている。どうなっているはこっちが聞きたい。盾を触ろうとしたジャンを嫌うように盾は、一瞬で砂に分解されて、空へと舞った。
「うわー!!なんだこれは!!」
「冗談だろ!!夢なら覚めてくれ!!!」
悲劇は止まっていなかった。集まった軍の装備が、女神の武具と同じように風化し始めたのである。
「どうなっているの?」
そう呟く私の横を、伝令兵が駆け抜けた。王の前に膝まづく。
「で、伝令。エンチャント工房からの緊急連絡です」
「なんだ!!こんな不良品を掴ませて、冗談にもほどがあるぞ。責任者を連れてこい」
「そ、それどころではありません!エンチャント工房が、工房が砂になっています」
異変は、エンチャント工房にまで及んでいた。私たちは、ここに揃えていた武器、防具のすべてを失ってしまった。
かーんッ、カーンッ、カカーン
あまりの異常事態に、判断が取れず、ぼうっとしている私の耳朶に激しくたたきつけるように響く鐘の音が聞こえた。
「て、敵襲!!上空より魔族の軍勢が襲来!!数3000!!」
「ば、バリスタで迎撃しろ。砲手、何をしている!!」
将軍の声が響く。だが、それをかき消したのは、氷のようでありながら炎を上げている騎士だった。
「バリスタ?ああ、あの砂場、バリスタだったんだ。道理で、立派だと思っ……た!」
将軍の首が驚愕に歪んだまま、宙を舞った。兵士たちに恐怖の表情が浮かび、浮足立って我先にと、逃げ出そうとしたもがいたが、その眼前に、骸骨の巨人が立ちふさがった。
「どうしたのだ?お前たちは、まだ女神の加護とやらを失っただけだぞ。逃げずに戦え!」
巨人の目が赤く輝くと、錯乱状態になった兵士が、隣の兵士に殴りかかった。
「て、てめえ」
その兵士は別の兵士を殴りつけ、次々に狂乱と恐怖が伝染していく。
その様子を骸骨の巨人は、感慨深く見守っていた。
魔族の来襲に、全く対応できず、会場は大混乱に陥った。私は、神官たちにかばわれながら、会場から逃げ出すのがやっとだった。不思議なことに、あれほど慣れ親しんできた聖女の力も全く引き出せず、神官たちも同様に力を失っているようだった。
しばしの逃走の後、私は、本来ならば罪人を閉じ込めておく、城の北の塔へ逃げ込むことに成功した。
「聖女様さえ生きていれば、我々の勝利なのです」
そう言って神官たちは、風化していない昔ながらの装備に身を固め、私を護るために出ていった。私はただただ、この事態が無事に解決するように祈ることしかできなかった。
備蓄してあった食料も残りが、少なくなってきた。私は、それでも、外に出ようとは思いもしなかった。そんな時だった。
ドアからかすかにノックの音がした
もしかして、魔族に見つかったのかと思い身を固くする。
「聖女様、我々の勝利です。魔族は、這う這うの体で逃げ出しました」
ジャンの声が聞こえた。
私は、ほっと胸を撫でおろした。あれだけ苦戦していたが、結局魔族など、大したことはなかったのだ。
空腹と疲労からみせる幻惑のような物、私は、何もそれに気が付いていなかった。
ドアの外は、誰もいなかった。物音ひとつしない。それを私は、皆、塔の外に出たのだろうと、考えた。
階段をゆっくりと降りる。体は重く、何度か休みながら降りた。聖女の力が使えたころはこんなこともなかったのに。
塔の扉……開いている。魔族の姿は、付近にはない。
よかったと、外に出る。
陽の光。まぶしい。目を細め……そして開く。そこには、地獄と呼んでも差し支えない光景が広がっていた。それよりも、それよりも、目の前にいるこいつ……
「来たみたいね」
殺したはずなのに、なんで……
「ところで聞くわ。あなたは、誰?」
あなたが生きているの?