ロアナリーザ
「立て!!」
石の雨が止んで、私は再び立たされる。もう、歩く気力もなく、半分引きずられるように、着いて行く。木でできた粗末な台。その上に屈強な男が大きな斧を抱えて待っている。
「これより、魔女 ロアナの裁判を始める」
父親だと思っていた男の口から、思いもしない言葉が飛び出す。
「ロアナは、淫蕩にふけ、夜な夜な町に出ては、男を漁っていた」
漁っていたのは、侯爵家の残飯くらいなんだけど……
「そして、魔女として目覚めた後は、魔族とつながりを持ち――」
マリーシさん、ゼルスさん。
「そして、この都市に病魔をばらまいた」
ジャン、無事かな?
「よって、この者の罪は重く、死を持ってしか救われない」
全身が痛い。……おなかすいた。
再び立たされ、処刑台に首が置かれる。その瞬間だった。
バシッ!!
額をかすめて、石が飛んできた。
赤く染まる視界のなか、少年が、大人たちに取り押さえられている。
「ジャン」
喉の奥から出したはずの声は、どこにも出ることなく、ただ、息を吐いたようにしか見られていないようだった。
もしかして、処刑人を狙ったのだろうか?そんなことしたら、大人の人に怒られちゃうよ。
ジャン逃げて。
私の想いに応えるように、ジャンと目が合った。
「ウソつき!!」
嘘つき?うそって?どういうこと、ああ、なんでジャン?怒っているの?もしかし、もしかして、私が嫌いになっちゃたの?私嘘なんてついていないのに、どうして、そんなににらんでくるの?
会えたのに……ようやく会えたのに、こんなのひどいよ。私、がんばったんだよ。せいいっぱいがんばったんだよ。あなたに好きでいてほしいっておもって。全部魔力が亡くなってしまった私の亡骸を握りしめて、永劫に君を待っているって言ったから、がんばって戻ってきたんだよ。今度こそ、あなたと、……あなたと、ゆっくりと心穏やかに過ごせる日が来るって思って、
そう願って戻ってきたんだよ。こんな目に合うためじゃないんだよ。ねえ、ジャン、連れて行ってよ。穏やかに過ごせる場所に。
私を憎んでいる?なんで?そうなんだ。あなたはそうじゃなかったんだ。
全部私の勘違いだったんだ。悪いのは全部私だったんだ。
ふと、視線を感じて、正面の屋根の上を見る。あの二人がいた。すごく悔やんだ顔をしてる。わたしをずっと守ってくれていた2人。そんな顔させてしまったのは私の罪だね。
謝っても謝り切れないよ。本当に、本当にごめ――――――――――
首筋に走る痛み。頭が、固いものにぶつかる感触を最期に、私の意識はすべて刈り取られた。
深い意識の底に沈んでいくように感じていた、私の意識は、いつからか、それと逆に浮き上がるような感触を得ていた。ゆっくりとした浮上感。そして、耳朶を打つ懐かしい声。
ゆっくりと瞼に力を込める。懐かしい魔力の流れ。
ただ惜しいかな、長い間に、だいぶ凝り固まっている部分があるよう。ちゃんと調教しないと。
白く柔らかい光。でも、さすようにまぶしい。
「お目覚めになられました。魔王様!!」
マリーシェルの懐かしき声。氷のような炎が鎧を纏うその姿。見間違いようもない。マリーシェルだ。
「あら?マリーシェル、あなた、痩せた?」
その言葉に、氷が、生き物のように動き、しばし逡巡していることを表していた。
「気のせいではないですか?見てください。ゼルスエールもいますよ」
「姫様、お目覚めはいかがですか?」
鎧を着た巨大な骸骨のゼルスエールが、私の身を案じてくれる。本当に、心強い。そんな中、お父様が到着する。
「帰ってきたか。娘」
帰ってきた?ええ?ああ?
私の中に会ったあの忌まわしい記憶がよみがえってくる。
そうだ……
私は……
「お父様……わたくしは……」
「娘よ。何も言うな。皆も、お前が無事に帰ってきてくれたことを、心から喜んでいる。だから、泣くのならば、わが胸の内でだけにしておけ」
わたくしは、お父様のマントにくるまり、周りの人に見えないように、大粒の涙を流し続けました。その涙が流れるたびに、私の中から、今まで大切にしていたはずの思い出が零れ落ちていきましたが、もう、それはどうでもよかったのです。もっと早く気が付くべきでした。もっと早く、考えが至るべきでした。
「お父様――守護者の皆さん。私は、……私が愚かだたために……裏切ってしまいました」
ようやくに涙が止まろうとしている。目の中には、あの時の人間。
『魔族であろうとあなたが好きです。僕にはこんなものしか用意できませんが。僕と一緒に生きてください。たとえ、幾度転生をしたとしても、あなたを探して幸せにします。だから、人間と共に生きてください』
「間違いを犯したのではない。娘よ。お前は成長したのだ。だが、お前は魔族だ。魔王の娘。姫だ。だから、戻ってこい。ここに。」
魔王である父から発せられた、本当に久しぶりにわたくしを思う言葉が、心に沁み込み、沁みついていた最後の思い出を振り払った。
「落ち着いたようだな。では行こうか」
お父様の声、とても落ち着いた。頷き立ち上がろうとした時、両手に持っているものに気が付いた。
「お父様、申し訳ございません。私は、もう、ここに来ることはないと思います。最後に、私の我儘をさせてください」
「許可しよう」
マリーシェルとゼルスエールを見ると、仕方ないと道を譲ってくれる。
私は、前に進み出ると、つい先ほどまで私が寝ていた場所に、それを置く。シロツメクサのブーケ。彼が、私のためにシロツメクサを集めて、私は、それを編んだ。出来上がったときにはとても大きなものになっていて、これじゃ扱いに困るねって笑った。
そう、私は、彼が、好きだった。人間が、ではなく、彼が、好きだったんだ。
そっとブーケを私の体があったところに置いた。もう、最期だ。彼の思い出を魔力を使って私の中から、すべて吸い出す。そして、ブーケに移し替えた。なんて豪勢な事なんだろう。彼の思い出は、常に私とともにあり続ける。
「ありがとう……――さようなら」
もう、二度と触れることがない思い出に背を向ける。これからの私を、お父様と、従者たちが待っている。
私は、ロアナリーザ。魔王の娘にして、魔族の姫だ。