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ゼルス

「おい、大丈夫か?」


 ここしばらく、ロアナ様は、食堂に訪れていない。当然だ。あの夜、寝付いたロアナ様を魔法で送り届けた。だが、それは、罠だった。


 ロアナ様は、帰宅したところを拘束されて、今は、侯爵家の地下牢に閉じ込められている。


 さすがにマリーシェルは、その事に傷ついたようだったが、俺は、それ以上に気になることがあって、危険を顧みずに調査することにした。そして、たどり着いた場所、そこが、ジャンの家だった。


「ええ、……大丈夫です。あなたは、魔族でしょう?」


 一目見た瞬間に俺の正体がばれた。驚く俺に、ベッドの上でジャンの母親は、ふふっと笑って見せた。


「私は、あなた方の子供でありますから。……わかります。ジャンと姫君が会うことを止めないでおいてくれたのでしょう?」


 最初から察していたということかと、驚く。


「ええ、そうです。」


「ふふ、あなたたちは、いつでも、姫様の味方というわけね……いい男なのに。やっぱり、おばあさんでは、姫様には勝てないのね。少し妬けてくるわ」


 気丈なふるまい。高潔足らんとする意志。だからこそ問いたかった。


「300年だ。勇者と言われたあなたの先祖から、300年が過ぎた。なぜ、こうなっている?」


 俺が一番驚いたのは、人間の世の移り変わりだった。魔族と人間が成した奇蹟は、気が付いたら、女神が人間に奇蹟を与えたとされていた。そして、勇者と呼んでもよいあの青年の話は、どこにも伝わってなく、代わりに伝わっていたのは、各国の勇者に女神が力を与えたという話だった。


「人間の一生など短いものです。それに、人間は見えているもののみを信じます。時に、その見えているもののうち、良きのみを盲目的に取り入れ、悪しきと思ったことは躊躇なく排します。我々は、……あなた方とは違うのです。もっと早く気が付けばよかった――」


「もしかして、ロアナ様が」


 俺の言葉に、彼女は頷いた。


「あなたの姫様が、禁じられている毒を用い、病魔をはやらせているともはや疑っていない者はおりません。そして、」


 そのか弱き手に握っている、薬を俺に見せた。俺はその正体を見抜き、驚きに震えるしかなかった。


「ふふ、最近ジャンが、町の商人から、もらってくる薬です。あの子ったら、これで、私が元気になるなんて思っているのだから」


「なぜ、教えてやらない」


 俺の問いかけに、ジャンの母親は、悲し気に首を横に振った。


「笑顔を見せるあの子の希望を打ち砕くようなことがどうしてできますか?できようはずもありません……」


 俺は、ここでようやくすべてが読めた。これから、どう転ぶのかは、もう、分かってしまった。


「……姫様が世話になった。勇者」


「……ご先祖様は、本当は、魔界に新婚旅行に行きたかったと言っていたわ。人間と魔族の架け橋になるはずだったって。こんなはずじゃなかった。と、悔やんでも――もう遅かったって。あなたはそう言うことがないように天の彼方から祈っているわ。」




 俺は、そっと出ていく。入れ替わるようにジャンが入ってきた。手には薬の瓶を持っている。


「ロアナが、侯爵の薬庫からもらってきたんだって。ロアナが母さんのために取ってきたんだって」


「あらあら、ロアナ様が?うれしいわね」


「母さん。これで、元気になるよ!!」


 もう、俺には、かける言葉もない。俺は、ただ、拠点へと帰ることにした。


 


「お帰り。ゼルスエール。遅かったわね」


「ああ、マリーシェル。勇者にあってきた」


 その言葉に、マリーシェルは怪訝な表情を浮かべたが、すぐに気を取り直した。


「で、なんだって?宣戦布告でもされたの?魔王、お前の悪事も今日までだって?あっ!はっはっ!!!バカみたい。」


 バカはお前だと、マリーシェルの酒臭い息を嗅ぎ、机上に散らばっているメモを確認する。


「……乗り気ではないのではなかったのではないか?」


「人間どもがバカやってるからね。自己嫌悪」


 ロアナ様が病魔をばらまいた魔女として、聖女判定を行う前に処刑する。そう、マリーシェルは、考えていた。


「…………目ざといな」


「ただね、頼る縁があるから……って、涙なんて流して、どうしたの?」


 つい、考えてしまった。ジャンがロアナ様を助けるために我々に頼ってきてくれれば、我々は、姫様をお守りするために、その助けをしよう。そう思っていた。だが、もう、人間の罠の袋の口は閉じた。ロアナ様には不運。だが、これは、好機なのだと。それでも、心に残っているしこりはあった。


「後悔する時には、もう遅いか」


「改まってどうしたの?」


「マリーシェル。引き続き、監視を頼む。俺は、魔王様のところに行ってくる」


 後悔しないために、何をするべきか。本当は、答えは最初から実は決まっていたのだろう。



 ロアナ様すまない。私たちは、あなたを助けない。私たちは、あなたを見捨てる。傍観者になる。


 ジャン、ロアナを恨め。お前にはその権利がある。そして、お前だけが、ロアナ様を忘れないでいることができる。



 そして、戦場で会ったのならば、せめてもの情けだ。一思いに楽にしてやる。

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