プッレ
リリーアが、聖女判定から帰ってきた。
私に全く似ていないが、実に美しい妻に似た、愛娘。
私が手を広げると、いつもは淑女の礼をして、自室に引っ込むのだが、今日は、私に飛び込んできてくれた。
控えているメイドや執事たちも驚き、ここしばらく疎遠な関係が続いていたため、ようやく打ち解けたのかと、安どの息を漏らしている者もいた。
その私はというと、当然父親としてうれしくもあるが、その体のこわばりが伝わってくる。何かあったのだろうか?そう思っていると、リリーアの声が耳朶を打った。
「優しきお父様、お願いがございます」
小さな声だったが震えていた。今日の聖女判定は、見事聖女として認定されたと伝えられているのに何が不安なのだろうか?私は、そっと、娘の肩に手をまわした。
「お前の言うことならば、何でも聞いてあげよう。そろそろ離れなさい」
さっきとは打って変わり、和やかに、娘は離れる。その瞳には、決意ともとれる光が宿っていた。
「それは、本当なの?」
一家団欒の時。デザートに運ばれてきた冷たいフルーツに舌鼓を打ち、人払いをした。娘が発した一言に、妻は驚きを隠せないようだった。
私もそうだ。
「ええ、はっきりと見たのです。ロアナが、水晶に触れれば、私は立場を失います。」
ロアナこそが、聖女……私は腕組みをして、考え込んだ。そう、神託は確かに、『ポルティア家に生まれた新しい命』と言ったが、具体的な内容にまでは踏み込んでいない。
「でも、じゃあ、どうするのよ」
妻の声が、食堂に響く。私は、いくつかの可能性を考えた。
楽観的な考えは捨てた方がいい。我々は貴族だ。もし、ロアナが聖女となったとしてら、おそらく今までの恨みとばかりにポルティア家に復讐を考えるだろう。かといって、神託があり、王家や教会が、ロアナの存在を感知している以上は、うかつに手出しもできない。
どうであれ、このまま指をくわえて傍観していれば、ポルティア家に災いが降りかかってくることは確実だ。
八方塞がりか。全く、この難問が解けるのならば、女神にでも、魔族にでも頭を下げてやるぞ。
まて、魔族……魔族か
「……リリーア、今までのロアナの行動で気が付いたことを言いなさい」
「え?ロアナは、週に一回、屋敷の裏から、抜け出して貧民街に行っているわ。あと、男と会っているみたい」
その行動は、私も気が付いていたが、男と会っているのは初耳だった。
「ほう、男か」
パンパン
私が手を叩くと、裏で控えていたであろう、筆頭執事が、私の横に進み出た。
「ロアナに男がいるのか?」
その言葉に、執事は、首を横に振った。
「残念ですが、あれに本当に会っているのかどうかについては、何も確認できてはおりません……ただ」
「ただ?なんだ」
「男の家族構成は把握しています」
執事から語られた言葉は、私を十分に満足させるものだった。
その翌月から、我領内において、奇妙な病気が流行り始めた。
病気は、かつての貧民街跡地から染み出すように現れて、やがて、下層市民が暮らす地域に広がった。強烈な脱力感と熱を訴える民に、我ポルティア家は、全力を持って対処した。それでも、力及ばず、病の蔓延を食い止めることができずにいた。
「これは、魔女の病だ」
誰からともなく噂が流れ始めた。病の蔓延は、下層市民地区全域に広がりつつあり、感染病ではないかと言われ始めた。
「醜き魔女がこの病を振りまいている」
その話は、王都にまで到達するようになり、社交の場にも上るようになった。
「ポルティア公爵領にて、魔族……魔女の病が広がっているらしい」
見かねた王宮は、対病魔に特化した騎士団の派遣を提案し、私は、それを飲んだ。
そして、病魔をばらまいている元凶を捕まえることに成功した。
その名は、ロアナ。